あとちょっとで幸せになれたのに!〜攻略ルートをズルしてやり直し続けたら、悪役令嬢のお仕置で転生解除して全て失ったんだけど!〜
「ルドルフ・フェングロイツ。あなたはファナリリア・ローランベルを妻とし生涯をかけて——……」
「はい、誓います」
神父の朗々とした声に、フェングロイツ伯爵……ルドルフ様のクールなお声が凛と響き渡る。
あたしの旦那様。やっと手に入れた幸せ。ここまで本当に大変だったわ。せっかく乙女ゲームの世界の正ヒロインに転生できたのに、失敗ばっかりでライバルに負けそうになっちゃって。
それでも諦めずに手に入れた、最高ランクにかっこよくって素敵な旦那様。
「ファナリリア・ローランベル。あなたはルドルフ・フェングロイツを夫とし、病めるときも、健やかなるときも、喜びの時も、悲しみのときも——……」
わくわく、どきどき。これまでのことを思い出す。ヴェール越しにルドルフ様をそっと見上げる。
前世ではいろいろやっちゃって逮捕されて、パパに保釈金を払ってもらってなんとかなったけど、結局逆恨みで殺されちゃって。
だけどだけどだけど! 生まれ変わったらこんなに可愛い女の子になっちゃって! 世界はあたしのための乙女ゲームで!
ただちょっとステータス上げ……とか難しいことが出来なくて、ライバルの悪役令嬢に全部取られかけちゃったけど——……。
「——……生涯、愛をもって支え合うことを誓いますか」
「はい、誓います」
なんてごちゃごちゃ考えてたら誓いの時間が来ちゃったわ。はい、誓います。なんて憧れのセリフを厳かに唱えたあたしは、心の中では、はーーい!誓いま〜〜っす! と両手を挙げてぴょんぴょんとウサギさんみたいに跳ねながらお返事していたの。
ああ、ルドルフ様。少し長い黒髪を爽やかに流して、青い瞳は切長で宝石のように美しくて、とにかく顔がかっこよくて背が高くて頭もよくって地位もお金もあって、だけど女性の扱いには慣れてなくって、ルドルフ様のそんなところがちょろ……可愛くって大好きで!
あたしのウエディングドレス。シンプルなシルエットに、真っ白で繊細なレースを何種類も重ねてボリュームを出して、キラキラとダイヤモンドを散りばめた、この国でいっちばん美しくて贅沢なウエディングドレス。
そして、あたしのウェーブのかかったハニーブロンドの長い髪にふわりと寄り添う、柔らかく光をまとって輝く美しいレースのヴェール。このヴェールを捲るときっと、ファナの目はきらきらとピンク色に潤んでいるわ。唇はルドルフ様を待ちくたびれてしっとり桃色に色付いているわ。白くてなめらかなこの頬に、さあ早く手を添えて! 正ヒロインはこのあたし。最高のスチルを見せてあげるんだから!
ルドルフ様の細い指先がヴェールに触れる。あーん、早く! 待ちきれない!
キーーーーン、と、その時会場に金属的な、魔法の発動を意味する音が鳴り渡る。新郎新婦の頭上に黒のような紫のような邪悪な雲が広がる。そして雷のような轟音と共に、新婦——ファナリリア・ローランベルの姿はその場から跡形もなく消え去った。
「あとちょっとだったのにィィ……!」
と、その雲が消えるときに苦しそうに歪んだ女の声が、呪いの言葉のようにじわりと広間を支配した。
会場は大騒ぎだった。何が起こったのか、誰が闇の魔法を発動したのか。ルドルフ・フェングロイツ伯爵は無事なのか。
だがこの一日が終わる頃、人々の記憶や関係性についての認識は修正されるだろう。ファナリリア・ローランベルという、罪を犯した元・正ヒロインのことは、この世界から記録ごと消去されるのだから。彼女の居ない世界に、記録も記憶も未来も作り替えられるのだから。
結婚式場のホールと大きなガラス扉で隔たれたバルコニーで、“悪役令嬢”は婚儀の日に相応しい爽やかな春風に吹かれながら、美しい唇の形だけで微笑んだ。参列のために普段着用しないようなパステルカラーの水色のドレスを着ているが、燃えるような眼差しはドレスの色と対照的ともいえるような赤い色。
彼女の肩に、どこからともなく現れた妖精がちょこんと乗る。身長約30cmの人型、耳は長く、金色の流れる髪と光を織ったようなローブをまとっていた。
「ありがとう、ガラマリア嬢」
「妖精さん。これで良かったかしら」
「全て完璧さ。ファナリリア・ローランベルが妖精の領域から盗んだ、魅了の耳飾り」
妖精の手元で遊色を湛えてムーンストーンの耳飾りが光る。角度を変えて見るとピンク色に輝くこともある。魅了の魔法がこれでもかと詰められている。
「やり直しを自由に行う魔法の契約書。うむむ……こんなものは破棄だよ破棄」
緑色の炎が妖精の手元で炸裂し、一枚の用紙は灰も残さず消え失せた。要領の悪いファナリリアが、何度もルドルフとの出会いからやり直す度に世界は歪んで行った。その原因の契約書。
「悪役令嬢を呪いの役回りとして固定する、まじないの小瓶」
人間の手のひら程の大きさの小瓶を持つには、妖精の身体には小さすぎる。ガラマリアはそっとそれを受け取り、しげしげと眺める。瓶の中で腐った獣の血に浸されているのは、ガラマリアの髪と魔族の骨と牙、乾燥させた毒草がブーケになったものだった。
「ガラマリア、あなたの手で壊しますか?」
「……ええ、そうします」
人間と妖精は会場内の阿鼻叫喚を、ガラス越しに他人事のように眺めた。
要領が悪いが手癖の悪さを最大限発揮して妖精界のアイテムを盗んだ大罪人、ファナリリア・ローランベル。大罪人が正解に辿り着くため何度も世界をループさせ、ついには謂れもない悪役のレッテルを貼られて人生を破壊された後天的悪役令嬢、ガラマリア・ヒースランド。二人の因縁も今日この日をもって永遠に交わらぬものとなる。
バルコニーの床に簡易的な魔法陣を生成し、そこにまじないの瓶を叩きつける。溢れ出た呪いを、ガラマリアは一遍残らず魔力を込めた炎で焼き付くし、灰になっても炎を浴びせ続けた。
*
「だからあ、あたしはねえ、ファナリリア・ローランベル、いや、フェングロイツ伯爵のぉ、最愛の妻のお、ファナリリア様なんだからねえ!」
粘々とした叫び声が響くと、介護士たちは一瞬さっと目配せをする。
わかってんのお、こんなのおかしいのよお、ルドルフ様に言いつけてやるんだからねえ!
聞き取れる範囲だとその様なセリフを発しているが、数あるレパートリーのひとつだと、周りの人々は特に耳を傾けたりはしない。それでも新人介護士は何とか食らいついている。
「花岡さん、今日はお風呂ですからね、リラックスできますよ」
「あんなののどこがお風呂よお!」
バラ風呂、大理石、豪奢なネグリジェと話題は転々と前時代的な価値観の豪華な浴室の話になっていく。
「そ、それは無いのですが、とにかく行きますよー!」
「花おばあちゃん、また始まったっぽい」
「ああ、ファナおばあちゃんね」
事務室でクスクスと雑談の花が咲く。花おばあちゃん。花岡百合姫子、75歳。ハナオカ・ユリヒメコ、は本名らしい。一世紀前の名付けセンスどうなってんだよ、キャハハ、と介護施設の一室に似つかわしくないような笑い声がキャラキャラと響く。
「なんかこの人検索すると出てくんだけど、50歳の時とかに横領で捕まったりオヤガネで保釈されたり、出所早々元職場に舐めたことして刺されたり、波乱万丈だったんだってね」
「で、その時の傷で寝たきりになってたけど、医療費じゃぶじゃぶかけて何でも試して、20年後無事復活して即ここ入居と」
いやぁ〜。二人の女性のため息に似た声が重なる。
「濃すぎる。話聞いてるだけならまあウケるし良いけど」
「あっちが伯爵令嬢でこっちが下々の者じゃないと許せん系だから」
「「疲れる」」
事務室のドアがスラリと開かれ、リーダーが厳しい表情でどっと笑い盛り上がる二人を咎めた。
「あなたたち、また利用者さんの悪口? 止めなさいってこの前言ったわよね。あと入力とっくに終わってるでしょ? 入浴介助、今日新人さんも居るんだから忙しいの、早く戻って!」
「……はーい」
事務室を追い出され、下げられた昼餉の臭いがまだぷんと漂う廊下を二人は歩く。
「私も自分の名前横文字にして遊ぼっと」
「ウチもやろっと。新人ちゃん、ファナおばあちゃんにビビってるかな」
「さあね、まあ早く行ってあげるか……」
*
何度も何度もやり直し、捻れた世界を作り出し、ズルして幸せ手に入れたけれど、全部夢となり消えました。
ファナリリア・ローランベルの物語を追うのはこれでもう終わりにしよう。
妖精国の女王となったガラマリア・ヒースランドは、異世界を映していた手鏡を、そっと、棺に飾る花を置くように、暖炉の火に焚べた。
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ルドルフは無事に元気に別のご縁で結ばれたようです◎




