川端康成『古都』
一.
川端康成と言えば、大抵は雪国の知識の話で始まって、そこで終わる。「トンネルを――」で始まる一文とは確かに良い文章だと、そう思う。
だからこそ、多くのメディアで今でも時折取り上げられる。そこにノーベル文学賞という言葉が足されれば、有無を言わさず、ポジティブな評価が得られるというものだと、そういう気もする。
そこで、そのポジティブな評価、そこに少し立ち入って川端康成の良さとはどこにあるかと、こう考えるわけだ。色々思索し、総合し、そして言い表すと大体このようなイメージにたどり着く。
「すぐれた写実性と、誰もが心緩やかに染み入るキャッチーな文、そしてその一文の奥に広がる背景の豊かさ」
例えば『伊豆の踊子』の冒頭、そこにはこうある。
道がつづら折りになって、天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
つづら折りという単語のイメージが大山を匂わせ、杉、雨の白という色彩のイメージ、そして山特有の天候の変化。短いながらもその全てが含まれて、伊豆の山中の情景が行ったことがなくても何となく浮かんでくる。そして比較的平易な文章に仕上がっている、これもまた名文だと、こう思う。
このように深い洞察力とそれを事細かに描く力を持っていて、そのイメージを上手く読者に想起させようする力。それが川端康成最大の魅力ではないかと考えるわけである。
ただ、ただ、である。ただ彼は限りなく観察者だったのではないかと、こうも考えるわけである。そこが惜しいかな、川端康成の限界だったのではないかとも、思う。必ずしも言い切れない点はある。だがそう思う。彼は消極的行動者、であったと。
例えば『眠れる美女』であるとか、『掌の小説』にある『バッタと鈴虫』などがそれに当たる。興味があれば読んでもらうとして、彼は積極的に小説に手を突っ込んでかき回すことをそれほど美しいことだと考えていない気がする。だからこその写実の美しさが生まれたのかもしれない。
とりあえず、この簡単な川端康成についての話は、三島由紀夫の『眠れぬ美女』解説で締めるとしよう。
眠れぬ美女の世界は、無力感によって悪から隔てられている、と考えるとき、川端氏の考える「悪」がどのようなものであるかが朧ろげに浮ぶであろう。それは活力が対象を愛するあまり滅ぼし殺すような悪であり、すべての人間的なるものの別名なのである。
二.
『古都』を読んだのは何時のことだっただろうか。忘れてしまったが、高校生の頃だったように思う。
きっかけは何かの名文集の本を借りて、その中に『古都』の冒頭にある「すみれともみじ」の一文があったからだったと思う。それを軸に読み始めたといっていい。
詳しいあらすじにはあまり触れないとして、『古都』には様々なレトリックを詰め込んでいる。一見するとそこに目を奪われる。それほど美文とは甘美なものだと思う。そこで作品を味わうのもまた立派な読書観だと思う。
だが、巧妙なレトリックで描かれた『古都』の中に現れる美しい自然、また建造物という物言わぬ物に、作者が何かを言わせなければならないと考えれば、そこにあるのは登場人物の喜怒哀楽が散りばめられたエゴのような何かだろう。
特に『古都』では主人公である千重子の複雑な環境、そして後に現れる千重子の双子である苗子の問題、そして千重子の父が考える下絵の問題がある。
そのあたりを話の軸にされるために中盤までにかけては何となく悲壮感が漂うのだが、そこから真一や秀雄という千重子に好意を持つ男たちによって、悲壮感という場所から更に明るい場所へ引き上げられる。
一方で苗子が千重子の家に泊まりに来る時、苗子はまだ悲壮感という場所にいる気がする。それは双子だからこそ、似たような場所に立っていたのかもしれないし、または苗子の境遇がそうさせたのかもしれない。
はっきり言えるのは苗子の中に未だ存在する旧制的な考え方、身分、という思考なのだが、そのある意味理不尽で自分が自分を強制的に縛ってしまう力に、物悲しさが宿ってしまうのは何故だろうか。それは自分の力では解決できない無力さがにじみ出ているからだろう。
そして苗子は千重子の幻影として去っていく。幻影とは居ないはずなのに居るように見えるものという意味だ。しかし、実際に居るはずなのに幻影として去ろうというというその意思はやはり半ば強制的に行われているところからくる悲しさがある。
幻だとか夢だとか、そういった細い感覚は簡単に崩れ去ってしまう。それは実体のある現実のものによって、だろう。そのため『古都』のような、登場人物の会話や、背景の描写などが相互に織り成して作られる何となくぼんやりとしたもの悲しさを、はっきりと最後に現れる苗子の体の温かさや秀雄や真一によって破壊してくれるからこそ、もの悲しさの中に読了後の爽やかさがある。
何か変な文章だ。
作品自体はTOP10に入るぐらい好きなんだけど。