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プロローグ

「日菜! どこにいるんだ!!」

「お兄ちゃん! 助けて!!」


 声のした方を見ると、ついさっきまで俺の側にいた日菜が百メートルは離れているであろう高台の上にいた。

 今すぐにでも駆けつけたいのに、日菜との間には無数のインヴィルが立ち塞がり、俺は武装した高校生に押さえられていた。


「離せよ! すぐそこに妹がいるんだよ!!」

「危険だ。一匹だけでも一般人じゃ太刀打ちできないんだ」

「じゃあ、あんたらがなんとかしろよ! そのための掃討士なんだろ⁉︎」

「無理だ。インヴィルの数が多すぎる。今の俺たちじゃ手に負えない」

「チッ。肝心なところで役に立たなくてどうすんだよ! 頼むから日菜を助けてくれよ!」

「…………」

「ふざけんじゃねえよ……」


 インヴィル――俺たちが住む世界とは別の世界〈ユートピア〉に存在している正体不明の生命体。その姿は、目の前に群がっている蟻のようなものだけではなく、人型のものもいれば言葉にはし難い歪なものもいるらしい。

 俺たちの世界に直接侵入することはないが、二つの世界が接近したときにユートピアで起きた事象が起因して建物の倒壊や、火災、電波障害など様々な影響を受ける。

 一般にインヴィル災害と呼ばれているが、その中でも転移型のインヴィル災害に俺たち家族は巻き込まれてしまったのだ。


 ありふれた休日の昼間、待ちに待ったショッピングモールへのお出かけ中だった。

 日菜と俺の新しい靴を買って、某ファストフード店で買ったハンバーガーセットを家族で和気藹々と食べていた時、突然視界にノイズが走った。一瞬、浮遊感が訪れた後、気づけば見知らぬ荒廃した街並みの中にいた。

 初めての出来事に俺と日菜は困惑していたが、父さんと母さんは違う理由で驚きを隠せなかった。


「ユートピアだ……」

「父さん?」

「建物に隠れるぞ!」

「待って待って、何がどうなってんの?」

「いいから私たちに付いてきなさい!」


 普段物怖じしない父親が珍しく動揺を露わにしていた、普段温厚な母親が大きい声で俺たちに指示した。それだけで、事の重大性が理解できた。

 隠れられる建物に向かう途中、二人が何か話していた。


「万が一接敵したら、戦えるか?

「無理よ。私たち、現役時代だってそんな強くなかったでしょ?」

「そうだな。それに今は装備もない。とにかく逃げるしかないな」


 俺の知らない二人を垣間見た瞬間だった。

 それよりも俺は、日菜の手を離さないことに必死だった。

 日菜は辛うじて走ることは出来ているが、その顔面は蒼白で今にも崩れ落ちてしまいそうだった。


「大丈夫だ。俺が付いてるから」

「お兄ちゃん……」

「手、離しちゃだめだぜ」

「うん!」


「…………あれっ?」


 少し落ち着けたかなと思ったのも束の間、前方から風が吹いた。頬を撫でる生温い風は、心の底から嫌な感覚を湧かせた。

 振り返った瞬間、父さんの太い腕で走るのを制止させられた。


「引き返しなさい」

「え?」


 初めて聞いた父親の震えた声。


「走れぇぇぇぇぇ!」


 叫びを聞いた俺は、返事を返すこともなく引き返した。

 間もなく激しい衝突音の後に、あの嫌な風が再び頬を撫でた。

 振り返ると、まず目に入ったのは巨大な蟷螂(かまきり)のような化物だった。赤い身体が不気味だったのと、全体的に俺の知っている蟷螂より細いなという印象だった。

 それに比べてあまりにも小さくて、その足下にある物体に気づくのが一瞬遅れた。そしてそれがなんなのか、理解するのを俺は無意識に拒んだ。

 輪切りにされたそれは、明らかに二人の人間だったものだ。そして今も流れ出している血で染みを作っった衣服はもう元の色がわからないが、靴だけは綺麗さを保っていた。

 それは父さんと母さんが今日履いていた靴と同じものだった。


 俺が目を離した一瞬で何が起こったのか理解した瞬間、それから目を背けて走り出した。

 そのとき俺はどんな顔をしていたのだろう。俺を見上げた日菜が一周回って平常心を取り戻していた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「……心配すんなよ。最後まで俺がついてるから」

「……うん」


 きっとひどい顔をしていたんだろうな。

 目の前で両親が死んだという悲しみ。その無惨な姿を見たことで込み上げてくる気持ち悪さ。妹だけは守らなければならないという使命感。死にたくない、とにかく走り続けるしかないという焦燥感。

 頭がいっぱいいっぱいで、無我夢中で不安定な道を走っていた。



 しばらく走っていると流石に息が切れてきた。ちょうど廃墟の中に入れそうな隙間を見つけたので、そこで息を整えた。


「大丈夫か? 結構無理して走っちゃったけど」

「……ハァ、大丈夫。っ元気だけは、お兄ちゃんにも負けない、取り柄だもん」

「そうだったな」

「お兄ちゃんは大丈夫?」

「大丈夫、じゃない。ちょっと横になる」


 頭が痛い。てかあんま頭回んないな。吐き気もするし、ふらふらするし。

 これあれか、酸欠ってやつか。とにかく身体を休ませなくては。


「日菜は、どれくらい状況を理解してる?」

「全然。急に知らない場所に来て、化物からお母さんとお父さんが逃がしてくれたことくらい」

「そっか。今は、それでいいよ」


 どうやら、二人が殺されたことは知らないみたいだ。でも、それを知るのは帰ってからでいい。今はとにかく俺たちが生き残るために余計な動揺はさせるべきじゃない。

 ていうか、なんか息も浅くなってきたな。俺のコンディションは最悪になりつつある。こんなとき父さんたちがいてくれたらと思う。

 でももう二人はいないんだ。俺の側には日菜しかいない。だから――


「わりぃ、ちょっと手、握っててくんね?」

「いいよ。そのくらい」

「あんがと」


 そして俺は目を瞑った。


 ちょっとすると、息が落ち着いてきた。それで頭も回るようになってきて、ようやく思い出した。

 これは、夢だ。もう四年間も脳裏に焼き付いて離れない、人生でいちばんの絶望の瞬間をむざむざと見せつけてくる何度目かの悪夢だ。


「日菜! どこにいるんだ!!」

「お兄ちゃん! 助けて!!」


 あの後、落ち着いた俺たちは助けてくれる掃討士を探して外を散策し始めた。

 そしてあの蟷螂と再会してしまったのだ。俺たちは無我夢中で走り続けた。

 奴はそこまで足が速くなかったが、風の斬撃を飛ばしてきた。

 間一髪致命傷は避けたものの、完全には避けきれず俺の左目を掻っ攫っていった。

 痛みはそこまで感じなかった。とにかく必死だったから。ただ、視界の約三割が失われた違和感だけは厄介だった。

 騒ぎを聞きつけた掃討士(クリーナー)が蟷螂を引き受けてくれている間に、俺たちはとにかく逃げた。

 その先で大量の群体型インヴィルと遭遇し、攻撃を受けて日菜と俺が分断されてしまいこの状況に至ったというわけだ。


「離せよ! すぐそこに妹がいるんだよ!!」

「危険だ。一匹だけでも一般人じゃ太刀打ちできないんだ」

「じゃあ、あんたらがなんとかしろよ! そのための掃討士なんだろ⁉︎」

「無理だ。インヴィルの数が多すぎる。今の俺たちじゃ手に負えない」

「チッ。肝心なところで役に立たなくてどうすんだよ! 頼むから日菜を助けてくれよ!」

「…………」

「ふざけんじゃねえよ……」


 この直後、掃討士の増援が来る。そして、いちばんの絶望の瞬間が訪れる。


「応援に来たぞ。状況は?」

「左目を負傷した少年を保護しました。彼の妹があのインヴィルの奥にいるのですが我々では手に負えず」

「なんだ、この程度のインヴィルに手をこまねいているのか? 訓練足りてないんじゃないか?」

「しかし、この数ですよ? バッテリーも限界です」

「根性なし共め。見てろ、俺が今から助け、に――」

「先輩?」

「撤退だ」

「え?」

「この状況は我々の手に余る。すまない少年」

「……ちょ、ちょっと待ってくれよ。どういうことだよ。あんただったら、なんとか出来るんじゃねえのかよ」

「…………」

「何か言えよ、なぁ」

「そうですよ。なんとか言ってくださいよ先輩」

「うるさい! とにかく俺たちじゃどうしようもないんだ。撤退、これは命令だ」

「わかりました。リコール」

「そんな――」


 周囲が光に包まれ始めた。徐々にユートピアとの接続が切れていく。

 助けを求める日菜の叫びがもう聞こえない。

 涙を流しながらこちらに手を伸ばす姿も段々と朧気になっていく。


 もうやめてくれ。何度この絶望を味わえばいい。

 そんなことしなくたって俺は――




「忘れることはないよ。あの日のことは」


 知らない天井――ってことはないけどまだ見慣れない天井に手を伸ばしていた。

 カーテンの隙間から差し込む朝の日差しで部屋に舞う埃が光っている。

 そういえば昨晩到着したばかりだから、まだ掃除も出来てなかったな。学校から帰ってきたら掃除しなきゃな。掃除もだが荷解きもまだ終わってなかったじゃないか。昨日は疲れていたから最低限のものしか出していなかった。


 そういえば前にこの夢を見たのも前の学校に転入してきた日だったな。

 目的を忘れるなって言いたいんだろうが、余計なお世話だ。


「そうは言っても、やっぱ気は引き締まるよな」


 布団から起き上がり、カーテンを開くと見慣れない景色が広がっていた。

 やはり夜と朝では随分と見え方が違うな。そこまで栄えている地域ではないが、やはり朝の方が幾分か活気があるように見える。

 窓を開くと丁度電車が近くを通ったようで、ガタンゴトンという音が聞こえた。

 こんなに線路が近い場所に住むのは初めてだからな。眠りが浅かったのはこれも起因しているのかもしれない。

 さて、いつまでもぼけーっとしていてはいけない。転校初日から遅刻なんて御免だ。

 昨日コンビニで買ってきたサンドイッチを頬張りながら着替えて、それが済んだら歯磨き洗顔をし、髪を整えた。

 身だしなみに問題がないか改めて鏡で確認するとひとつ忘れていることに気づいた。


「おっと危ない。あの夢を見たあとはいつも忘れちゃうんだよな」


 一度寝室に戻って、寝る前に外した眼帯を左目に装着した。


「別にあったってなくたって変な目では見られるけど、変な目の種類が違うからな。大事大事」


 そして掃討士必携のスマホと俺専用の剣と家の鍵を持って家を出た。

 オートロックじゃないのは久しぶりだから、毎回これを忘れないように気を付けないといけない。


「さて、まずは駅に向かうんだけど…………どっちだったっけな?」


 昨日家に行くときも使った道を使えばいいのだが、一回で道を覚えられるほど記憶力が良くない。

 しばらくは地図アプリの頼りになりそうだ。

 スマホを起動し地図アプリを開くと、駅までの経路案内を設定した。


「あーこの道だったな。覚えてないけど」


 やはり夜と朝では雰囲気が違う。実際通ってみても同じ道だっていう実感が湧かない。

 しかし、物静かな雰囲気の町だな。大きい道がないからだろうな。車の音がせず、たまに近くの線路を電車が通り抜けるくらいだ。それも都会ほど多くないが。

 それに付近の学生が通るにも早い時間だ。もう少し遅い時間なら子ども達がワイワイ騒ぎながら学校へ向かうことだろう。

 寂しい、かな。でもこういう雰囲気は地元を思い出すから好きだ。


 そのままアプリのガイドに沿って道を進んでいると、百メートルくらい離れた場所に青いアイコンが表れた。三角のアイコンの中には剣と盾のマークが書かれている。これは騎士型のインヴィルだな。

 ここらへんの地形も把握しておきたいし、丁度いい機会だ。


「ダイヴ!」


 スマホの音声認識を起動し、ボイスコマンドを唱えると身体が光に包まれ始めた。

 徐々に世界との接続が切れていき、プツンと音がして一瞬の浮遊感の後に目を開けるとそこは荒廃した町だった。


「さてと、そんなに遠くないからひとっ飛びで行けるな」


 足に力を込めて思いっきり蹴ると、身体が空高く舞い上がった。

 この付近の建物はそんなに高くないから、とても見晴らしが良かった。俺みたいな機動力高めのタイプには適しているが遠距離タイプには遮蔽も高台もなくて嬉しくないだろうな。

 敵の方角はわかっているからその方角に跳んだ。着地すると、目の前に目標のインヴィルがいた。

 盾と剣を携え鎧に身を包んだまさに騎士という見た目のインヴィルが三体いた。

 奴らは俺を視認すると、一目散に突っ込んできた。

 連携はなく、各々が俺の首を刈り取らんと一直線に走っている。鎧が重そうで、ずしっずしっという効果音がしそうな走り方だ。

 ちょっと素手で受け止めてみようかなと思って直前まで引きつけたが、騎士が剣を振り抜く直前に俺はインヴィル達が最初にいた位置に跳んでそれを交わした。


「ちったぁ小細工用意してるってわけね」


 その剣は超微細に震えていたのだ。そんなん剣というか電ノコじゃないか。受け止るのは危険だ。俺はあんまり耐久力があるタイプではないから、ケガを負っていたかもしれない。

 でも、至近距離で観察した結果、それ以上の細工はなさそうだった。こいつらから得られる情報はもうなさそうだ。


「そんじゃ、お前達は用済みというわけだ。電車に乗り遅れるのも嫌だし、一瞬で殺してやるよ」


 俺は腰に巻いたホルダーに収めていた剣を取り出して、構えた。

 インヴィルの騎士達が今度は盾を突き出しながら突っ込んできた。またも連携は皆無だ。群体型のインヴィルじゃないと協同するのは難しいのだ。


「しっかし、貧弱そうな盾だねぇ。見た目だけは綺麗なもんだけど、そんなんで自分の身が守れんのか? チャージ」


 俺はスマホから剣にバッテリーを1%送った。

 すると剣が緑色に輝き始め、フィィィィィィィンと音を立て始めた。剣から発生した風が俺の髪を靡かせている。


「それにその剣、切れ味はいいようだけど結局当てらんないと意味ないよなぁ。お前達だって魔法じみた力使えんだからさ、工夫しようぜ」


 剣を両手で持って頭の上に大きく振りかぶる。

 インヴィルの騎士達が走る地響きを感じられる距離まで近づいたところで剣の周りの風の回転速度が臨界点を突破。これ以上はこの剣では制御できなくなったところで思いっきり振り下ろした。


「あばよ。【風刃】」


 詠唱に伴って風の刃がインヴィルめがけて飛んでいき、不可視の斬撃でインヴィル達の身体は真っ二つになった。下半身だけがそのまま走ってきたが俺はそれを無視してリコールした。


「インヴィル討伐申請、完了っと。もうちょい楽しめたら良かったんだけどな」


 身体が再び光に包まれ始めると、あっという間に元の世界に帰ってきた。しかし、元いた場所とは少しズレている。

 ユートピアでリコールした座標と同期された場所に戻ってくるからだ。


「くっそ、道わかんなくなっちまったよ。地図アプリさん助けてくださいよっと……あらら、目の前じゃねえか」


 丁度戻ってきた場所が駅の前だったみたいだ。



 そのまま電車に揺られて、学校のある市中心部に向かう。

 単線の電車は初めてで、行き違いの列車を待つ時間がもどかしかった。

 でも、ずっと電車の揺れに揺られるわけじゃないのは、ゆとりがあっていいなと思った。

 途中、川を渡ったのだが朝日が反射する水面が綺麗だった。川ひとつとっても、地域によって雰囲気が若干違った。

 都市部が近づいてくると、徐々に線路の本数が増えていって都会感が出てきた。それでも、田舎感はあるんだけどね。地方の中心の割には栄えている地域ではないから。でもそれがいいんだよな。


 目的の駅に着くとそこからは徒歩だ。

 俺と同様に電車通学の生徒もちらほらいて、おかげで地図を見ずとも同じ制服の学生に付いていくだけでいいから助かった。

 入学シーズンなら並木道が桜吹雪で歓迎してくれるんだろうけど、今は生憎なことに夏手前だ。

 でも葉桜の下を木漏れ日を浴びながら歩くのも悪くない。

 何より、今日は風がいい。

 寝覚めは最悪だったが、新たな活動場所でのファーストインプレッションとしては上場だ。ここならきっと俺の目的も果たせるはずだ。なんて考えるのももう三回目くらいかな。


 十分ほど歩くと、目的地に辿り着いた。

 かつてアイドルのライブやスポーツの大会で使われたアリーナが大規模な演習場として改修されたらしく、その隣にはそれにも負けないくらい大きな校舎が建っていた。一般的な学校の校舎が可愛く見えるくらい荘厳な校舎だ。一応学校らしいけど、この規模はもはや基地だろう。いや、そういう側面もあるにはあるが。

 そして赤煉瓦で築かれた校門にはこう書かれている。『第四掃討士養成学校』と。

 ここは、インヴィルを掃討するために生み出された職業である掃討士を育てるための機関。学生掃討士がゲーム感覚でインヴィル掃討に取り組むために、その技術とシステムを開発・管理している機関、全国六箇所に設置された『掃討士養成学校』の中でも旧広島市――現第四京都市にある『第四掃討士養成学校』だ。


 俺、草薙颯(くさなぎはやて)は討伐ポイント日本三位の最高位ランカー掃討士だ。

 ここで俺は、今度こそ俺は、あの日ユートピアに置き去りにされた日菜を探し出してみせる。


 これは、俺が異界に置き去りにされた妹を探し、そしてインヴィル災害を根絶するまでの物語だ。

初めましての人は初めまして

お久しぶりの人はほんっとうにお久しぶりです

やっぱやめらんないね

もう社会人なっちまったよ。不定期更新(定期)です

これからもよろしく

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