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第4話 「呪印逆流 ― 暗き竜への報復」

 湖畔に漂う空気が、突然ざわりと揺れた。

 水面に映る空が歪んだように波紋を広げ、微かな気配が逃げ出すように散っていく。


 彼岸の腕の中にいる小さなトカゲ――

 本来は巨体の龍人であるワイバーンの身体が、震えを帯びた。


「……ん? どうしたんでしょう……?」


 胸元の鱗が淡く赤黒く光り、そこに刻まれた“呪印”がふつふつと脈動を始めた。


 皮膚の下を何かが這うような、ぞっとする動き。

 まるで生き物のように呪印の紋様が歪む。


 ヨハネが即座に叫ぶ。


「あるじ殿ッ! その揺れ……呪印が再起動しておる!」


「やっぱり……完全には消えてなかったんですね……!」


 ワイバーンの小さな体に似つかわしくないほど強烈な霊圧が漏れ始めた。


 未がまくらの上で寝ていたが、びくんと跳ねて目を半開きにする。


「……あるじ……こわい……」


「怖がらなくてもいいから、手伝って!!

 未、結界お願いします!」


「んゃぁ……がんばる……」


 未は眠たげに片手を上げ、

 巨大なまくらの上で横になったまま柔らかな光を放つ。


 ぼふん、と空間が膨らんだ。


 まるで羽毛布団に包まれるような優しい結界が、

 暴走し始めた呪印の霊圧を包み込む。


 しかし――その呪印は結界を超えて、なお暴れようとしていた。


「……強い。普通の呪詛じゃない……!」


 彼岸の指先が震える。


 ワイバーンの小さな胸から、赤黒い紋様が蛇のように伸び、

 まるで“どこか”へ続く線を描き始めた。


「この呪い……外部と接続してます。

 何かの――監視回路……?」


「やはりか! ヒュドラの仕業だ!!」


 ヨハネの顔が怒りに染まる。


「龍王家の魔導師であるはずのヒュドラが、

 ワイバーンを兵器のように操作していたのだ!

 呪印は、奴の意識が干渉できるための“窓”なのだ!」


「このままだと……また操られる……!」


 彼岸は小さなワイバーンの額に触れ、

 その奥に流れ込む呪力の“方向”を探る。


(……この感じ……間違いない。

 呪印は、ヒュドラの魔力装置につながってる……)


 まるで深い闇の穴を覗き込むような、不気味な感触だった。


 そこに、圧倒的な“悪意”が渦巻いていた。


「……つながってますね。

 ヒュドラさんの意識と」


「あるじ殿、どうする気だ!?

 対処を誤れば、ワイバーンが……!」


「大丈夫。

 “つながってる”なら――逆に利用できます」


 彼岸の目が細く鋭く変わる。


「呪印の根本を、こっちから殴ります」


「殴るのか!?」


「霊力的に……!」


「意味がわからぬ!!?」


 未はまくらを抱いたまま、こくこくとうなずいた。


「……あるじ……つよいから……だいじょうぶ……!」


 彼岸は両手を合わせ、複雑な印を組み始めた。


「“天海式・契約陣”――起動!」


 光陣が彼岸の足元から立ち上がり、

 その光が渦を巻くようにワイバーンを包む。


 同時に、呪印がぎゃあと悲鳴を上げるように黒炎を撒き散らした。


「っっ……!!」


 彼岸は逆流する痛みに耐えながら、指先で呪印の中心へ霊力を流し込む。


 その瞬間、呪印が“開いた”。


 ――その奥に、別の空間。

 黒い塔のような、怪物の影がうごめく気配。


(……ここが、呪印の送信先……

 ヒュドラさんの魔導塔……!)


「あるじ殿、やめろ! 危険だ!」


「大丈夫です。

 僕の霊力なら――届きますから」


 彼岸は奥歯を噛み、呪印へ向けて右手を叩きつける。


「――接続回路、強制破砕(きょうせいふんさい)!!」


 術式が爆ぜた。


同時刻 龍王宮・地下魔導塔


 黒い装置と無数の呪術陣が並ぶ薄暗い地下室で、

 龍王家筆頭大臣・ヒュドラはワイバーンの呪印を観測していた。


「フン……龍族の皆を操れれば、龍王家や他国など容易く……」


 彼が笑った瞬間――


 呪印の魔導陣が突然、赤く染まった。


「……ん?」


 次の瞬間。


「――がッッ!!?」


 ヒュドラの額に焼け付くような激痛が走り、

 魔導装置が破裂した。


 爆風で椅子から吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。


「ぐ……っ……!?

 なん、だ……今のは……!!」


 視界が歪む。


 脳裏には、呪印越しに見えた“ある存在”が浮かんでいた。


 白い狩衣。

 狐獣人の青年。

 札と霊力をまとった、異質な術者。


「……狐の……陰陽師……!」


 ヒュドラは震える指で床を掴む。


「災害級の……禁術使い……!!

 あれは……“災害認定”された犯罪者……

 なぜ龍ノ国に……!?

 何を企んでいる……!!」


 怒号が塔を震わせる。


「王宮に伝えろ!!

 “災害認定の狐の陰陽師「夜見野彼岸」が、この国を狙っている!” と!!

 ワイバーンを殺そうとしたのも奴だ!!

 直ちに騎士団を派遣しろ!」


 側近たちは恐怖で顔を引きつらせながら駆け出していった。


「くっ……矮小な狐め……

 必ず……消してやる……!」


 光陣が消えたと同時に、呪印の黒炎は霧散した。


 ワイバーンはぽすん、と倒れこんで眠る。


 呼吸は安定している。


「……接続は完全に断ち切りました」


 彼岸は肩で息をしながら微笑む。


「よくぞ……ここまで……」


 ヨハネが静かに呟く。


「あるじ殿。

 今の術……龍王宮の塔にまで届いたぞ?」


「届きますよ。線でつながってるので」


「そんな軽いノリで言うな!!」


 未はまくらを抱きしめ、誇らしげに頷いた。


「……あるじ……さいきょう……」


 しかし――。


 空気が急に冷たくなる。


 湖面に立つ影が揺れ、空に黒い雲が集まり始めた。


 ヨハネが表情を引き締める。


「……まずいぞ、あるじ殿」


「え?」


「王宮が動いた。この気配……龍王宮の軍勢の魔力だ。

 ヒュドラが何か吹き込んだのだろう……!」


「うわぁ……やっぱり怒ってる……」


「あるじ殿。

 準備をせねばならぬぞ。

 次に来るのは“ただの兵”ではない」


「“騎士団”ですね……」


 未がまくらに顔を埋めて言った。


「……あるじ、にげよ……?

 いまなら……おそいかぜ……まだきてない……」


「逃げるにしても方向選ばないと……」


 風が強まり、森の奥から金属音がこだました。


 ――龍ノ国王宮最強の騎士団、出撃。


 それはまだ遠いが、確実に近づいていた。


 そして彼岸たちはまだ知らない。


 この日こそが、龍ノ国にとっての「革命」の始まりになるということを。

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