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葦原中国より愛をこめて

 薬の効果で深い眠りに落ちた大蛇(おろち)たちに、僕らは足音を殺して忍び寄る。もはや動きにくい衣や裳はすぽんと脱ぎ捨てて、僕らもふんどし一つに抜身の剣を下げていた。

 横たわる大蛇の首筋にさくっと剣の切っ先をつき込む。刃が骨に当たり筋肉が剣身に絡みついて重くなる。足で死体を踏みつけて剣を抜き、また次に刺す。7人までを刺し殺し鎌首を裁ち落としたところで、寝ていたはずの『大蛇』がむっくりと体を起こして僕らを睨みつけた。


「貴様ら……男か。騙してくれたな」

「くっ、もう少しのところで! 酒が効かなかったのか!?」

「くくくく……前回を振り返ってみろ。俺達のセリフは7つまでしか出ていなかっただろう?」


 レイ君が前回のテキストを参照している。器用なやつだ。

「ホントだ、たしかに7つだよお兄ちゃん!」

「で、でもそれがこれとなんの関係が」

「俺は何事も控えめな性質(たち)なんだ。発言も酒も、女もな」

 そう言って最後の大蛇は口から控えめに毒霧を吐いた。

「セリフも言わないうちに殺されてたまるかよ!」


「うわぁああああ!」

 苦しい。喉や鼻がただれるようだ。でも死なない。毒も控えめらしい。控えめじゃなかったら即死してただろう。

「しぶとい奴らめ!」

 控えめな最後の大蛇は鋭い蹴りを繰り出してきた。鞭のようにしなって側頭部を狙うハイキックだ。完璧なフォーム。だが僕はなんとかそれを避けた。

(スサノオ様! 今です、大蛇のガードはがら空きよ!)

 頭のなかに声が響く。はっとして正面を見ると、目の前に白いふんどしに包まれた大蛇の大蛇があった。気合とともに、ふんどしの中に盛り上がったものを削ぎ落とすように剣を振るった。

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 白いふんどしが赤いふんどしになった。


 大蛇の断末魔がとどろいた。祭壇の上をゴロゴロと転がってのた打ち回り、あたりの床がどんどん赤く濡れていく。やがて大蛇は動かなくなった。控えめなのが勝つ秘訣だと思うなら、セリフは3つまでにすべきだったね。


「勝った……」

 大蛇の断末魔を聞きつけた村の人達が、おそるおそる家から出てくる。

「我ら兄弟、八岐大蛇を討ち取ったり!」

 わあああああああっ! 村人たちの歓声が平野にこだました。

 でも、僕は彼らの興奮をよそに、目をさまよわせてさっきの声の主を探してしまっていた。

「ありがとう、狭蠅さん……でもどうして姿を見せてくれないんだ」

 あれは、確かに狭蠅さんの声だったんだ。


「本当にありがとうございました、スサノオ様。それにツクヨミ様。これで村も安心です。もしよろしければどうぞこの地にとどまって、私達を治め、お守りくださいませんか」

 おじいさんがそう言って僕たちの手をとった。

「……いいよ。高天原は追放されたし、根の国に行くのもまだ早い。内政とかできるかな、ここ」

「ありがたや。鉄も水もふんだんにありますし、ご覧のとおりの肥えた土地です。大蛇の脅威がなくなった今なら、安心して女の子を産んで育てられますからな、10年もすれば村の中で子供の笑い声が聞こえるようになりましょう。そうだ、我が娘クシナダをどうぞおそばにお置きください。ひと通りのことは教えてあります」

「え」

「心からスサノオ様にお仕えいたします」

 それって、お嫁さんもらえってことか。

「やったじゃん、お兄ちゃん!」

レイ君がツクヨミボディのハンサム顔をほころばせた。

「お前はいいのか」

「女の子って、お姫様の絵ばっかり描いてたり顔文字やデコだらけのメール10分毎に送り合ったりするし、なんかめんどくさいよ」

 あ、うん、小学生だとそんなもんか。

「それに一緒にいるとなんか、おちん――」

 ゴシャッ。頭にげんこつを落とす。

「外見との釣り合いを考えろバカ」

 全くもう。黙ってればちょっと冷たい横顔のイケメンなのに。僕は祭壇に広がる大蛇の血を指さした。そこにはいつの間にか、ぞっとするような輝きを帯びた鋭い長剣が浮かんでいる。

「お前、あれを持っていって高天原に届けてくれ。もったいないけど、この辺に置いておくと何か祟りをするかもしれない」

「分かった」


 レイ君は高天原に戻っていった。月面の『夜の食国』では最近隠し要素が一つアンロックされて、ウサギの格好をした女の子たちが発生しているということで、彼のテンションは高かった。女の子そのものじゃなくて、攻略要素が解明されたのがうれしいんだな、あいつ。


 おじいさん――アシナヅチさんに頼んで、僕はスガって場所に新居を立ててもらった。八重の物理障壁と呪術的障壁をめぐらした、八重のセキュリティシステムを持つ凄い家だ。これならクシナダさんとどんなえっちなことをしても誰にも聴かれないし覗かれない。クシナダさんを大蛇みたいなやつにさらわれることもないし、クシナダさんが逃げ出すことも不可能だ。ふふふ。


 そうして僕は、この世界でほぼ無限の寿命を活用して僕自身とみんなの幸せのために働こう。理科と社会がせいぜい3の情けない成績だったけど、失敗したらやり直せばいい。素晴らしい内政ライフがこれから始まるんだ。


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