ダイヤモンドと犬
「ハンパな連中は嫌いだ」
それが高校を中退し、売春斡旋とドラッグ密売で一財産を築いた琢磨の口癖だった。今では彼は株の投資で巨冨を得ている。
法など一切守るつもりがなく、金を稼ぐのが目的ならどんな手段でも構わない。彼はそう考えていたのだ。
毛沢東の言葉「鼠を取るのが目的ならば猫が白であろうと黒であろうと構わない」
その言葉を彼は幾度も噛みしめて、自分の人生に当てはめてみる。
自分が初めて売春をやらせた女性は恋人だった。自分が初めてドラッグを売った相手は極度の薬物依存患者だった。自分が初めて株の売り買いをした時はインサイダー取引の常連と手を結んでいた。
彼は毛沢東の言葉通り生きてきたのだ。その分、彼は人から憎しみを買うことも多かった。
その日は琢磨を恨む一人の男が彼の家を訪れていた。
男の名は風見達彦。琢磨が初めて売春をさせた女の父だ。彼は琢磨を睨みつけて言う。
「あんたのおかげで娘は心を壊してしまった。私はあんたに復讐したい」
琢磨はテキーラを煽り、酔った瞳で彼を見つめる。彼は言う。
「だが、復讐するとしてどう復讐する? 私は考えた。そしてこう思ったんだよ」
琢磨は目の焦点が合っていない。彼は続ける。
「あんたを殺すには、あんたが至福の最中にある時に殺すのが一番だと」
そう言うと彼は琢磨のグラスにアルコールを注ぎ込んでいく。
「それがあんたには相応しい死に方だ。快楽の果てに死を迎えるなんて最高じゃないか」
琢磨は何も言わずに彼の注ぐ酒を飲み干していく。琢磨は動じる気配がない。
なぜなら彼をここに招いたのは琢磨その人だったのだから。彼は言う。
「あんたは幾ら憎んで憎みたりない。だからあんたには相応しい死を与えてやりたいんだ」
彼は銃口を琢磨に向けて話を締める。
「あんたは至福の最中に死を迎える。そう、それは今から3秒後だ」
そして彼は、数を数え上げていく。
「3、2、1……」
次の瞬間、朦朧としていたはずの琢磨は体を起こし、彼から銃を奪い取った。
そして彼の腹部に弾丸を発砲した。こう言葉を添えて。
「猫は白でも黒でも構わないさ」
返り討ちに遭った達彦は悶え苦しんでいる。琢磨は愛犬の頭を優しく撫でた。
そうして達彦の復讐は失敗に終わるはずだった。だが彼は最後の切り札を胸に仕込んでいた。
琢磨が留めの一発を彼に撃ち込もうとした時、爆音とともに琢磨の家屋が炎に包まれる。彼は胃の中に爆薬を飲み込んでいたのだ。
やがて焼け跡となった琢磨の家屋から二人の焼死体と愛犬の死体が見つかった。
愛犬に優しく触れる琢磨の掌には光輝くダイヤモンドが握られていたという。