貴方に至る幾年
原案を天戯 鈴歌様より提供して頂きました(*゜ェ゜*)
でも全然イメージしていたものと書き上がったものが違い過ぎてorz
Nearer, my God, to Thee, Nearer to Thee.
E'en though it be a cross That raiseth me;
Still all my song shall be,.
黒く艶やかな長い髪を靡かせた少女が唄う。年頃は15,6歳だろうか。上から下まで漆黒の衣服に身を包み、歩道橋の手すりに座って足を外に投げ出している。
道行く人はそんな少女を目にも留めずに歩き去る。元々人通りが多い訳ではないが、少女は十分目立つ筈だ。
そんな少女に近づく人影が1人。
少女に近付くのは青年で、背が高く、体格もいい。歳は25歳前後だろうか、髪は短く切られていて、スーツを着ている。
Nearer, my God, to Thee, Nearer, my God, to 「君、危ないぞ。」
青年の声が少女の歌を遮る。
少女は青年を振り返り、歩道橋の手すりから降りた。
「こんばんわ。三神道哉さん。お仕事お疲れ様です。私が見えるのですね。珍しい事です。」
「…なんで俺の名前…てか、君、もう23時だよ?それに、何を言ってるんだ?」
青年が少女を訝しげにまじまじと見た。
少女はどこからともなく出した手帳を片手に、少女が青年に向かって無表情に淡々と告げる。
「三神道哉さん。貴方は明日の午後23時2分に亡くなります。」
「…は?何を…てか、訳わかんねぇ…」
青年が途端に不審者を見る目付きで少女を見つめるが、少女は無表情を崩さず青年を見つめ返すだけだ。
「とりあえず、ここでは目立ちますので移動しませんか?私は普通の方から見えませんのでいいですが。」
「…いや、俺は帰る。」
青年が少女の脇を通り抜け、早足に歩道橋を渡る。青年の家は歩道橋を渡って公園を抜けた先のマンションだった。
少女は無言で青年の後ろをついて行く。
「…ついてくんなよ!なんなんだ!?」
「仕方がありません。私も仕事なもので。」
少女が申し訳なさそうに頭を下げる。青年は少女の顔を見て目を見張り、ごまかす様に咳払いした。
「…ここまで来たなら仕方が無い。」
青年が扉を大きく開けて少女を部屋の中に促す。少女の表情は元の無表情に戻っており、青年に頭を下げて部屋に入った。
青年の部屋は綺麗に片付いていて、小まめに掃除されている事が窺えた。
「君、名前は?」
「名乗る程の死神では…冗談です。沙耶です。」
青年に生暖かい目で見られて、少女が少し恥ずかしそうに名前を言う。青年は表情を変えた少女を見詰める。
「今の、笑う所ですよ。」
「…いや、絶対笑う所じゃないだろ。」
青年の鋭いツッコミに少女はクスリと笑う。どうやら全く表情がない訳じゃない事に青年はホッとする。
「んで、さっき言ってた俺が明日死ぬってのは?」
「はい。貴方は明日の23時2分に亡くなります。死因は運転ミスによる交通事故、に巻き込まれそうになった女性を助けて轢かれます。」
少女が再び無表情に戻り青年に告げた。仕事の話をする時は無表情になるらしい。
「…死亡原因、言ってもよかったのか?」
「規則ではいけません。…初めて規則を破りましたね。」
少女が自分で自分に驚いた様に呟く。青年はそんな少女を見て、口許を緩める。
どうにもこの少女が可愛くて仕方がなかった。
「…なんで俺に規則を破ってまで、教えたんだ?」
「私が見えた人、初めてだったんです。…貴方なら、私をこの奈落から救って下さると思って。」
少女の瞳が揺れ、手は前で組まれている。その姿は、神に祈りを捧げている様だ。
ああ、だから…少女は讃美歌を唄っていたのか。
青年は納得し、そして自分にはどうすればいいか解らず頭を掻いた。
「…とにかく俺は死にたくないんだが。」
「はい。ですから取引です。…貴方には、死なないで貰いたいのです。」
少女の表情が泣きそうに歪み、縋る様に青年を見詰める。
青年は儚げな少女を抱き締めたい衝動に駆られ、ぐっと我慢した。
「貴方が亡くならず、他の人が亡くなれば手帳に狂いが出ます。手帳が狂えば、私は処罰の対象になるのです。」
「…処罰って…一体何なんだ?」
青年が少女に近付き、そっと頭を撫でる。少女が驚きの入り混じった表情で青年にされるがままになった。
「…死神に…不死の死神に死が与えられます。」
少女の頭を撫でていた青年の手がピタリと止まる。少女が自嘲気味に笑い、頭に置かれた青年の手をそっと外した。
青年の手は大きくて指が長いが、少しゴツゴツしている。
「…私は、死が欲しいのです。死神と言う名の監獄から、私を出して下さいませんか?」
「君が…沙耶が死ぬ事で、俺には何かあるのか?」
少女の悲痛な声に、青年の声が掠れる。嫌に喉が渇く。生唾を飲む音が大きく響いた気がした。
「…いいえ。何もありません。貴方の天寿が延びるだけです。」
「…だったら、俺が沙耶を殺した場合は?」
青年の手が少女の首にかかり、少女は首を振る。
「いけません。…貴方が死神になってしまう。私の為に人間を捨てなくても…」
「だが、俺が殺せば…沙耶は俺のモノになる。沙耶を殺すのに、俺には何もないんじゃ不公平だろ?」
少女が驚いて青年を見て、そしてふわりと笑った。青年は少女のその表情に釘付けになる。
「私は、この世界がとても穢れて、醜い世界だと思っていました。…でも、貴方はこんな私の為に死神になってもいいと言ってくれた。」
少女が首に掛かる青年の手を解いて、青年に抱き付く。少女の柔らかい身体が青年の腕の中にすっぽりと収まり、青年が反射的に抱き留めた。
「…死神は、感情を乱してはいけないと思っていました。…でも、貴方の前では…平静ではいられない…」
「俺が、沙耶を殺してやるよ。…沙耶はその後どうなるんだ?」
青年が少女のつむじに口を寄せながら囁く。青年の言葉に少女の肩がピクリと跳ねる。少女は僅かな躊躇の後、青年の顔を見上げる。その顔には迷いが窺えた。
「………人間に、転生します。死神としての全ての記憶は消されてしまいます。…貴方との記憶も。」
「それなら、俺が何度でも沙耶を殺してやるから。…いつの日か、沙耶が俺と共に生きられる様になるまで。な?」
青年の手が少女の頬を撫で、そのまま手が首に滑った。青年が少女の唇に、自分の唇を寄せて塞ぐ。少女の首に掛かる手に力が込められ、少女はゆっくりと瞳を閉じて青年に身を任せる。
遠退く意識の中、少女は青年の背に手を回す。世界は綺麗だったと、最後に思う。死は暖かいものだった。
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白い空間に、少女がベッドに座って窓の外を見ている。そこに漆黒の衣服を身に纏った青年が窓とベットの間に遮る様に入った。
「こんばんわ。瑞原紗夜さん。」
青年が少女の頬を撫でる。少女は青年を驚きと戸惑いの表情で見詰めた。
「…貴方は誰?」
「名乗るほどの死神ではないぞ。」
少女がきょとんとして青年を見た。青年は少女の表情に罰の悪そうな顔をする。
「…冗談だよ。三神道哉だ。…迎えに来たよ、サヤ。君を殺すのはこの生で10度目だ。今のやり取りも10度目。…もう、いいか?」
青年が少女を抱き締めた。その手には鎌が持たれ、青年と少女に触れそうな位置にある。
「…貴方は…「この生は、醜かったか?」
青年が少女の言葉を遮り、頬にキスする。それでも少女には青年を怖れる気持ちはなく、擽ったそうに身を竦めた。
少女の顔が次第に泣きそうに歪み、そして泣きそうな顔のまま青年に微笑む。
「…思い出しました…この世界はとても美しいです、三神道哉さん。貴方と一緒なら、永遠の時を過ごしたいと思うほどに。」
「サヤ、俺と永遠を生きてくれるか?」
青年が少女の唇に触れそうな距離で問い掛ける。少女は返事の代わりに青年に口付ける事で答えた。
青年の鎌が少女の魂を刈り取り、少女の動かない身体と共に青年が消える。
その様子を、窓の外のカラスだけが見ていた__。
少女は言う。
「この世界はこんなにも穢れていて、こんなにも美しい。」
青年が問い掛ける。
「矛盾しているけど、どう言うことだい?」
少女が青年の首元に腕を回して囁く。
「貴方がいる限り、喩え醜くても美しいの。」
青年の腕が少女の腰に回り、少女がクスリと笑った。