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【連載版】乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏することにした  作者: 華洛


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【番外編・「2/7」救済の果て(side:スカーレット)】

今回はシリアスになっています


 大地が揺れていた。


 最初は、どこか遠くで重たい荷車でもひっくり返したような、鈍い響きだった。

 けれど次の瞬間、その震えは足元から牙を剥いた。世界そのものが、内側から軋むように波打ち始める。


 地面は裂け、街を、村を、人々の慎ましい営みを、まとめて地の底へと呑み込んでいく。

 石畳は悲鳴のような音を立てて砕け、家々は支えを失った積み木みたいに傾ぎ、崩れ、土煙の中へ消えた。

 逃げ惑う人影は豆粒みたいに小さいのに、絶叫だけが妙にはっきり耳に届いた。


 火山は噴き上がり、煮えたぎるマグマを惜しみなく振りまいていた。

 赤黒い火の筋が夜を引き裂くように大気を走り、降り注ぐ灼熱が屋根を貫き、塔を焼き、逃げ場を失った大地をさらに焦がしていく。

 灰は雪みたいに降っているのに、触れるものすべてを窒息させる熱を孕み、空気まで焼けついているようだった。


 海では巨大な津波が発生し、海沿いの街を順番に飲み潰していく。

 それは波というより、海そのものが壁になって押し寄せてくるような有様だった。

 港を砕き、船を玩具みたいに持ち上げ、呑み込み、見上げる人々ごと陸を塗り潰していく。

 ひとたび白い飛沫の向こうへ消えたものは、もう二度と元の形では戻らない。


 空は空で無事ではなかった。

 黒雲は渦を巻き、稲妻は裂け目みたいに明滅し、昼も夜も区別がつかないほど光と闇がせめぎ合っている。

 まるで世界そのものが悲鳴を上げながら壊れていく、その断末魔を見せつけられているようだった。


 空からその光景を見下ろしながら、私は静かに思った。


(まるで世紀末ね)


 我ながらずいぶん薄情な感想だとは思う。

 けれど、感傷に浸っている場合ではなかった。

 泣いても喚いても壊れたものは戻らない。止めるべき元凶がいるなら、先にそちらをどうにかする方が建設的だ。


 帝国の民は悲鳴を上げて逃げ惑っていた。

 泣き叫ぶ者。

 神に祈る者。

 瓦礫の中で家族を探し続ける者。

 さながら地獄絵図だ。


 ただ、私からすると、半分くらいは自業自得でもある。


 あんな異常者を皇帝に担ぎ上げておいて、平穏な明日が来ると思っていたのだとしたら、少々おめでたすぎる。

 毒茸だと分かっているものを自分で煮込んでおいて、腹を壊したから被害者だと言われても困るでしょう。

 もちろん同情はするけれど、驚きはしない。


 かつて大陸でもっとも栄えていた帝都は、もはや見る影もなかった。

 豪奢な建物は崩れ、石畳は割れ、塔は折れ、通りは地割れと瓦礫で埋まっている。


 それでも、皇城だけは残っていた。


 妙に頑丈なのよね、ああいう手合いの巣は。


 人々は助けを求めて皇城へ押し寄せていた。

 崩れない場所へ。

 救ってくれそうな場所へ。

 けれど門は固く閉ざされている。


 当然だ。


 あの女にとって人類は、救う対象ではなく、救済の材料でしかない。

 材料が勝手に燃えたり潰れたり流されたりしているだけで、料理人はたぶん満足しているのでしょう。


 私は皇城を覆う結界の前に降り立ち、軽く拳を握った。


 そして、殴る。


 結界はあっけなく砕け散った。

 思ったより脆い。

 まあ、狂人は往々にして“雰囲気”に全力を注いで、肝心の実用性が甘いものだけれど。


 私はそのまま最短距離で内部へ踏み込み、玉座の間へ強行突入した。


 いた。


 異常者。

 『Fate/Lover』のヒロイン。

 アリサ。


 玉座に腰かけたその姿だけ見れば、なるほど神々しいのかもしれない。

 周囲の惨状さえ見なければ、だけれど。


「やっぱり悪役令嬢は悪役令嬢ね。私の邪魔を最後までしてくるなんて」


「私の平穏な生活を先に邪魔したのはそっちでしょう」


 正直、この女がどこで何をしていようと、本来なら関わる気はなかった。

 帝国で皇帝ごっこでも、救済ごっこでも、好きにしていればよかったのだ。


 でも、世界を壊されると困る。

 世界が滅べば、私の平穏な生活も消える。

 それでは困る。

 だから来た。

 ずいぶん大規模な苦情処理だけれど、要するにそういうことだ。


「もう少しで……もう少しで全人類が救済されるの。邪魔しないでよ」


「……救済? これが?」


 私は周囲を見回した。


 崩れた天井。

 遠くから響く悲鳴。

 血と灰と熱の匂い。

 どう贔屓目に見ても、救済より災害現場の方が近い。


「人は生きているだけで罪を犯す。それを救済するには、一度死ぬしかないの。死こそが救済! 私と同じ転生者なら、理解できるよね?」


「まったくできないわ」


 即答した。


「死こそが救済だというなら、貴女が真っ先に死ぬべきでしょう。少なくとも、いま貴女に殺されかけている人たちは救われるわ」


「全人類が死んだのを確認したら、私も死ぬから大丈夫」


 だめだわ、これ。


 大丈夫の定義が根本から壊れている。

 こういう相手と会話すると、こちらの知性まで削られる気がするのよね。


 前回のアリサは、逆ハーレムにうつつを抜かす頭の軽い異常者だった。

 でも、目の前のこれは別種のひどさがある。

 欲望に忠実だったぶん、まだ可愛げのあった前回と違って、こちらは自分の醜悪さを崇高な理念で包んでいる。

 中身の腐敗を香水で誤魔化した死体みたいなものだ。


「大丈夫じゃないわね。だって、その望みは叶わないもの」


「負け惜しみ? もう遅いの! 世界は天変地異で終わる! いくら貴女がカンストしたステータスを持っていたとしても、この終末は止められない!」


「ええ。そうね。私ひとりでは無理ね」


 私は素直に認めた。


 実際、この規模の地震と噴火と津波を同時に止めるのは、さすがに面倒だ。

 できなくはないでしょうけれど、ひどく面倒。

 だから他人に頼んだ。


 次の瞬間、外から響いていた轟音が途切れた。


 地鳴りが止む。

 津波の唸りが遠のく。

 噴火の爆ぜる音が消える。


 アリサが息を呑み、半透明の画面をいくつも展開する。

 そこに映っていたのは、終息へ向かう各地の災厄だった。


「どうして……どうして終わるの!?」


「ノワールとブランシュに頼んだの」


 そう告げると、アリサの顔がひきつった。


「このゲームをやったなら知っているでしょう」


 魔神ノワール。

 魔神ブランシュ。


 『Fate/Lover』における裏ボス。

 倒せば望みをひとつ叶えてくれる、やりこみ勢御用達の便利存在だ。

 限界突破だのレアスキルだの、廃人向けご褒美の温床でもあった。


 今回、私が頼んだのは単純明快。

 この異常者が引き起こした天変地異を止めること。


 止めるだけなら容易い、と二柱は頷いた。

 だから止まった。

 それだけだ。


「よくも、よくもよくもよくも! せっかく、せっかく人類が救済を――」


「うるさいわ」


 私は異常者の顔面を、思い切り殴り飛ばした。


 鈍い感触。

 思ったより硬い。


 さすがね。

 目的達成まで死なないために、防御へ極振りしているだけはある。

 しかも民衆から吸い上げた信仰まで乗せていたのだから、ひどく質が悪い。

 自力ではなく、他人の祈りで膨らんだ強さなんて、見栄えだけの張りぼてなのに。


「いたい、いたい、いたいよぉ……!」


 みっともなく痛みに泣く姿を見て、私は少し安心した。


 よかった。

 ちゃんと痛いのね。

 それなら、会話より殴打の方がまだ通じる余地がある。


 この異常者は空へ己を投影し、「死こそ救済」と全土へ喧伝した。

 そのおかげで、今まで稼いできた信仰はほとんど失われている。

 どれだけ盲信していた人間でも、実際に家が潰れ、家族が流されれば、さすがに少しは目が覚めるらしい。


 おかげで、私の拳でも明確にダメージが通る程度には弱体化していた。


 やっぱり、自分以外の力で膨らませたものは脆いわね。

 風船みたい。

 穴を開ければ、あっという間にしぼむ。


 私は泣きわめく異常者を、別の場所へ転移させた。


 転移先は、この災厄で最も大きな被害を受けた地域。

 家を失い、家族を失い、信仰も希望も焼け落ちた人々が集まる場所。


 そこでこの女がどうなるかは、私の知るところではない。

 でも少なくとも被災者たちは、顔も知らない天災ではなく、目の前の元凶へ怒りを向けられる。


 それはきっと、この世界に残された数少ない、分かりやすい救いのひとつでしょう。


 私は静かに呟いた。


「良かったじゃない。最後は本当に、救済される人ができたわよ」




読んでいただきありがとうございました。

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