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第一章 第二話風が吹いていない日

風が吹いているのかあるいは吹いていないのかそれとも██か

風は、吹いていなかった。

それでもカーテンは揺れている。

マンション三階、303号室。

通報は午前九時二十三分。

転落死二名、室内で衰弱一名。

玄関のドアは開け放たれている。

「風通し、良すぎだろ」

俺が言う。

「風は吹いていない」

久世が即答する。

相原が一歩先に入る。

「ヘルメット固定。視線は低く。布類を直視するな」

「了解」

瀬名がくすっと笑う。

「カーテン見ちゃダメってさ、小学生かよ」

だが、誰も笑わない。

部屋は静かだった。

テレビは消えている。

エアコンも止まっている。

窓は閉まっている。

なのに。

リビング奥の掃き出し窓。

白いカーテンだけが、揺れている。

規則的でも、不規則でもない。

呼吸のように。

「揺動確認」

久世が端末を向ける。

「空気流動ゼロ。温度差なし。圧力差なし」

「つまり?」

俺が聞く。

「物理的要因は存在しない」

じゃあ何が動かしてる。

答えは、言わないほうがいい気がした。

床には写真立てが落ちている。

家族写真。

父、母、子ども二人。

全員、笑っている。

「転落はこの父親と長男」

久世が言う。

「母親は寝室で発見。衰弱死。次男は――」

言い淀む。

「ベランダの手すりに立ったまま、落ちなかった」

「なんで?」

「“まだ弱かった”可能性」

弱い?

感染の、強さの話だろうか。

相原がゆっくりとカーテンに近づく。

距離、五メートル。

「榊原、どう見える」

「普通に揺れてますね」

「“普通に”か」

その言い方が引っかかる。

普通ってなんだ。

普通に揺れるカーテンって、なんだ。

風があるときに揺れるものだろ。

でも今は。

風はない。

俺は、端末の表示を見る。

風速、0.0m。

ゼロ。

なのに視界の端で白が動く。

見ないようにしているのに、

揺れていると“わかる”。

それが、嫌だ。

寝室を確認する。

布団は乱れている。

枕元のメモ帳に、震えた文字。

ーずっと吹いている

窓は閉めた

でも吹いている

ーどうしてみんな平気なの

最後のページ。

ーもう、外のほうが静か

相原がページを閉じる。

「認識固定が起きているな」

「固定?」

瀬名が首を傾げる。

「“風が吹いている”という事実が、頭の中で確定する。

すると世界がそっちに合わせ始める」

「世界が、合わせる?」

「そういう異常だ」

淡々と言わないでほしい。

リビングに戻る。

カーテンが、さっきより大きく揺れている気がする。

気のせいか?

「残留情報再構築ホログラム再生」

久世がホログラムを展開する。

昨日の室内映像。

最初は普通だ。

家族が朝食をとっている。

窓は閉まっている。

カーテンは静止。

次のカット。

母親がふと、窓を見る。

数秒。

「……風、強くない?」

その一言。

父親が振り返る。

「え? 吹いてないだろ」

母親、カーテンを指差す。

映像の中で、布がわずかに揺れる。

「ほら」

父親が立ち上がる。

「本当だ……?」

そこで揺れが大きくなる。

子どもが笑う。

「すごい! 台風みたい!」

映像が乱れる。

ノイズ。

次の瞬間、父親がベランダへ走る。

その背中が、妙に軽い。

まるで。

「……飛ぶ準備してるみたいだな」

俺が呟く。

誰も否定しない。

「榊原」

相原が呼ぶ。

「今、どう感じる」

どう、って。

正直に言うか?

「ちょっと……あるかも」

「何が」

「なんか、肌が。撫でられてる感じ」

沈黙。

久世の端末が小さく鳴る。

「心拍上昇。体温微増」

瀬名が俺を見る。

「見ちゃった?」

「見てない」

でも。

揺れてる。

さっきより。

確実に。

「全員、視線を床へ」

相原の声が硬くなる。

俺は目を落とす。

床。

フローリング。

静止。

でも耳の奥で、

さわ、

と音がする。

吹いている。

いや、違う。

吹いていると、

“思っている”。

それがまずい。

それを認識した瞬間――

視界の端、白が大きく波打つ。

首の後ろに冷たいものが触れる。

風はない。

なのに。

「……相原さん」

声が、軽い。

「俺、なんか、」

体が、浮く。

いや。

軽くなっている。

輪郭が、ほどけていく。

空気に近づく。

カーテンの揺れが、

まるで呼吸みたいに、

俺と同期する。

まずい。

これ、

たぶん、

相原の叫び声が聞こえる。

金属を打ち込む音。

空間が歪む気配。

でももう、

遅い気がする。

俺は今、

確かに、

吹いている。

【零局内部記録】

事例番号:JPN-Ø-17

仮称:████

発生地点:東京都某区住宅街

初期報告:風速0.2m。揺動物確認。

備考:住民証言に「風が吹いている」との一致多数。

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