いち
僕の好きな言葉三つある。まず一つ目、平穏。二つ目、平均。そして三つ目は普通。まあまだ他にもあるのだが、これらに関連することなので省かせてもらう。この三つを保つため、また義務教育とやらで送らなければいけない学校生活を平穏に過ごすため、僕は僕なりの鉄則を持ってすごしている。
其の一、他人に己の弱みを見せるべからず。これは他人、たとえ友人でも弱みをみせてはいけない、ということ。それをネタにゆすられ、学校生活を余儀なく不穏にさせてしまう可能性があるからだ。
其の二、愛想よく接し、何奴にも親切にすべし。どんなにいけ好かない奴でも笑顔を浮かべ、無駄に恨みを買ったり、嫌味を言われないようにする。噂は人へ人へ伝わり、最終的にはもう平穏になんて戻れない状態を作ってしまう。
其の三、決して目立つことなかれ。これは先生方の格好の狙いの的にならないため。目立つやつはいっつも問題をあてられたり、いじられたりする。まあこれは委員会などに立候補しなければいい話だ。
其の四、悪すぎず、だけども良すぎず。上の下を保て。悪すぎると馬鹿にされ、良すぎると嫉妬の対象になったり、調子にのってると思われるからだ。
学校生活を平穏に過ごすためには、これらのことを守っていれば平穏に過ごせるのではないだろうか? 僕が思うに、特に其の一を守っていれば、更なるゆすりのネタを与えずに平穏に過ごせる。たぶん。
僕は人間時、スペックはできるだけ平均になるようにしている。勉強然り、運動然り。そのほうが目立たない。
そして人間時ではないとき――僕は猫になれる。これはもちろん、普通の人間にはできないこと。普通が大好きな僕が持っている異常。だけどこの異常を嫌ってはいないし、あると困るというわけではない。むしろ、今や必要不可欠となっている。
塾帰りの同学年の愚痴や話をきくため、猫の姿になっていくと非常に情報を仕入れやすい。僕の悪い噂、恨みを抱いている人物がいないか、時折確認せねば平穏な学校生活は送れぬというものだ。
両親に地元の閉鎖村の中学校じゃなく、普通の中学校へ行けといわれて普通の中学校に入学してから一年と二ヶ月。二年生のクラス替えでグループなども定着し、目立つやつらに素行が悪いやつらに――まあいろいろいる。僕はどこのグループに属さず、いつも中立な立場。浅く、広い関係を持つことができた。
そんな生活にも慣れ、僕が猫の姿で情報収集をするべく塾帰りのとある女子生徒たちについていく。話が聞こえる絶妙な距離を保つことが大切。
「彩音、宮下とどうなったのさ。ほら、いいなさいよ」
「だから私と宮下くんはそんなんじゃないっていってるでしょ! もう、いっつも私が宮下くんと話してたら茶化してくるんだから」
水樹彩音。とある大型電気会社の娘。裏表のない性格、委員会などにも積極的に参加し一部を除いた同姓異性、どちらからも好かれている。だけど特定の好きな人はおず。行動力があり、その上頑固。成績はあまり芳しくない。
その友達、牧原菜月。ごく一般的な家庭。成績優秀、よく水樹に勉強を教えている。いまどきの中学生といった感じ。活発な性格で、水樹共に人気者と。だけどこちらも一部の女子からは反感を買っている。一部の女子はただの私怨。
ついでに宮下一馬。水樹のことが好きな、イケメン男子。文武両道。だけども二重人格で、水樹の前ではいい奴ぶってるが裏は最悪。もう転校してしまったが、とある女子をレイプした過去あり、と。その事実はごく一部の人間しか知らず。
「でもさ、絶対宮下はアンタのこと、好きだよ? あんないいやつ、他にいないんだからもう付き合っちゃえば?」
「そんなことないよ。そんなこといったら、菜月にもいい人はいるんじゃない?」
「いないいない。あたし、同年代の男子ってガキにみえるからさ」
……今日も一応異常なし、か。
そういってあはは、と笑う牧原。そして次の話題に変えるべく、何か思い出したように、
「そういや、うちのクラスに竹坂っていたじゃん?」
「ん、いつも笑顔の人?」
「そうそう、あの笑顔の人」
僕の話題がでた。
……む、僕はそんな風に呼ばれているのか? これはきいておかなければ。
「あの人の噂、聞いたことある?」
「噂? 竹坂くんって噂が立つような人じゃないと思うんだけど――」
そこに三人くらいの体格のいい男が、あの二人の前に。ちょ、僕の噂の詳細が。
二人は避けるように通ろうとするが、男たちはそれを許さない。
「……あの、どけてほしいんですけど」
「じゃあ俺たちとちょっと付き合ってくれる?」
「いや、なんでそうなるんですか?」
「俺たちさぁ、今暇なわけよ。そこに可愛い女の子が二人も通って、見逃せるわけないじゃん?」
「ちょっとくらい、いいだろ? おごるからさぁ」
なにこの一昔のナンパ男たち。それにしても、許せないのは僕の情報収集を邪魔したこと。
どうでもいい情報のときならまだしも、こんな貴重な情報のときにどうして邪魔がはいるのだ。考えるよりも体が先に動き、男の一人をひっかいた。
「な、なんだこの猫?!」
僕が一人にネコパンチやネコキック、ひっかいたりしているうちにナンパ男の二人は牧原や水樹のほうへ。
テメェらも同罪だ、とその男への攻撃をやめ、二人の男のほうへ向かい攻撃。反撃してくるものもいたが、猫ならではの跳躍力やその他の力を駆使し、なんとか撃退成功。よし、これでまた僕の話を――
「……あたしらって、猫に助けられたんだよね?」
「う、うん。そうみたい、だね」
二人とも、呆然と僕を見た。……どうやら、話の続きはしてくれないようで。
と、とりあえず逃げよう。
走った。そして僕が借りているボロアパートの一室へと入り普通の人間に戻る。ちなみに家に入るときは大家さんに許可を得て、小さなドアを作らせてもらったので、そこから入った。
人間の姿に戻るとき、素っ裸なのが玉に瑕である。あと、僕が猫の姿になれるのは十八時から零時まで、ということ。零時を過ぎると自動的に人間の姿に戻ってしまう。だから時間に気をつけて行動しなければならないのだが。
とりあえず服を着て、宿題をやって寝る。まあ、今日の情報のことは残念だが、また機会があるだろう――そう思って眠りに落ちた。
*
「竹坂くん! あの、猫飼ってるよね?」
「えっと……?」
「だから、竹坂が猫飼ってるか教えて」
……ふむ、昨日のことだろうか。もしかして家までついてきてた、とか? 可能性はあるな。
なんて答えるのが一番の策だろう。家に訪ねてこられても困るし……。
「イエスノーで答えるだけでいいから」
「……えーと、飼ってはいませんよ」
こう答えるのが無難、かな。僕んちこられたら一発でアウトだし、飼ってはいないのは本当だから。
「ほら、だからいったじゃん。ごめんね、竹坂」
「いいえ、お役に立てないようですみません」
ほらいくよ、と水樹を促す牧原。だけどまだ諦めきれないようで、水樹は僕に食って掛かる。
「飼っては……? てことは、猫と何か繋がりがあるんだよね?」
成績は芳しくないとばかり思っていたが、こういうことには頭が働くみたいだ。
馬鹿だけど頭がいい、ということか。
「まあ、よく僕の家にくる猫がいましてね。昨日もきてましたよ」
「どんな猫?」
「えっと、色々種類がいるんですけど。さすがに全部は覚えてません」
「じゃ、じゃあ黒い猫、いる?」
「何匹かいたと思います」
「せ、背中に十字の白い毛がある猫は?」
……よく、そこまでみていたな。彼女の観察力に思わず感心してしまう。たしかに僕が猫になると、背中に白い十字の毛は存在する。だけど世の中の普通の猫には存在しない。だから別の猫をつれてごまかすことなど、できない。
ここはいないと答えるべきだ。そしてしばらくの情報収集は控え、おとなしく部屋で勉強かなんかをしていたほうがいい。
「世の中にそんな猫はいませんよ。僕の家に訪ねてくる猫にそんな猫がいたら、忘れません」
「……そっか。ごめんね、変なこときいて」
「いえいえ、こちらこそ何もお役に立てず、申し訳ないです」
そういうと、二人は今度こそどこかへいったようだ。やれやれ、まあこれであの二人が僕のことをすっかり忘れてくれれば万々歳なんだがな。
笑顔でいるのも疲れた。本でも読んで、顔の疲れをとろう。