変な有給休暇の使い方
当たり前の話なのかもしれないけれど、有給休暇の使い方は、人によって様々だ。旅行なんかする為にまとめて利用したり、少しずつちびりちびりと利用したり、またはほとんど使わない人だとか。
まぁ、そういう意味では、有給休暇の使い方には、ある程度のその人の性格が表れている、と言えるのかもしれない。そして、私と同じ会社に勤める同僚のある男性社員はとても不思議な有給休暇の使い方をしているのだった。もし仮に、それにその人の性格が表れるというのなら、何を意味しているのだろう?
「で、どんな風に有給休暇を使っているのですか、その人は?」
そこまでを話すと、彼女、鈴谷凜子はそんな質問をしてきた。多少は、苛立たしげに見えるのは、私が持って回った話し方をしたからだろう。実を言うのなら、少しばかり彼女をからかいたいという思いもあったから、それで自然とそんな話し方になってしまったのかもしれない。
彼女は可愛いので、ついついからかいたくなるのだ。
凜子ちゃんとは同じアパートという縁で知り合いになった。地味だけどよく見ると綺麗な可愛い子で、少し気が強いところもあるにはあるけど、そこも魅力と言えば魅力かもしれない。まぁ、つまりは私は彼女の事を気に入っているのだ。それでという訳でもないのだけど、私は彼女に何着かスーツをあげた。社会人になったばかりの頃は、普通に着れたのだけど、いつの間にかきつくなったスーツを彼女にプレゼントしたのだ。断っておくけど、肥満体型になったのじゃない。元々、私は少々痩せすぎていたのだ。因みに、憎らしくも彼女はそのスーツを普通に着れている。彼女はスレンダーなものだから。何を隠そう今も着ている。学生だから、着る機会も少ないだろうと思っていたのに、彼女はほぼ毎日スーツを着ているのだ。これで似合っていなかったら、止めているところだが、似合っているので放っている。気に入った子が、自分のあげた服を着ているのは悪い気はしないし。
「スーツ。部屋の中でも着ているんだ。まるでOLみたいに見えるわよ。大学生なのに」
私は凜子ちゃんの“有給休暇の使い方”の質問には答えず、そう言ってみた。今は実は彼女の部屋の中にいる。殺風景な部屋で、およそ女の子とは思えないが、そんな点も好きだ。ただ、炬燵のデザインはちょっと女の子っぽいかもしれない。
「まだ、OLに勘違いされた事はないです」
凜子ちゃんがそう返して来たので、私は「うん。凜子ちゃん、可愛いから」と、そう矛盾した事を言った。彼女はそれに多少呆れたようで軽くため息を漏らす。
「大学でもモテるでしょう。男の子のが放っておかないのじゃない?」
次に私がそう言うと、「ほとんど、ほっとかれてますよ、私」と彼女は言って、それからわずかなばかりの間が。
“おっ… これは、言い寄って来る男でもいるのかな?”
と、私はそれでそう思う。何を隠そう、こういう点は鋭いのだ。それから凜子ちゃんはその間を誤魔化すようにこう言った。
「いい加減、質問に答えてくださいよ、綾さん。その男性社員は、どんな有給休暇の使い方をしているのですか? そもそも、今日来たのは、その相談の為でしょう?」
「いやぁ、凜子ちゃんと話がしたかったってのが、本当の目的だけどね」
そう言うと、彼女は軽く私を睨んできた。“こりゃ、からかい過ぎたか”とそれで私は反省をし、こう質問に返した。
「うん。その男はね、毎月一日ずつずらして有給休暇を使っているのよ。1月は15日に休みを取ったら、2月は16日に取るってそんな感じで、少しずつ前に進んでいるの。ね、ちょっと奇妙でしょう?」
凜子ちゃんはそれに「確かに変ですね。でも、単に遊んでいるだけじゃないのですか?」と、そう応えた。
「ところが、訊いても何も答えてくれないのよ。しかも、ちょっと言い難そうな感じなの。私はそういうのは鋭い方だから、確かだと思う」
「自分で言うなって感じですが、ま、認めますよ。でも、それだけで不審に思うのは可哀想だと思いますよ」
「いやいや、それだけじゃなくてさ。
その男性社員には彼女がいるの。絶賛、社内恋愛中。実は不安に思っているのは、その彼女の方で私じゃないのだけど、その彼女がね、彼が有給休暇を取った日に、“デートしない?”って誘ってみたんだって。そうしたら、その男性社員は“交通費がもったいないから、嫌だ”と、そう答えたそうなのよ。でも、普通の休みの日には、交通費なんか気にしないで一緒に遊んでいるから、これはおかしい。で、その休みの取り方には、何かあるのじゃ?ってその子は不安になっちゃったのね」
それを聞き終えると凜子ちゃんは、「どうして、そんな事を私に相談するのです?」と、そう質問してきた。
「だって凜子ちゃん、色々と変わった知識を持っているでしょう? ほら、お呪いとかそういうの」
実を言うと、彼女は大学で民俗文化研究会なんてサークルに所属していて、その手の知識には詳しいのだ。この部屋にも、そんな本がいくつか置かれている。
「つまり、綾さんは、その男性社員は儀式か何かの為に、そんな有給休暇の取り方をしていると思っているのですか?」
「いや、そうかもしれないなってね。それくらいしか、私には思い付かなかったから」
私がそう言い終えると、凜子ちゃんはしばし黙った。どうも、何かを考えているらしい。
「……有給休暇の取り方に、その人の性格が出るかもって、さっき綾さんは言ってましたよね。その人、実はケチだったりします?」
「え? まぁ、そうねぇ。どちらかと言えばケチかも」
「あの、綾さんの会社の交通費の申請って毎月、領収書を出したりします?」
私はどうしてそんな質問をするのか、訝しく思いながらも「いいえ。自宅からの通勤分に関しては、初めの一回だけで、後は決まった額が毎月支払われるわよ」と、そう返した。
いちいち領収書を確認していたら、事務の手間だってかかる。それくらい簡略化するのは普通だと思う。こんな事を聞いて、何になるのだろう?と私は疑問に思った。そして、その私の返答を聞くと、凜子ちゃんはこんな事を言ったのだった。
「ふーん、なんとなく、予想はできましたよ。その変な有給休暇の使い方の訳の」
私はそれにビックリする。どうして、今の質問で分かったのだろう?
「え? なに、なに? やっぱり、お呪い? 金運上昇とか?」
ケチかと訊いて来たから、お金関係だとそう思ったのだ。すると彼女はこう答えるのだった。
「金運というのとは、ちょっと違いますが、確かにお金は手に入りますね。休みが月の最後の方にまで行けば」
「え? どういう事? どれくらい?」
「その人の交通費ってどれくらいですか?」
「詳しくは知らないけど、一万円くらいじゃない?」
「じゃ、それとピッタリ、同額分です」
私はそれを聞くと少し止まった。これは、どうもお呪いの類ではないようだ。
「どういう意味なの?」
それで私はそう尋ねた。彼女はこう返す。
「……多分、その人が有給休暇を取った日にデートを断ったのは、定期が切れていたからですよ。それで、交通費がかかるって事だと思います」
「どうして、そんな事が分かるの?」
少しだけ間をつくった後に、彼女はこんな説明をした。
「定期が切れるのが、休日の前日だったり、休みの日でも残りが一日以上あったとします。その場合、休み明けから定期を継続すれば、その分だけ有効期限が前に進みますよね?
1月15日に定期が切れる。16日に休みを取って17日から定期を継続する。すると定期の有効期限は2月の16日になります。さて、これを繰り返していけば、どうなると思いますか?」
私はそこまで聞いてようやく理解した。
「ああ、なるほど。そうやって地道に有効期限を延ばしていけば、月末までいったところで、交通費が一ヶ月分得をするのか!」
それで彼は一日ずつずらしながら、有給休暇を使っていたのだ。二年くらいかければ、一ヶ月分くらいはなんとかなるだろうか。
「セコッ!」
そう私が思わず声を上げると、凜子ちゃんはこう言った。
「私は法律に明るくないので、これが犯罪かどうかは分からないですけど、例えそうであっても見逃してくれそうなくらいの軽犯罪ですね。責めるのは、やっぱり可哀想だと思いますよ」
確かにそうかもしれない。しかし、それでもセコイものはセコイ。有給休暇の使い方には、ある程度のその人の性格が表れている、としてみよう。仮にそうだとして、こんな表れ方はちょっと恥ずかしいと、私はそう思った。
多分、ですが、軽犯罪になるかもしれないので、止めておいた方が良いと思います。
因みに僕は、ほとんど有給休暇を使いません。