第6話 「魂の悲鳴、光の呼び声」
裂け目から迸る霊光が、秋月楓の身体を内側から押し広げている。
魂を肉体から無理矢理剥ぎ取る――それは、術式的には単純だ。
だが、“抵抗”がある場合は違う。
魂は叫ぶ。
肉体は泣く。
因果が、千切れかけの糸のように軋む。
「いやぁぁぁぁぁああああああッ!!!
痛いっ!! 痛い痛い痛い痛いッ!!!
なんで……なんで僕だけこんな目にぃいい!!!」
楓は地面に爪を立て、のたうち回った。
白衣が土と血に汚れ、床に転がる鋏やペンがカラカラと音を立てる。
その光景は、狂気の科学者ではなく――
ただの“子供”のようだった。
彼岸は、震える指先で札を操りながら声を絞り出す。
「……魂縛り、成功……!
楓博士の魂、霊脈から切り離し……再固定します……!」
「彼岸くん、無理をするな!!」
フェイクが叫ぶ。
だが、彼岸は首を振る。
「ここで止めたら……また誰かが、楓博士の犠牲になります……!
それだけは……それだけは、嫌なんです……!!」
涙で滲む視界の奥で、楓の魂が霧のように揺らいでいる。
その霊核は、驚くほど脆く、そして恐ろしいほど強情に“しがみついて”いた。
(こんなに……強く、誰かを求めていたんですね……
秋月楓という人は……)
その「誰か」が、
彼岸にとって最も大切な人でなければ――
彼はもっと冷たくなれたかもしれない。
霊光がひときわ強く揺れた。
「……彼岸くん……」
闇の奥から、楓の声が響く。
それは肉体ではなく、魂から直接届く“精神干渉”。
「君は、どうして……どうして邪魔するの……?
僕はただ……迅雷くんを……取り戻したいだけなのに……」
その言葉は、刃より鋭く胸に突き刺さった。
「似てるじゃないか……君と僕……。
“好きな人を取り戻したい”……それだけなんだよ……」
楓の霊が、ゆっくりと伸びてくる。
「ねぇ……彼岸くん……。
君も辛かったでしょ……?
彼が死んだとき……心が壊れそうだったでしょ……?」
「……っ」
彼岸の瞳に影が差す。
その一瞬を、楓は逃さない。
「だったらさぁ……協力してよ……
“魂を繋ぎ止める術”……君ならできるでしょ……?
僕と一緒にやろうよ……
僕たちなら、“完璧な器”を作れる……!」
声が甘く、耳の奥へ入り込む。
魂そのものを揺らす危険な誘惑。
「彼岸くん……
君だって、彼を生き返らせたい……そうだよね……?」
彼岸の心臓が脈打つ。
(確かに……僕も……迅雷を……)
その一瞬。
彼岸の札が一枚、ひらりと落ちた。
「彼岸!!」
フェイクの叫びが飛ぶ。
その時だった。
――音が、消えた。
時年樹の葉が、風もないのに揺れた。
彼岸の背後で、光が集まる。
暖かく、優しく、柔らかく――
彼岸が何度も手を伸ばし、何度も届かなかった光。
「……え?」
彼岸の指先が震える。
空間に現れた光は、人のシルエットを象っていた。
輪郭は淡く、透けている。
しかし、その笑顔だけは――はっきりと見える。
「彼岸」
優しい声だった。
耳ではなく、魂で聞こえる声。
「……迅雷……?」
その名を呼ぶと、光の青年は柔らかく微笑んだ。
「大丈夫。
僕は……怖くないよ」
楓の魂が絶叫する。
「やだやだやだやだやだ!!!!
なんで……なんで君が出てくるの!!
来ないでよ!!
僕の邪魔しないでよおおおおお!!!」
霊光が暴れ、結界が揺らぐ。
だが迅雷の光は、それに怯えない。
「彼岸。
僕は……君が呼んでくれたから、ここに来れたんだよ」
光が、彼岸の手に触れる。
それは涙が出るほど――懐かしい温もりだった。
(……もう一度だけ……触れたいと、願ってしまった……
その僕の“弱さ”が……
迅雷を……呼んだ……?)
心が震える。
彼岸は涙をこらえながら、問いかけた。
「迅雷……本当に……君なの……?」
「うん」
その答えは、どこまでも優しい。
「君が、僕を想ってくれたから……
僕は、ここに来れたんだ」
「やめて……やめてよ……!
なんで……なんで君は“彼岸”を選ぶんだ……!!
僕は……あんなに……君のために……!!
君が欲しいって言うなら……世界だって捨てたのに……!!」
楓の魂が裂けるほどに叫ぶ。
その声は、怒りでも狂気でもなく――
幼子のような“哀願”だった。
「迅雷……僕を……見てよ……
ねぇ……僕のほうを……!」
だが迅雷は、楓を見ない。
その目は――ただ一人、夜見野彼岸へ向けられていた。
「彼岸」
「……っ」
「もう、いいよ」
その言葉と同時に、光が彼岸の背に流れ込む。
魂が振動する。
式が完成する。
そして――
「――分魂の儀、最終断ち!!」
彼岸が叫び、札がすべて光に変わった。
閃光が天を裂き、秋月楓の魂を完全に切り離す。
「いやだぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!
離れたくない離れたくない離れたくない!!
ぼくは……迅雷くんが……!!」
絶叫が空気を震わせ――
魂が、霧のようにほどけて消えていく。




