どうも僕の異世界トリップは間違っている
「お取込み中失礼しますよ!」
一応のあいさつ。挨拶をしないことはとても失礼なことだ。ましてやレイ君の言うことが本当ならば、お姉さんたちは服をきちんと着ていない状態なのだ。挨拶さえ済ませれば大丈夫だ。
がらがらがら。けたたましい音を立てて戸車付きの引き戸を開ける。ドアだったり引き戸だったり統一感のない建物だ。今の僕にとってはそれすらも腹立たしい。
倉庫の中には甘酸っぱい匂いが充満していた。蕩けた眼元にうっすらとたまった涙。上気してぬめる肌を桜色にそめあげたウケモチさんとオオゲツさん。
二人は次々と自分の体から野菜や果物、魚を取り出して傍らの籠の上に積み上げていく。どれもすごく新鮮で魚なんかキラキラと輝いてまだ少し動いてる……動いてる。
「なにしてるんですか!」
「!」
「?」
二人の視線が一斉にこっちを向いた。
その瞬間僕の中で何かがはじける。
「うわああああああああああああああ!」
めちゃくちゃに走り回って剣を振り回す。柱が真っ二つに折れ、壁が半分から上崩れ落ち、床が抜けた。
嵐の神のパワーを見よ! 無数の食材がでたらめに風に巻き上げられ、ばらばらと音を立ててウケモチさんたちに降りかかった。
レイ君も暴れている。目から発した青白い光線に当たるとあらゆる物質が凍り付き、軽いショックで粉々になる。山ぶどうが、タケノコが、桃が、次々とシャーベットのような状態になった。闇のオーラに触れられた肉や骨があたりをのたうち回って踊り始めた。
「僕も食べ物で! 遊ぶんだ!」
「やめて! やめてください! 私たちはただ大地や海の不浄、穢れを吸い取って変換して食べものを作り出してるだけで……」
そう叫ぶオオゲツさんの声が掻き消える。落ちてきた屋根の太い梁の下敷きになったみたいだ。
僕らがようやく落ち着いたときには、倉庫とお店はすっかり跡形もなく崩れ去り、何とか生きて這いだしてきたウケモチさんとオオゲツさんの体には、あちこち変なところにつぶれた野菜や穀物のちぎれた穂がへばりついたり髪の毛に絡んだりしていた。
「何しとんじゃ、お前ら」
怒気を帯びた野太い声がして僕らは二人そろって襟髪を掴まれ、宙に吊り上げられた。昨日お店に来て二人と楽しそうに話しながらご飯を食べてたおじさん――タヂカラオさんだった。
* * * * * * *
「バカすぎて言葉も出ないわ」
僕たちが罰として閉じ込められた『お仕置き部屋(因幡の国ブランドの石材製物置、通称「岩戸42型」)』の前で、アマテラス姉さんが深々とため息をついた。
「人材獲得してくるのは三国志なんかのシミュレーションゲームでも内政の基本じゃないの! なんでそんな簡単なこともできないのよ、一生懸命私があなたたちの為に、長老たちに頭を下げてるのに! バカなの!? 知力が低いの!? 魅力が低いの!? 統率一桁なの? 高ボーナス出るまで振りなおさなかったの!?」
ドアにあいた小窓から、僕たちはまじまじとアマテラス姉さんを見つめた。いや、これは――
「サ……サユリ?」
「えッ……何っ、ちが――」
「サユリ姉ちゃん!!」
「いやあああああ!!」
ガツァアアアアン!
物凄い音を立てて小窓が閉められ、僕たちの周りは闇に閉ざされる。
何とか出してもらえたのは、三日後だった。僕とレイ君はまあたっぷりとお説教をくらい、頭を丸坊主に剃られて水汲みや下肥運びをさせられた。
何より堪えたのは、狭蠅さんが行方知れずなことだ。お食事処『美双丘』が僕たちの大あばれで倒壊してから、彼女の姿を見ていない。僕の首筋に戻ってきた様子もない。どこにいるんだろうか、お腹すかしてないだろうか。
異世界って、何もいいことないなあ。
とにかく、サユリもここにいることがわかったのは収穫だ。僕らがバカだということを表すのに、この世界の人たちは、あんなややこしいたとえを使わない。使うわけがない。シミュレーションゲームがコンピューターでできるようになったのは20世紀の後半だって、お父さんが言ってたしね。
「このチョウバツ労働が終わったらさ」
「うん、お兄ちゃん」
「サユリと三人で仲良く暮らそうな」
「うん、お兄ちゃん」
そんな決意を新たにした僕たちだったけどまだまだ全然自分のバカさ加減に気がついちゃいなかったのだ。
次回は妹SIDE。




