『写真展』 (三話) 写真
『写真展』 三話 写真
―― 僕の所に、思わぬ人物から三枚の画像が送られて来たのは、望月義弘に関する捜索全てが止まっていた時…。
送られてきた画像は、【心霊スポット幽霊考察倶楽部】の企画に投稿した画像で、『写真展』の開かれている建物内の画像。
大手動画投稿サイト【MyMove】内にあるメッセージ機能で、それらは送られてきた。つまり、送り主は・・・【心霊スポット幽霊考察倶楽部】―― から、という事になる。
高鳴る胸の鼓動を抑えながら、開いたメッセージ。
『この画像の、赤く丸を付けた部分に、人の顔が写っています』―― このメッセージどおり、一枚目の画像には赤い丸印が付けられており、それは建物…ではなく、貼り付けられていた『写真展』のポスターに付けられていた。
二枚目の画像は、その『写真展』のポスター部分を拡大した画像で、ポスター内で向日葵を持っている手の上方の暗闇部分に印が付けられている。
そして、最後の三枚目の画像は、その赤い丸印で囲む暗闇をさらに拡大した画像。よくよく暗闇部分を見ると、所々薄らと背景らしきものが写っていて、赤い丸印に囲われた部分には変わった形の吊り下げライトが写っていた。
確かに、よく見ると、その吊り下げライトには顔らしきものが写り込んでいるように見える。けれど、これは類像現象だ。ライトに家具や小物が映り込み、たまたまそれらの並びや光の当たり具合で、影の部分が“顔”に見えるだけだった。画質が粗いのが原因と見られる。
心スポさんはメッセージで、『次回の動画のネタとしてこの画像を使いたい』…という旨を伝えてきたが、類像現象の事を伝え、使用は控えてもらうようメッセージを返した。
メッセージを送り終わり、ふと、その拡大された画像の、“手”の下方部に目をやった時、この向日葵を持つ手の腕の関節の部分―― 写真の見切れるギリギリの隅の隅の方に、小さな手術跡を発見し、全身に鳥肌がたった。
僕は、急いで手帳から一枚の写真を取り出して、その画像と見比べた。
その写真は、土佐県に行った時に望月家から預かった、望月義弘を写した一枚の写真。
バスケ部のユニフォーム姿で、右腕の手術痕を見せつけるように前に出し、満遍の笑顔を振りまいている…まだ、垢抜けてない高校生の時の望月義弘の写真だ。
バスケの試合で腕を壊し、その時受けた手術が成功し、完治した時の記念写真――と、望月の母親が懐かしそうに顔を緩め、思いと一緒に僕に託しててくれた写真。
けれど、この時点では、― 向日葵を持つ手― の方の画像が粗すぎて、手術痕は“似ている”に過ぎなかった。
僕は持っていたタブレットで、宮藤茜のホームページ内に貼られていた、高画質の―向日葵を持つ手―を探し出すと、預かった写真に写る手術痕と見比べた。
・・・が、高画質になり全体がハッキリと写し出されたのは良いが、― 向日葵を持つ手―の方の手術痕があまりにも写りが小さく、二枚を並べれて見れば、一応は同じようには見えるが、「同一か?」と問われると、手術痕の全体図が掴めないので、100%同一とは言えない。
そんなものは、角度や光源の関係でなんとでも言い逃れができてしまい、証拠とはなり得ない。
けれど、もはや、― 向日葵を持つ手―と望月義弘が同一人物だと疑わなかった僕は、血眼になってこの二枚の画像の人物が同一である証拠を探した。
この時点での僕は、うまくいかない望月義弘の捜索に精神的に追い込まれており、かなり切羽詰まっていた状態だった為、やっと見えた光に、藁にもすがる思いだった。
浮き出ている血管の位置、手首の皺、指の関節、爪の形。先入観からかどれも同じに見えた。……いや、同じだった。――と、ようやく断言できたのは、手術痕近くにあった並んだ二つのホクロと手術痕の位置。
預かった写真に写る望月義弘の腕と、― 向日葵を持つ手―に写る腕。
この二枚に写る腕の同じ箇所に、二つ並んだホクロがあり、その二つのホクロの位置と手術痕の位置が、全く同じ、箇所に、あった・・・・・・。
―― 僕は震えた。
そして、さらによく目を凝らし、画像の暗闇にぼんやりと写る周りの風景を観察する。―― この場所の特定に繋がる、何か…があればと。
視線は特徴的な吊り下げライトで止まる。
心スポさんが送ってくれた方の画像で赤い丸印が付いていたこのライトには、どこか見覚えがあり、気になっていたライトで、記憶を探り、…確か、と、宮藤茜のSNSを開くと、格子状に並んだ様々な画像の中に、この吊り下げライトが写る画像があった。
『富士県の別荘、地下室のアトリエにて…』
宮藤茜の過去のインタビューでは、この― 向日葵を持つ手― は、2022年の五月に撮られた写真だと話している――。
望月義弘は2022年の三月に会社を辞めてから、知人や友人含め、誰かに会った形跡は無い。姿を見かけた人さえも居なかった。
家族とは、去年の2024年の十月までは、SNS上だけで連絡は取り合っていたが、帰省は断られ、電話も嫌がった為に声を聞く事も無かった。
僕は、望月義弘は、何か事件か事故に巻き込まれた可能性を考えていた。
2022年以降、あまりにも望月義弘本人の目撃情報が無さ過ぎたからだ。―― 正直、ご家族には申し訳ないが、SNS上だけのやり取りだけなら、望月本人に成りすます事も可能だ。
そして、こうも考えていた。――望月義弘と最後に会っていた人間が、望月義弘を・・・と。
つまり、宮藤茜が何かしらの事情を知っている・・・あるいは・・・。
けれど、これは憶測だ。憶測でモノを語ってはいけない。
証拠が全てだと、入社当日から上司や先輩に教えられて来た。―― いや、その前からずっと、証拠が正義だと教えられ育って来た。
宮藤茜とは『写真展』の後、RINEでのやり取りは継続していた。
……とはいっても、連絡をくれるのはいつも話題豊富な彼女の方からで、僕から連絡を取る事はなかった。
最近の彼女の話題は、主に来月に開催される大きな写真コンテストに出品する作品の事について。
賞への準備に追われ多忙を極めている彼女は、今回の写真のテーマ― 色褪せた初恋― に合うモデル選びに苦戦しているらしい。……相当困っているのか、毎回連絡の度にこんな僕にまでモデルの打診を持ちかける程だ。冗談だとはいえ、もちろんその都度丁寧おに断りはしていた。
僕から彼女に連絡を取った時、彼女は丁度コンテスト用の写真撮影の為、富士県の“温泉王子”の経営する旅館に滞在しているとの事だった。
僕からの連絡が珍しいのか彼女は非常に驚いていて、声にリズムが加わり、いつもより少し高いように聞こえたが、僕が望月義弘に関する最後の足取りについての見解と、居場所への考察を述べると、彼女は少し押し黙り、一つ溜息を吐くと、「居場所を知っている」と、先程とは打って変わって、彼女らしかぬ少し低めの声を発した。
僕はこの言葉に驚きはしなかった。
けれども次に彼女は「電話では話したくない」と言いだし、「今すぐに会いに来てくれるのなら話す」と言い、場所の指定を例の別荘にして来たので、そこで好都合だと思った僕は、最寄りの駅を聞き出し、その足で駅に向かい、電車に飛び乗り、富士県へと向かった。
駅から別荘までの道のりは、彼女が車を出し迎えに来てくれるとの事だった。
地図アプリでの検索結果では、彼女の指定した駅までは数本の乗り換えを経て、電車の到着時刻は深夜近くを表示していた。
移動中は、まず駅への到着時間を彼女に告げ、次に会社へ有給取得の連絡を送り、最後に心スポのリス友へ、明後日の休日に予定していた聖地巡礼のキャンセルと謝罪の連絡を送った。・・・もう一人送りたい人が居たが、下書きが溜まる一方で、最終的に諦めた。・・・そうして、気付けばあっという間に目的地へと到着していた。
駅から出ると、都会では見る事の難しい満天の星空と、澄んだ冷たい空気に出迎えられ、ロータリーにはすでに宮藤茜が待っていた。
僕は促されるまま暖かい車の中へ乗り込み、手渡された暖かいお茶に口を付けた。
別荘までの長い道のりは、最近の寝不足気味が祟ったのか、意識が朦朧としていた。
朦朧としていた意識の中でも、別荘に着いた事、車から手を引かれ歩いた感覚はある。
そのまま手を引かれ、階段を降りた感覚、カビと異臭に包まれながら、ベッドらしきモノの上に落ち、意識が遠のいて行った・・・事までは記憶に残っていた。
暗闇から意識を取り戻した時、目を開けると辺りは薄暗かった。
この部屋は天井が高く、ずいぶん高い位置に小さな窓が一つ。その小さな窓から差し込む光のおかげで、夜が明けたという時間経過を知る事ができ、部屋に微量ながらも明かりを灯し、周りの様子を伺うことができた。
それと、窓から見える外の様子から、この部屋が地下にあるという事を知る事ができた。
ベッドから起き上がると、シャツ姿で、スーツの上着とネクタイが皺にならぬようベッドの側に掛けられている。上着には貴重品とスマホを入れていたが、スマホだけが見当たらない。……考えたくは無いが、きっと、外部への連絡は都合が悪い事なんだろう。
部屋を見渡すと、その理由は一目瞭然だった。天井から吊り下げられている特徴的なライトや古めかしい家具類に既視感があり、それは― 向日葵を持つ手―で、薄らと写っていた背景と全く同じだったからだ。
望月義弘は、この部屋を最後に、姿を消している。
薄明かりの中、何か手掛かりは…と、隈なく部屋を見回ったが、板張りの床には埃が被っているだけで、何も見つからなかった。
この部屋にはドアが三つあった。
一つは重厚な作りの鍵のかかったドア。これは出入り口だろう。
二つ目のドアは、水廻り。簡易的なユニットバスだった。
三つ目のドアは、普通のドアだが・・・これは最近、仕事でよく訪れる現場が普通にこの様な所で、ドアを開けずともこの先に何が有るのかが分かってしまう。
ドアから漏れ出し、この部屋にも微かに漂っている、カビ臭と独特な異臭――。これは、殺人現場や死体遺棄現場ではお馴染みの、死んだ人間が長い間放置されていた場所――の、臭いだ。
平凡な事務員から、ハードな未解決事件担当の記者なんかに抜擢されていなければ、この独特な異臭にやられ、この場で盛大に吐瀉物を撒き散らしていただろう。―― 慣れとは恐ろしいモノだと実感する。
ドアには鍵が掛かっておらず、ドアハンドルを軽く押しただけで、スッと内側に開いた。
あまりに簡単な入室に呆気に取られたが、顔にかかって来た異臭に咽せながら、室内を覗くと、一面の暗闇で中が見えない。ドア横の壁に手を滑らすと、近くにスイッチがあり、押すと、赤いライトが室内を照らした。
天井にはカーテンレールの跡・・・きっと、この部屋は元は写真を現像する暗室として使われていたのであろう。
今は暗室としての機能が失われた、この部屋の最初に目に入った物が、奥に赤く染まった業務用の大きな冷蔵庫。
冷蔵庫の前の床には、黒く汚れたビニールシートが敷かれ、錆びたナタやノコギリが無造作に置かれている。
シートの黒い汚れは、壁にもベッタリとこびり付いている。…これが臭いの元となっているのだろう。
・・・これだけでも警察の手が入れば充分…なのだが、それよりも、入り口の壁一面から所狭しと貼られた写真――。
目の前の写真には宮藤茜にそっくりなセーラー服姿の少女。雨に濡れ、頭から血を流し、手足首をおかしな方向に曲げている写真――。 生い茂る木々や、ゴツゴツした岩・・・周りの風景から、崖からの転落したのであろう。写真は様々な角度から何枚も撮られ壁に貼られており、その中に宮藤茜の代表作『赤いペディキュアの少女』が混ざる様に貼られていた。
この少女は、十二年前の学校帰りに行方不明になった、宮藤茜の、姉――、宮藤葵なのだろう。
横に目をやると、裸の男女がベッドの上で絡み合う写真。女は、大学の頃の宮藤茜と見られ、男の方は…見かけた事は無いが、長身で綺麗な顔立ちをしている。
二人とも幸せそうな顔をしており、双方の左手薬指にはシルバーのリングがはめている。けれど、この男は、生きたまま左手の指を切断され、宮藤茜はその指を青い糸で結び、後に『指に運命の青い糸』で最優秀賞を獲った。男の体は細かく解体され、その様子が壁に貼られている。
・・・望月義弘は、毒殺だ。
床に倒れ、苦しみもがく姿。
動かなくなり、目に光が宿らなくなる姿――。
この後、口から泡を吐いている望月義弘は、片腕を切断され、その腕が『向日葵を持つ手』となった。
望月義弘の体も細かく解体され、切断された体の部位だけでは無く、取り出された内臓も綺麗にビニールシートに並べられ、表面が段々と黒ずんで行く様子や、膨らみ弾けた皮膚から漏れ出した体液がシートに広がる様子・・・腐りゆき、萎み黒い塊になっていく姿が刻々と観察記録の様に壁に貼ってある。
―― その他にも、臍の緒をつけたままの赤ん坊・・・。
まるで人形の様な雑な扱いで、愛情を知らないまま壊されていく様が刻々と写されている。
すぐ目の前で、息を止め、動かなくなる姿に、手を伸ばすが壁に当たり、写真という現実が、上手く受け止められず、目を逸らしてしまった・・・。
後ろを振り返ると、壁一面に僕の写真が貼られていた。
そのどれもが大学時代に撮られたもので、今より少し若い僕が、様々なシチュエーションで収まっている。
僕がこの場所に居る理由に、別段、驚きはなかった。
・・・ただ、この空間の中に、僕の写真に混じって、親友の写真がある事が、どうしても、許せなかった。
この、悍ましく痛ましい殺人事件の証拠は、壁に貼られた写真だけでも充分だったが、僕の足は奥へ進み、死臭がこびり付いたビニールシートを横目に避けながら、冷蔵庫の扉へと手をかける。
―― が、それは、外部からの車が停車する音によって、中断せざるおえなかった。
宮藤茜が、戻って来たのだ。
僕は寝かされていたベッドに腰掛けると、宮藤茜を待った。
まずは、あの部屋について、そして壁に貼られた写真について話さないといけないと思う。
そして最終的に、警察への自首を勧め、罪を償うように促そうと思う。
続く。




