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ある日突然、幼なじみが俺のベッドで寝てた件。

作者: 心花

「ただいまー」


 部活から帰宅した俺は、リビングルームの扉を開けながら、母さんに声を掛ける。


「あら、晃太(こうた)、おかえりなさい。杏花(きょうか)ちゃん来てるわよ」


 思いがけない母さんの言葉。


「はぁ? きょうか? なんで?」


「さぁ? あんたの部屋で待ってもらってるから、早く部屋あがんなさい」


「えぇ? 俺の部屋で待ってんの? 勝手に入れんなよー」


 俺は慌てて自分の部屋へと続く階段に向かう。杏花とは、昔からの幼なじみだ。小さい頃は良くお互いの部屋で遊んだ。だが、高校生になった今では、学校でクラスメイトとしての会話をするくらいだ。なのに、なぜ?


 コンコン コンコン


「成瀬? 来てんのか?」


 自分の部屋なのになぜかノックする俺。そう、子供の頃は下の名前で呼び合ってた名前も、今はすっかり苗字だ。


……おかしいな。返事がない。


「成瀬? 入んぞ?」


 俺は部屋のドアを静かに開けた。すると……


 おい、マジかよ。


 俺の部屋の俺のベッドで、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている成瀬の姿。普通、彼氏でもない男の部屋で寝るかぁ?


「おい、成瀬! 成瀬ってば」


 俺は成瀬の肩をトントンと叩いて声をかける。だが、一向に起きる気配がない。


 おい、こら。人のベッドでマジ寝してんなよ。


「おーい、杏花ー杏花さーん」


 成瀬が寝ているのをいいことに、俺は久々に名前を呼んでみた。


 ずーっと前に、呼ばなくなった名前。

 ずーっと前は、呼んでた名前。

 本当はずっと……呼びたかった名前。


 当たり前に呼んでたあの頃よりも、本当はずっと呼びたいと思っている名前。


 けれど、それは今ではただの俺の、独りよがりな願望でしかない。



 俺の呼び掛けに、成瀬が少しだけ瞳を開いた。


「ん、んん…………。こーた?」


 ドキン……


 少しかすれた成瀬の寝ぼけた声に、突然心臓が跳ねた。


 ずーっと前に、呼ばれなくなった名前。

 ずーっと前は、呼ばれてた名前。


 そして本当はずっと、呼ばれたかった名前。



 ヤバイ、参った。どうしよう?


 たかだか名前を呼ばれたくらいで、何をこんなにドキドキしている?

 いや、違う。こいつはただ、寝ぼけてるだけで。たぶん絶対、意味なんてなくて。


「………………」


 頭の中ではそう思うのに、次の言葉が出てこない。ただ、成瀬の顔を見つめていた。


 するとそのままゆっくり目を覚ました成瀬と、目があってしまった。途端。


「う、わ、ご、ごめんっ!!」


 成瀬は赤い顔をしてガバッと起き上がると、急いで恥ずかしそうに身体を縮めて俯いた。


「え? あ、いや、別に……」


 成瀬のその仕草に、そんな言葉しか出てこない。

 他にももっと聞くことあるだろう。なんで俺の部屋にいるのかとか、なんで俺のベッドで寝てたんだよとか、なんで……


……俺の名前、呼んだの? とか……


 けど、そんなこと聞けなくて。言葉なんて出てこない。すると成瀬が恐る恐るといった小さな声で


「あ……ほんと、ごめんね? 水沢くん……」


 そう言った。


 なんとなく、なんとなく俺の中に流れる残念な気持ち。


「ああ……」


 やっぱりそんな言葉しか出てこない。


「……ねぇ、怒ってる?」


 ぶっきらぼうな俺の言葉に、さらに伺うように聞いてくる成瀬の声。


「いや、別に」


 そして、ますますぶっきらぼうになる俺の言葉。

 本当に、俺は怒ってなんていない。ただ……もう一度、“晃太” って、呼んで欲しいなんて、そんなことを思ってるなんて、口が裂けても言えない。それはただの、俺の欲張りな想いでしかない。


 それなのに、成瀬に“水沢くん” と呼ばれた時に、それを思い知らされた気がしただけだ。


「……ごめんってば。そんな……怒んないでよ」


「だから、別に。怒ってなんていない。それより、なんでお前、俺の部屋で寝てんの?」


 俺は、自己都合的な気持ちから逃れたくて、そんな質問を成瀬にぶつけた。すると


「あ……眠たかった……から、とか、そんな理由じゃ……だめ?」


 すっとぼけた成瀬の答え。


「いや、だめだろう。お前も一応女なんだし。俺も、一応男なんだし」


 なんの考えなしにふとそんな言葉が口をついて出た。深い意味なんてない。けれど、成瀬は少しむっとしたような表情になった。


一応(・・)って、なによ」


「なんだよ、変なとこ拾うなよ。一応は、一応だよ」


 けれど、俺にそれをフォローするだけのボキャブラリーなんてない。すると、成瀬は少し悲しそうな顔になって


「それって……私を女としては見てないってこと?」


 途中から段々小声になりながら、俯いた。


「いや、女なら、好きでもない男のベッドなんかで寝ないだろ」


 あぁ、別に成瀬を女として見てないわけじゃない。むしろ女として見ているからテンパっているんだが。挑発するような言葉になってしまった。


「ムカー。なによ! 私だって好きでもない男のベッドなんかで寝ないわよ! バカ!」


「……は?」


「もう、いいっ!」


 思考停止している俺の目の前で、成瀬は怒りながらベッドから立ち上がると、俺のすぐ隣を通り過ぎようとした。


「ちょ、ちょっと待てよ。それって……どーいう意味?」


 思わず掴んだ成瀬の左手首……


 すると、成瀬の足が止まって、


「な、なによ! バカっ! 鈍感っ!」


 拗ねたような怒ったような顔をして、成瀬は子供みたいに思い切り目をつぶって、ベーっと舌を出した。


 その成瀬のしぐさに、思わず意表を突かれた俺は


「な、なんだよ。お前だって鈍感じゃないか」


 つい、口が滑ってしまった。


「なによ! 私がどう鈍感だって言うのよ! あぁ、そうよね、好きでもない女の子が突然部屋で寝てたら迷惑よね。わかってるわよ! 出て行くから、その手、離して」


 けれど、成瀬は全然気付いていなくて。


「離さねぇよ。好きな女が俺の部屋で寝てたんだから。逃がすわけねーだろう」


 成瀬の言葉に、ついつい出た、俺の本音。


「え……?」


 途端に成瀬の瞳が丸くなり、俺は段々恥ずかしくなってきた。


「な、なんなんだよ。この、全然カッコ良くない告白。お前のせいだぞ。俺、今、すげーダサいじゃん」


 成瀬を掴んでいた手をゆっくりと離すと、俺はぐしゃぐしゃと頭を掻いた。すると成瀬は


「ほん、と?」


 信じられないという表情。


「……うそじゃねぇよ」


 ボソッと答えた、クソ恥ずかしい俺の言葉。なのに成瀬の表情はふわっと明るくなって


「ねぇ」


 少し顔を近づけ聞いてきた。


「なに」


 その距離感に恥ずかしくなって、やっぱりぶっきらぼうに答える俺の言葉。


「本当に、好き?」


 その時の成瀬の言い方が可愛いくて、


「おう」


 やっぱり俺は、ぶっきらぼうに答えた。


 すると、成瀬は今度は少し怒ったような甘えた声で


「もぉー! そんな言い方じゃなくて、もっとちゃんと言ってよー」


 そう、ねだる成瀬がやっぱり可愛くて、“好き” なんてそんな言葉、恥ずかしくて俺は言えなかった。


「そう何度も言ってたまるか。けど、お前は今日から一応(・・)、俺の女だよな?」


 照れ隠しにひねくれた俺の言葉に、


一応(・・)、ね?」


 意地っ張りな成瀬も、笑いながらそう答える。その空気感がなんとなく嬉しくて、


一応(・・)、俺の女なら、今日から“水沢くん” って呼ぶの、禁止な」


 ちょっと、俺の願望を言ってみた。


「え、それって……」


 すると杏花が赤い嬉しそうな顔をしたから、もっとその顔が見たくなって


「今日から俺のこと、また、“晃太” って、呼べよ、杏花っ」


 俺も、赤い顔をしながらそんなことを言った……





「こーた?」

「なに? きょーか」

「えへへ。名前で呼ぶの、懐かしいね」

「ああ、そうだな」


「実はね、私、ずっと“こーた”って、呼びたかったんだよ」

「ふーん。そうなんだ?」


 “俺も” なんて、教えてやんない。



「あ。そう言えば杏花、なんで俺の部屋来たわけ? まさか本当に寝床が欲しかったわけじゃないだろ?」

「え? まさか。そんなわけないじゃない」


 杏花は少し笑ったあと、


「こーた、もうすぐ試合でしょ? だからね、これ、持って来たの。手作りなんだよ」


 そう、小さな包みを俺に差し出した。


 袋の中身は、手作りのお守り。表には、“必勝” の刺繍。そして裏には……


 “M.Kouta” の、刺繍――――


「これ、作ってる時ね、こーたが勝つ事を願いながら表の文字を入れたんだけど、裏面の、こーたの名前を刺繍してる時は……いつか、また、こーたって呼べたらいいなぁって、私の分まで願掛けしながら作っちゃった」


「そっか。じゃあ……俺、絶対勝てそうな気がするよ」


「え? なんで?」


「んー? さぁ? それは内緒っ」




……だって、そうだろう? このお守りは、俺の願いをすでにひとつ叶えてくれたんだ。


 そんなご利益のあるお守りに、可愛い彼女が込めた願いに、俺が応えないわけにはいかないじゃないか。


 今度の試合は、何が何でも、勝つ。


 そう、心に決めたのは、杏花にはまだ少し、内緒の話。





ーFINー






 最後まで読んでくださりありがとうございました!


 何気に作者、幼なじみものが多いです。他にも、『【改】幼なじみと、ウルトラヒーロー!! 』や、『幼なじみが、チョコあげないと言い出した。』などがあります。


 もしよかったら、そちらもお楽しみいただけたら嬉しいです。なんて、言ってみる。


 足跡がてら、感想や評価など残して行ってくださいね。(これは願望)



心花(このか)



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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読しました。 私は逆に幼馴染ものはまだ書いたことがないで、新鮮です(^_^) 初々しくて、なんだか読んでいるうちに、早くくっついちゃいなよー、とムズムズする感じでした(*'ω' *) …
[一言] いいですね、他の方も書いている形容で恐縮ですが、ほんと、ニヤニヤしながら読んじゃいます。 この日今までの二人もなんとなく想像できてしまうやり取りがとてもスキです。 また、ニヤニヤしに来ま…
[一言] 心花さんの作品を読むと素敵すぎてついついニヤけてしまいますo(´∇`*o) 幼なじみの話ってええですねぇ 近いからこそのすれ違いとか、親しげな会話とか思わずキュンッとしちゃう場面とか………
2013/06/19 20:38 退会済み
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