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第7話 「崩れる魂、消える光」

 魂の断ち切れる音は――本来、誰にも聞こえないものだ。


 だがこの瞬間、戦場にいた全員が確かに“感じた”。


 ぱん、と何かが弾ける微かな音。

 次いで、霧散するように消えていく青白い光。


 秋月楓の魂が、完全に肉体から離れたのだ。


「いや……いやだ……いやだいやだいやだイヤダァァァァァァァァ!!!!!」


 白衣の狼は地を掻きむしり、破れた喉から叫びを漏らす。

 その身体を覆う光が剥がれ、霊糸がちぎれ、魂の形が崩れていく。


 その姿にはもはや“悪役”の威厳も、“天才科学者”の余裕もなかった。


 ただ、幼子のように泣き叫ぶ“弱い魂”があるのみ。


「迅雷くん……!

 見捨てないで……!

 ぼくを……見て……!!」


 手を伸ばす楓の霊は、光の青年――迅雷へ向いた。


 だが迅雷は、楓を見なかった。


 その視線は、ただ一人――夜見野彼岸へ向いていた。


 ゆっくりと彼岸の顔に触れようとするように、淡い光が揺れる。


「……彼岸」


 優しい声が、彼岸の胸を刺した。


 しかしその声は、風のように儚い。


 次の瞬間、光がふっと薄れた。


「え……」


 彼岸の手が、空を掴むように震えた。


 その光は、まるで自分の役目を終えたように――

 彼岸に最後の笑顔だけを残して、霧のように消えた。


「ま、待って……!

 迅雷……!?

 どこ……!?

 まだ……何も……言って……」


 手を伸ばす彼岸の指先を、光は二度と触れなかった。


 楓の叫びが、空気を裂く。


「うああああああああああああッッ!!

 イヤだ……消えたくない……消えたくないよォォォ!!

 ぼくは……ぼくは……迅雷くんと……!!」


 魂が千切れた肉体は、限界を迎える。


 白衣が裂け、皮膚は灰色に変色し、

 崩れるように砂と化していく。


 生命の残滓――ではなく、“魂の残滓”。


 ボロッ……ボロッ……と崩れ落ちるそれは、

 まるで誰の記憶にも残らない“実験廃材”のようだった。


「や、だ……

 僕は……迅雷、く――」


 最後の声が、風にかき消え。


 秋月楓の身体は、ついに完全な灰へと崩れ落ちた。


 残ったのは黒い粉と、割れた眼鏡だけだった。


 広場に静寂が訪れる。


 ヴォルクは剣を引きずり、

 紅葉は膝から崩れ落ち、

 ボルは重い息を吐き、

 ユリウスでさえ銃口を下げた。


 誰も言葉を発せなかった。


「……迅雷……?」


 彼岸は、まだ儀式の中心で膝をついたまま、震える声を漏らした。


「どこ……?

 さっき……いた、よね……?

 僕の名前……呼んだ……よね……?」


 誰も返事はしない。


 返せる者が、もうどこにもいないからだ。


 薄れていく光の残滓が、彼岸の指先をすり抜けて――

 彼はその場に崩れ落ちた。


「……返して……」


 小さな呟き。


 しかし、それは急速に熱を帯びていく。


「返して……!!

 迅雷を……返してぇぇええええぇぇぇッ!!!!!」


 叫びが、閉鎖空間を震わせた。


 霊力が暴走する。

 札が破裂音を立てて弾け飛び、

 彼岸の周囲に嵐のような術式が乱れ撃ちに展開される。


「彼岸!! 落ち着け!!」


 フェイクが駆け寄ろうとする――が、霊風に弾かれて近づけない。


 彼岸の髪を縛る紙紐が、ビリ、と裂ける音がした。


 封じていた莫大な霊力が、空気を揺らす。


「彼岸くん……まずいぞ……このままじゃ――」


「霊脈が暴走する!!」


 ボルの警告が響いた瞬間、


 ――バリバリバリ……ッ!!


 時年樹の根元から、黒と白の霊脈が弾けるように噴き出し、空へ向かって渦を巻いた。


 世界そのものが悲鳴を上げているようだった。



「迅雷……

 僕……君のために……

 全部……やったのに……

 なんで……いないの……?」


 涙が地面に落ちるたび、術式がねじれる。


 霊の風が、彼岸の体温を奪う。


 視界が揺れ、光が遠のく。


(……いやだ……

 こんな終わり……いやだ……

 迅雷……迅雷……)


 瞳から光が消えていく。


 その瞬間――


 彼岸は視界の隅に、ほんの一筋の光を見た。


 淡く、儚く、しかし確かに――

 “彼”の温もりを思わせる光。


(……迅雷……?)


 しかし、彼岸が伸ばしかけた手は虚空をつかみ、身体は前のめりに倒れ――


 意識は、完全に暗転した。


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