妹SIDE:収監わたしのお兄ちゃん
太陽神アマテラスの朝は早い。
朝は日の出前に起きる。と言うより私が起きると日の出だ。もちろん昼間の間ずっと私自身が天空に浮いてるわけじゃない。
太陽神としての力を集めた光のボールを生成して、ちょっと精神を集中して上空へ持ち上げて軌道に乗せるの。
そうするとあとは日没まで時々力を補充してやるだけですむわけ。その間の軌道の維持と監視は、何人かいる下級の太陽神とか太陽神の巫女とかが交代でやるのね。
で、暇な時間にはご飯を食べたり、私の裁可が必要な事柄について判断を下したり、そのためにオモイカネさんに意見を聞いたりする。
最近はだいぶ私も仕事に慣れた。何より大事なのは自分の健康管理!
私が病気になったりすればあっという間に高天原と瑞穂の国全体が薄暗くなっちゃうからね。
「アマテラス様、ご報告が」
「何かしら、オモイカネさん」
オモイカネさんは毎日のように私のところへ報告に来る。ほんと、まめな人だ。
「スサノオ様の件ですが……」
「弟がどうかしましたか」
平然とした風を必死で装うけど、正直心臓バクバクものよ! 全く! 今度は何をやったのかしら。
「とりあえず、まじめに働いてくださってます。ツクヨミ様とずいぶん仲良くなられたようで」
ほっ。
予想に反して穏やかな、オモイカネさんの返答に私は胸をなでおろした。ツクヨミと仲良く、か。そりゃそうよね、兄弟なんだもん。順番が入れ違っちゃったし、ここはPCもスマホもインターネットも無ければライトノベルも漫画もゲームもない世界だけど、せめて三人で肩を寄せあって、仲良く生きていかなきゃ。
神様だけあって私達の寿命はほぼ無限。イザナミさんみたいに外傷でも負わない限りそうそう死ぬこともないでしょうし、何とか頑張れば長い年月のうちにはPCやゲーム機だって作れるかも、ってそりゃそうか。できるよ。
うわあああん、時間加速したい加速したい! 乙女ゲームとか粘菌育成アプリとかで遊びたい! なんで太陽神にはそういうチートがついてないのよ! 明るくするだけなら電球にだってできるじゃん。ちょっとエジソン連れてきて。
「……アマテラス様?」
「あ、はいはい。まじめに働いてんるんならいいではないですか。何か問題でも?」
「それが、その……各家庭から汲んできたばかりのものをそのまま畑に撒いておられまして。これまで例のないことなのでどうしたものかと」
「何の話?」
「下肥です」
「SIMOGOE?」
「あー……申し上げにくいのですが、その。糞尿をためておいたものを田畑の肥やしにするということを以前からやっておりまして」
(あっちゃー)
生前、21世紀でのお兄ちゃんの学校の成績は、恥ずかしながらあまり芳しくなかった。理科と社会は得意な方なんだけど、それでもいい時で3だ。
「えっとね……弟はあれで恥ずかしがり屋なの。下肥には実は色々と問題があるんだけどきっとそれをあなた達に面と向かって言いづらいのよ。それで、新しい……を撒いて問題を際だたせることで、早くやめさせようとしてるんだと思うわ」
過剰な塩分とか有害なバクテリアとか、寄生虫の卵とか。発酵熱で熟成させて有害なものを取り除かないと大変なことになるのだ。
「なんと! そんなご遠慮をなさらずともおっしゃっていただければ……しかしさすがは姉君、よく把握しておられるのですね。それに下肥にそんな落とし穴があったとは。では、この問題についてはどうすれば?」
「まず、下肥の使用そのものをやめなさい。海辺で取れる、食べるには小さすぎたり小骨が多かったりする魚を干し固めて肥料にするの。そうすれば漁村にも直接消費する魚以外に、交易に使えるものができるわ」
「なるほど! 肥料を買いあげる財源は……そうですな、タマオヤさんがこの間見つけた玉の鉱脈からとれる、良質の玉を回しますか」
「そうしてちょうだい」
ありがたいことに、ちょっとしたヒントを言えばオモイカネさんは有能なのでだいたいサイテキ解とか言うのを出してくれるのだ。
「弟には、私から『言いたいことはちゃんと言え、まわりくどいことをするな』と注意をしておくわ」
「かしこまりました」
ああもう。胃が痛いったらありゃしない。
数日後、またオモイカネさんがやってきた。
「アマテラス様。ご報告が」
「もしかしてまたお……弟がなにか?」
「ええ、その……区画整理だとかおっしゃって、田植えの済んだ田んぼのあぜを崩しておられまして。たしかに古い田畑は一枚ごとの面積が小さく形も歪で、境界争いなどの原因にもなるのではありますが」
まずい。オモイカネさんの額にちょっとタテジワが。
「んっ、んん。それについては私から説明があります。まだあなた達には話していませんでしたね」
「むむ? なにか我々に秘密で進めておられた計画でも。水臭いではないですか、それこそはっきりおっしゃってください」
「そ、そうですね。謝るわ……ねえオモイカネさん。田んぼや畑を耕すのには、何を使ってます?」
「えー、鍬ですね。最近は木鍬から鉄鍬への改良が行われまして、作業効率がかなり良くなっていますが」
「犂、というものがあります。唐土の方では早くから使っているはず。牛や馬に引かせて歩くだけで耕せる、優れた道具よ。腰を曲げずに済むから、短時間で沢山の面積を耕せて、それでいてずっと疲れないわ。これを導入しようと思っています」
「ほうほう。興味深いですな。しかしそれとあぜを崩すことに、なんの関係が?」
私は筆と紙をとって、オモイカネさんに複数の犂刃を備えた、並列型の犂を図示してみせた。
「わかる? これを使うと一度にたくさん耕せるけど、そのためには耕作地の形がある程度単純でないと色々と使い勝手が悪いのよ」
「なるほど、導入予定の器具に合わせて、耕地の形状を改良してしまうわけですか。しかし、それならもっと良い時期もありましょうに」
「それは確かに申し訳なかったわ。弟にはよく言って聞かせます。もっと姉弟の間の交流をきちんとしないといけませんね。ですが、こうした大掛かりな事業をやるには、どこかですでに決まった予定表に修正を加えて無理やりねじ込むことも必要なのよ」
「かしこまりました。このオモイカネ感じ入ってございます。まさかこれほどまで、アマテラス様が物事に通じておられるとは」
「経験の浅い私にできるのは、考えのひな形を示すことくらいです。実際の施工運用はしっかりお願いしますね」
「御意に」
ぜはー。オモイカネさんが出ていくのを見送り、私は過呼吸気味に息をついた。まったくもう! まったくもう! どこまで考えなしに私に苦労を掛けてくれるのだ、あのバカ兄貴ときたら! 胃が痛いったらありゃしない。
次の日――
「アマテラス様」
「今度は何!」
「……スサノオ様が、機屋をこっそりのぞいていて屋根を踏み抜いて落ちまして。下敷きになった服織女のワカヒルメさんが――」
ぶち。
「……アマテラス様?」
「ひげを変な形に剃って、手足の爪を深爪に切って、片眉も剃り落して、頭に三角帽子を乗っけて、高天原から放り出しなさい」
「そ、それは」
「さっさとやれ」
命令を下しおわると、私は自分から因幡の国ブランドの石材製物置、通称「岩戸42型」の中に入って内側から扉を閉めた。しばらく一人になりたかった。
内政回ってこんな感じでいいんですかね




