第7話 「騎士団、激突 ― vs天海の陰陽師」
龍族騎士団の攻撃は、最初から全力だった。
空が灼ける。
雷が唸る。
圧縮された風が刃となり、湖畔の地形そのものを削り取っていく。
それらはすべて、一撃で一国を滅ぼし得る威力を持っていた。
龍族は“国家そのものが武器”と称される存在だ。
その精鋭が二十名。
手加減など、あるはずがなかった。
「――焼き払えッ!!」
火属性の術士が吼え、巨大な火柱が彼岸へ降り注ぐ。
同時に、雷撃が空間を裂き、地面を穿つ。
風刃が視認不能の速度で飛来し、周囲の岩盤を切り刻んだ。
だが。
「……この角度だと、被害は湖まで届きますね」
夜見野彼岸は、淡々と状況を把握していた。
印を結ぶ速度は早いが、慌てた様子は一切ない。
「未くん、外周結界を一段広げて」
「……はい……」
羊獣人の少年――未が、まくらを抱いたまま目を開く。
赤い瞳がわずかに輝き、柔らかな霊力が広がった。
次の瞬間、破壊の奔流が“何かに吸われる”ように霧散した。
「なっ……!?」
「消えた……!?」
火は燃え広がらず、雷は地に落ちず、風刃は空中でほどける。
彼岸はその中心で、衣の裾を揺らすだけで立っていた。
(防御力は十分。
この人たち、火力は高いけど……
“突破できる前提”でしか動いていない)
彼岸は相手を見極めていた。
(恐怖を植え付ける戦い方。
でも、こちらの消耗を計算していない)
それは、彼岸にとって致命的な隙だった。
攻撃は止まらない。
龍族の一人が空中から急降下し、巨大な斧を叩きつける。
地面が割れ、衝撃波が周囲の木々をなぎ倒した。
しかし、斧は“何か”に阻まれた。
「――結界、第三層」
彼岸の声が静かに響く。
透明な壁が幾重にも重なり、
斧の刃は最後の一層で完全に止められた。
「馬鹿な……!!
これほどの出力を……!」
「……まだ余裕がようだな、あるじ殿」
ヨハネが、少し驚いたように呟く。
「はい。
全員、本気ではありますけど……
“殺し切る戦い”の経験は少ない」
彼岸の視線は冷静だった。
(命令通り動いているだけ。
“自分の意志で殺す覚悟”がない)
だからこそ、迎撃できる。
「……これ以上は時間の無駄だ」
低い声が、戦場に響いた。
龍王宮第一騎士団長――ゲオルギウス。
彼は一歩前に出ると、背中の鞘に手をかけた。
抜き放たれた刃が、世界を震わせる。
神器・龍剣。
刃は蒼く輝き、龍脈と共鳴して唸りを上げた。
それは、龍すら斬るために造られた王家の切り札。
「この剣は、結界も術式も斬る」
ゲオルギウスは静かに告げる。
「貴様の防御ごと――終わらせる」
神器が振るわれた瞬間、
空間そのものが裂けた。
概念を切断する斬撃。
結界の層が、一つ、また一つと破壊されていく。
ヨハネが思わず叫んだ。
「あるじ殿ッ!!」
「……大丈夫です」
彼岸は、避けなかった。
ただ、一枚の札を取り出し、指先で挟む。
「神器ですね。
確かに……危険です」
そして、穏やかに言った。
「――でも、“使える状態”であれば、の話ですが」
彼岸は、札をそっと放った。
「封」
それだけだった。
龍剣の輝きが、唐突に失われる。
刃は鈍くなり、共鳴は途絶えた。
「な……!?」
ゲオルギウスの動きが止まる。
「神器が……沈黙している……!?」
「壊してはいません」
彼岸は丁寧に説明する。
「“龍を斬る剣”としての役割を、
術式で一時的に封じただけです」
ゲオルギウスの背中に、冷たい汗が流れた。
(神器を……一瞬で……
しかも、力でねじ伏せたわけではない……)
それは、敗北だった。
騎士団の動きが、明確に鈍った。
「……神器が……通じない……」
「これ以上は……」
「撤退すべきだ……!」
恐怖が、隊列を崩す。
ゲオルギウスは歯を食いしばり、剣を下ろした。
「……全隊、撤退」
その命令と同時に、騎士団は一斉に空へ退いた。
彼岸は、追撃しない。
ただ、結界を解除し、静かに見送った。
戦場に、静寂が戻る。
「……終わりました」
彼岸は、いつもの調子で呟いた。
ヨハネが、ゆっくりと彼岸を見つめる。
「……あるじ殿」
「はい?」
「そなたは……何者だ」
彼岸は、少し考えてから答えた。
「天海の陰陽師、夜見野彼岸です」
「それだけではないだろう」
彼岸は、視線を落とし、正直に語った。
「国際指名手配犯です。
禁術を犯して……死んだ人を、取り戻そうとしています」
ヨハネは、黙って聞いていた。
「死者をよみがえらせるには……」
やがて、彼は低く言った。
「魂を、黄泉の国から連れ戻す必要がある」
彼岸が顔を上げる。
「……知っているんですか?」
「前王として、古文書を読んだことがある」
ヨハネは静かに続けた。
「“死者蘇生は不可能ではない。
だが、黄泉へ踏み込み、魂を連れ帰れる者のみが成し得る”――とな」
彼岸の胸が、高鳴った。
「……黄泉の国……」
「王都の禁書庫に、続きがあるかもしれぬ」
ヨハネは、彼岸を見て微笑んだ。
「行こう、あるじ殿。
我が国の闇を正し……
そなたの願いを叶えるために」
彼岸は、深く頷いた。
こうして、進むべき道は定まった。
――黄泉の国へ。




