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虹への意志

作者: ぶっぺぽん

 空気の層を貫く蒼の雷がすんでのところで右大腿をそれる。反射的に体をひねり、続けざまに放たれた赤い毒の雲を、そのまま遠心力を利用して吹き飛ばす。

そのフラリとした間隙を見出した何人かが、イルカのように走り込み、

紫に彩られた棍棒のような武器を一斉に振り下ろす。


まとっていたトレンチコートのなかに、隠していたフラスコを投げつける。途端に見えない壁が立ち上がって

紫煙の連撃を受けた。新たな戦術で叩くために、両者いったん後方へ飛びすさぐ。


間が、瞬間的に開いた。無情に植え続けられた穀物が不自然に中断されたかの如き様。

 

「しつこい逃げっぷりだ。貴様は足掻いて足掻いて、それからどうするのだ?味方を待っているのかね?」


 僅かな戦闘の合間に唐突な一言。だれもが勘を働かせて、ここは清聴する構えが吉であると判断した。

激しい小数点の移動によって巻き上げられた土ぼこりが、巻雲のような優しさと尊厳を持ち、戦場にたゆたう。


 その人物、なんというか変な鼻。鹿を思わせる奥行きのある顔造形にやはり鹿を思わせる角に耳。そのくせ豚鼻ときていて不細工な印象。

山の尾根程に適当な歪みを持った白色の螺旋が交じり合うという,奇妙な文様走らせた色鮮やかなスプリングコートを、匂い立つ癖のあるたたずまいで装着している。

歳は、わかるはずもない。強いて言えば、樹齢を年輪で推定するには技術がいることを確信させられる表現力がそこにはある。


「反吐が出る。よく見れば、なんとも不自然な格好だ。文句のつけようもなく、ただただ格好が悪い。戦い方も、番猫がまたたびにバランスを忘れた姿を思わせる、無様な体だ。見ているこちらが羞恥に染まる。」


辺りの空間が変によじれる気配を感じる。高速の戦闘が淀み萎えてしまった空間、しかし、蔑み笑うものはいない。

知っているからだ。決意、覚悟、そして命を懸けた者の目を間近で見るれば、その凄まじさの中に少なくとも冷笑の不可能を悟る。


「暗黙の裡を破っただろうが貴様は。これ以上の闘争は何の意味もない。皆が何かを了解するということは制約を陰に設けることだ。そうして世界ができる。破った人間には救いがない。もはや何も手にすることのできない貴様は抵抗する意味がない。」


 柔らかに、かつ柔らかに、口から空気の塊を吐き、ダラリと全身の力を抜きすぐさま引き締める。血が肉を駆け、神経が波打つのを確認。姿勢を正して。

ゆっくりと穏やかな精神を取り戻す。おそらくは皆、この無遠慮な時間を利用して精魂を確保している。


_____ハァァァァ____


 臨場感が生気を取り戻す前の春の夢が、訪れている。首を縦横に振り周囲の状況の確認開始。蒼、赤、紫、黄、緑、白、黄緑。星に色を塗り、虚空に向けて盛大にぶちまければこの光景は、すぐに生成できるだろう。ざっと見積もり数千はある多種多様な色合いが獣になって様子をうかがっている。


左前方6メートル。ウサギの赤い目に熊のような顔造形、色鮮やかなスプリングコートをまとう。敏捷で、見た目以上に密度のある細腕を振り回し、花崗岩でできた大地をあっけなく削り飛ばす。戦闘力並み。

後方13メートル傾斜43度。猿の顔造形にサイの角、キリンの高々とした首に、同じスプリングコートを被る。常にこちらの様子を観察し、戦略的に白色の玉を口腔より発射。着弾付近2メートル以内に凄烈な幻覚作用を起こす。戦闘力並み。

そして、一声放った鹿の何者かは、艶やかな黄色のかぎ爪を恐ろしい速度で振り下ろす。迂闊に接近を許せば危ない。戦闘力が比較的高い。


 あるいはここは、次元の狭間か。土と岩の混合された土地の上で広がる死闘。墨を上から流したような光源少なき場所。注意せねば10メートル先を見通す事も困難。

悪く言えば荒唐無稽、良く言えば殺風景、裏も表もただ不安な未来を想像させる一本道。どこからともなくあらわれる鼠のような薄黒い雲が中空に在り、茶色く焦げた大地に思わせぶりな立体感を示す。


 粗放な状況把握を素早く終えた後、ふと思い出し、日常を思わせる緩やかな動作で天井を見上げる。


そこには橋があった。どこに架かっているのか見当もつかぬ果てしなき橋梁。未来さえ想起できぬような異様さにつながっていると、各々が考察している。

だが漠とした不明瞭の中、絶対の真実が一つだけ見いだせた。橋の全てが、七色で出来ていること。

恐らくそこを渡りぬけば、眩しくなるような様々な色模様を統べるだろうということが、どうしようもなく察せられた。


 巨大な入道雲が内に秘める絶大な質量には、なんとはなしに説明のつかないズボラな予測が競い合うように交錯するものだ。

今明確に感じ取れる。橋を見上げた動作が入道雲に、止めようのない密を注ぎ出した。


「______ふ。橋の向こうには何があるんだろうな?」


ギョッと、視線が鹿の何者かに集中した。

「いつからかは誰もわからん。気が付けば、橋が架かっていた。天井がそこにあること自体誰も知らなかった。いや、この世界に天井があるということさえ知りようもなかった。」


先刻とは比べようもない、危うい、極度の緊張感が大地に座す。

「全くの未知だ。しかし本能では感じ取っている。その先にたどり着けば、何かが壊れ何かが始まる。行ってしまえば戻れないどころか、行きあぶれた者どもはおそらく、世界とともに果てることを何故か理解できる。世界の役割こそ、そこでとうとう終えてしまうということを。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「貴様。もはや戻れまい。・・・なぁ、貴様。責めるか、我々を。この世が終わってしまえば魂にもなれぬと嘆く、臆病さを。保険を充分な検討もなく掛ける無知を。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・・愚かしき臆病のせめてもの償いに、貴様をここで終わらせよう。その勇敢さには、敬意を示す。だがなぁ、貴様。世界というのは貴様の意地だけで作られてはいない。多種多様、十重二十重、十人十色の下らない意志が、無秩序な集まりと成り果てて、世界を世界足らしめているのだ。我々は、結局臆病そのもので出来ているのだよ。・・・・すまんなぁ、生きていたくて。」


 もはやここに書き表す術はない。当然の成り行きが雲間からさす光の様に自然と沸き起こった。黄緑の針が鋭く突き進みこちらを狙う。

皮一枚で回避、後方で爆炎。同時に緑色の巨大な牙がもうもうとした土煙の中から顔を出す。

翻したトレンチコートでそれをいなした後、内ポケットからビーカーを取出し、たらす。

白銀の足がニュウ、と出現して何人かをなぎ倒した。

続けざまに別ポケットより取り出したフラスコから、金色の腕が顕現し、何人かをつかみ取りひねりつぶす。その者、力量が圧倒的だった。



激しく、それでいて切ない戦いの音色は、夢を見る、呑気な鳩の飛行が如き軌跡を描いて、天に散っていった。










 どことも知れぬ、高原のある湿地に、一本足の欠けた虻が生まれた。








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