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『写真展』 (二話) 火中の栗

『写真展』 二話 火中の栗


 連日メディアを騒がせている連続殺人犯・宮藤 茜所有の別荘で発見された、天泣 皇…こと、先生の家族からの連絡で、俺は今、警察署にいる。

 案内された一室のテーブルには、東都新報と刻印がされた、黒い革の手帳。刻印の下には、嫌がらせで貼り付けてやったシール……先生が、所持していた手帳だ。

 手帳の中身は……先生が、精魂込めて最後の力を振り絞って記した物だと、先に目を通していた天泣家の長兄、かなえさんから手渡された。


 質のいい革手帳の表紙を捲ると、癖の強い、見慣れた先生の文字が、所狭しと書き込まれている。

「読んであげて」という鼎さんの言葉に頷き、近くのソファに身を沈めると、一度、目を瞑り、呼吸を整えてから、意識を、癖の強い文字列に移した――。


 



――――――――――――――――――――


 

 


『写真展』

 ―― 宮藤茜とは、会社近くの駅で偶然出会った。

 帰宅ラッシュ時の混雑する駅の構内で、降りる駅を間違えて困り果てていた所に、偶然、僕が現れ、藁にもすがる思いで、僕に声をかけた――と、彼女はほっとした顔で話してくれた。

 方向音痴だと話した彼女は、初めての駅…それもかなり大きく、複雑な構造のこの駅で、一時間近くも彷徨っていたらしい。

 とりあえず、彼女が向かう目的地までの路線の改札口まで案内をして、そこで別れるはずが、お礼と称して近くのカフェで夕食を共にする事となった。

 カフェではお互いの近況の話になり、彼女が一般企業を退職し、二年前に夢だったプロの写真家へと転身したことを聞く。

 なんでも、写真家の登竜門といわれる賞で、大きな賞を受賞し、今現在、数社のスポンサーがついているのだとか…。精力的な彼女は、活動の場をSNSにも伸ばしていて、フォロワー数、数百万人を超えるインフルエンサーだとも話してくれた。

 ここまで来るには、大変な苦労と努力があった事だろう。

 けれど、彼女はそれを見せずに、笑って話してくれた。…とても強い人だと思った。

 僕の事も質問形式で聞かれたので、仕事の話や、日常や休みの過ごし方、親友との話に軽く触れ、趣味の動画鑑賞については、かなり熱く語らせてもらった。

 僕の推しである、心霊系動画を取り扱う【心霊スポット幽霊考察倶楽部】には、彼女も大変興味を持ってくれたらしく、その場でファン登録をしてくれた。…そして、その時ちょうど募集をしていた心スポの――“新しい心霊スポットを発見する”――という視聴者参加企画に、参加を迷っていた僕の背中を押してくれて、さらに、ネタの提供と協力を申し出てくれた。

 彼女とは、その日は連絡先を交換して別れた。

 次の日、彼女から連絡があり、自身が開いている『写真展』の場所が、心スポの企画に最適ではないかと、詳細と共に資料を受け取る。その場所は、僕も噂では聞いていて、候補の一つに上げていた場所だった。

 彼女の話だと、スポンサーの所有する場所という事で、すでに許可取りまで済ませてくれていた。

 彼女の行動力の早さは、尊敬に値し、見習いたい箇所でもある。

 ―― その後、諸々のお礼と称して、食事に誘い、彼女が開いている『写真展』のチケットを二枚譲ってもらった。

 後は、心スポの企画に僕たちの投稿が取り上げられた事への報告。『写真展』へ、出かける日の連絡。――は、SNS上でのやり取りのみで、僕も彼女も各々の忙しさ追われ、連絡はそれ以来止まってしまっていた――・・・。

 


 


――――――――――――――――――――

 

 

 


 ・・・相変わらず、先生の文字は、見にくく、読みにくい文字だ。―― 頭が痛くなる。

 けれど、山奥の廃墟化した別荘でスマホを取り上げられ、監禁されている状況で、これを書き残すとは…。

 逃げ出すとか、他にやることなかったのか?―― 全く、馬鹿の極みだな。


 まぁ、宮藤 茜との出会いは理解した。

 駅で偶然を装った出会いや、先生と繋がりを持つための、自分主導の企画の投稿の件。―― かなり計算高いな、宮藤 茜。

 ―― 先生のこと本気で落とそうとしてたんだな・・・。・・・気色悪っ。

 

 



――――――――――――――――――――

 


 

 

 『写真展』へは、休日を利用して、親友と二人で出かけた。

 “人の体の綺麗な瞬間”――を、写真のコンセプトにしていると語っていた宮藤茜の作品は、確かに綺麗で迫力があり、素晴らしかった。正直、芸術に疎い僕にはありきたりの感想しか浮かんでこなかったけれど、いつもは何事にも無関心な親友が、彼女の写真に興味を示していたのには、驚きと同時に感慨深いものがあり、彼を、少し強引にだけど、この『写真展』に連れ出して良かったなと思えた。

「開催中は、毎日会場にいる」…と言っていた彼女の姿を探してみたが、見つからずに断念をし、僕たちは併設されたカフェで飲み物を買い、ロビーで休息を取る事にした。

 僕が飲み物を買う間、人混みが苦手な親友には離れた場所で待っていてもらう事になった。

 その時、偶然にも、聖地巡礼中だと話す、心スポリスナーとの出会いがあった。

 まだ大学生だという彼は、僕と同じく心スポ開設当時からのコアなファンで、少し話した程度でも非常に気が合い、今度飲みに行く約束をし、連絡先を交換させてもらった。これは僕にとって最高な出来事だった。

 飲み物を持って親友の元へ戻ると、宮藤茜がそこにいて、親友と話しをしていた。

 親友は極度の人間嫌いなのに、彼女の人の良さに心を開いたのかもしれない。

 親友の様子は、緊張のせいかぎこちなく、少し調子が悪そうにも感じたが、場の雰囲気は良かったと思う。

 僕も二人の会話に入ろうとした時、上着の胸ポケットに入れていたスマホが振動した。

 取り出して画面を確認すると、大学の同級生からの電話だった。内容は、同級生・望月義弘もちづき よしひろが、約一年前から両親と連絡がつかなくなり行方不明―― との事で、SNSや大学の連絡網を通じて、交友関係のあった人々から情報を集めているらしい。

 望月義弘とは面識が無かった事を伝えると、がっかりさせてしまったようで申し訳なかったが、「協力は惜しまない」と伝えて電話を切った。

 その後、すぐにRINEに届いた、添付された望月義弘の顔を確認すると、それは見覚えのある顔だった。覚えているのは、大学時代。―― カフェテリアで、宮藤茜と仲睦まじく、一緒にいる場面の記憶だった。

 


 

 

――――――――――――――――――――

 


 

 

 ―― あの時の電話・・・、ここで、望月義弘と先生が繋がっていたのか・・・。

 しかも、望月義弘と宮藤 茜との関連も紐ずくとは・・・つくづく俺のおかげで、先生は運がイイ。


 俺の脳のバグが見せた、宮藤 茜の胸に張り付いてる顔の一つは、望月義弘だ。

 望月義弘は、宮藤 茜に毒殺されている。

 そして、宮藤 茜の代表作、今回の『写真展』のポスターにも使われている、― 向日葵を持つ手―は、殺された望月義弘の、手だ――・・・。


 


――――――――――――――――――――



 

 

 その時は、別に計算でも何でもなく、単なる僕の失態で、親友は先に帰ってしまった。

 ・・・彼は……朝から調子が悪かった。それでも僕は、彼を無理矢理『写真展』へと連れ出してしまった。

 そのせいで、体調をさらに悪化させてしまったようだ。

 申し訳なく思い、今も悔やみきれずにいるけれど、結果論として、それは正解だった。

 これから起こる事に、大切な親友を巻き込まなくて本当に良かったと思っている。


 

 ―― なぜなら僕はこの後、宮藤茜に対し小さな違和感を覚え、そこから、悍しい出来事を紐解いていく事になるのだから・・・。



 

 親友が帰宅した後、二人きりになった宮藤茜に、望月義弘が行方不明になっている事を話した。

 彼女は、望月義弘という人物について、「誰?」と、あっさりと答えた。

 RINEに添付された顔画像を見せても、「知らない」と、平然と答えた。

 そんなはずはない…と、僕は思った。僕の記憶では、カフェテリアでの二人の様子はただものでは無く、宮藤茜と望月義弘は顔見知り…以上の関係に思えた。

 けれど、彼女の表情からは、嘘は感じられない。本気で望月義弘について、知らないように感じられる。

 僕の記憶と、彼女の言葉との相違。―― そして、小さな違和感。

 そんな僕の心中を他所に、宮藤茜は非常に協力的で、望月義弘行方不明に関する情報の拡散と提供を申し出てくれた。

 僕は、彼女の申し出をありがたく受け取り、望月義弘については深く追求せず、彼の情報は先程電話口で聞いた内容だけに留めた。―― 今、僕の最優先事項は、宮藤茜と望月義弘の関係を掘り出下げる事ではなく、彼の行方を探し出す事だと思ったからだ。

 その日は、会話の途中で彼女のスポンサーだと名乗る、顔立ちの整った和装の若い男性が現れ、そこで宮藤茜とは別れた。

 

 次の日から、僕は仕事の傍ら、望月義弘の情報収集と、捜索に専念する事になる――・・・。

 



――――――――――――――――――――



 


  ―― あのさぁ、なんで、俺のことを書くのかな・・・俺の部分必要か?

 ……本当に先生は、一々やることが気色悪い。 ・・・まぁ、別に、イイけど。


 それにしても、なぜ宮藤 茜は、先生に、望月義弘のことを知らぬ存ぜぬで通したんだ?

 大学のカフェテリアなんて、……あんな目立つ場所で会っていたなら、先生に見られている可能性もゼロではないはずだ。

 もし、先生が見ていなくとも、調べればそのうち他の誰かの口から二人の関係は浮かび上がってくる。

 宮藤 茜にとって最善の答えは――「知っているけど、今は関係ない」…これがベストだ。

 

 ……それと、何の思惑があったのか知らないが、宮藤 茜は、先生っていう馬鹿を知らなすぎる。

 

 奴は、滅茶苦茶粘着質が高く、気になることがあるとすぐに動き、徹底して調べるあげるしつこい性質持ちだ。

 被害者である俺が訴えるのだから、間違いはない!!

 そこに、くだらない正義感が加われば、もっと面倒くさく、怖いもの知らずの化け物になる……。


 どちらにしろ、宮藤 茜の未来は、先生と会った時点で決まってしまってたんだ。

 偶然や運命なんて、非科学的根拠のないものではなく・・・。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 



 望月義弘(26)…土佐県出身。

 家族構成・父、母、弟、妹の五人家族。家族仲は非常に良く、週二、三回は家族と連絡を取り合っていた。

 現地にて、望月義弘の母親にRINEでの最後のやり取りを見せてもらったが、文面におかしな所は無く、普通の親子のやり取りだった。小中高の友人達の話しでは、高校時代はバスケ部のエースで活躍をし、明るい性格で、男女共に人気者だったと聞いた。

 大学入学と共に上京。

 大学では経済学部に在籍し、バスケサークルに所属。

 ここでも明るい性格で、友人が多く、男女共に人気者。高い身長と整った顔立ち、そこに優しい性格が加わり、女性人気が高かったが、特定の彼女は居なかった。

 同級生複数人から“宮藤茜”の名は出たが、「バイトで写真のモデルを勤めてから、遊びの関係になり、卒業と共に関係は切れた」と、周りには話していたそうだ。

 出版関係に就職したが、三年前・・・2022年に退社。同じくしてアパートの解約、退居。郵便物や荷物類は都内のコンテナに転送されていたが、2024年…行方不明の二ヶ月前に解約されていた。近隣住民との関係は気薄で、聞き込みを行うが情報は何も得られなかった。

 家族は、2022年の会社退職やアパート退居の事を知らなかった・・・。

 ―― ただ、勤めていた会社の同僚の話だと、望月義弘が会社を辞める前に、話した退社の理由の一つに、「結婚を考えている」という旨の発言があったそうだ。

 けれど、恋人の影は無く、同僚は違和感を感じていたそうだ。




 次に僕は、宮藤茜について調べてみた。

 ・・・これは、・・・非常に罪悪感に苛まれたが、どうしても、望月義弘に対する彼女の反応が、あまりにも異様で気になってしまったからだ。

 

 まずは、手に入りやすい情報収集として、新聞や、雑誌など等の紙媒体から始まり、公開されているSNSやネット上の記事。次に範囲を広げての、大学の同級生への聞き込み、小中高の同級生の話し、所属している写真グループへの聞き込み、そして、数社あるスポンサーの実態・・・。

 とりあえず、自分のできる範囲での情報収集は全て行った。


 宮藤茜(26)…常盤県出身。

 家族構成は、祖母、父、母、姉。……だが、この一つ年上の姉、宮藤葵は、十二年前の宮藤茜が十四歳の時に、学校の帰り道で忽然と消え、行方不明となっており、今現在も見つかって居ない・・・。

 この事は、当時、「現代の神隠し」などと騒がれ、連日メディアで特集が組まれ報道されていた。弊社の新聞にも、当時の記事が残っており、その不可解さが垣間見れる。―― 雨の日、夕方、学校帰り、目撃情報は無し。

 

 ・・・宮藤茜についての話に戻ろう。

 

 小中高の同級生の話しでは、非常に物静かな性格で、幼い頃から常にカメラを抱えており、最初の頃は、地元の風景写真を撮っていたそうだ。

 中学三年の時に応募した写真の賞で、初めての人物写真― 赤いペディキュアの少女― で、最優秀賞を受賞。

 当時、最年少の十五歳で最優秀賞受賞を受賞した事で各メディアで記事になっている。

 大学入学と同時に上京。―― 写真活動を続ける。

 富士県にアトリエと称する別荘を持っており、そこでの撮影に参加したメンバーの一人に望月義弘の名が浮かび上がるも、“遊びの関係”以上の情報は得られなかった。

 大学三期生の時、若手写真家限定の賞で、―指に運命の青い糸― で、最優秀賞を受賞。有名写真グループへ所属する。

 卒業後、商社の受付をしながら写真活動を続ける。

 二年前…2023年に写真家の登竜門と呼ばれる賞にて― 向日葵を持つ手― で最優秀賞を受賞。

 スポンサーが数社ついたことで商社を退職。

 写真家とSNSでのインフルエンサーとして活動。

 生死感を問う、危うい世界観の写真が若い女性に受けて、全国で『写真展』を開催。成功を収め、現在に至る――。

 スポンサーのほとんどは、女性向けサプリや化粧品のメーカー。これはSNS関連だと思われる。

 この前の『写真展』で会った若い和装の男性――は、富士県にある、女性をターゲットにした老舗旅館の後継で、“温泉王子”と呼ばれ、最近メディアを賑わせている人物だ。宮藤茜の最大の出資者にあたる。

 この男性、既婚者だという情報は無いけれど、会った時に左手の薬指に指輪をはめていた。 この時の宮藤茜の左手の薬指に指輪をはめていた跡があり、二人並んだ姿に、ただならぬ雰囲気を感じた。


・・・時系列では、宮藤茜と望月義弘の関係は、同級生等の証言通り、大学卒業と共に切れている。

 卒業から現在までの五年間は、繋がりも接点も無かった。……という事になる。


 【時系列メモ】

 ・2020年・大学卒業

 ・2022年・三月:望月義弘・出版会社、退社。アパートの解約、退居。

 ・2023年・宮藤茜・商社退社→写真家へ。

 ・2024年・十月:望月義弘・連絡がつかなくなる。行方不明。

 ・2025年・十一月現在。


 僕の動きはここで止まってしまう。

 なぜなら、望月義弘の情報が、これ以上どんなに隈なく調べても、何も出ては来なかったのだ。

 重要なのは、彼が会社を退社してからの足取り。

 その足取りが一向に掴めないまま。ただ、時間だけが過ぎて行った・・・。

 


 


――――――――――――――――――――


 

 

 

 ―― ほぅ、鈍感なくせに、先生は気づいてたんだ、宮藤 茜の指輪の跡。

 『写真展』でのあの時、結構袖とかで隠してたけどな、あの女。

 ……それにしても、時系列なんて面倒くさいメモなんて丁寧に作ったりして…。

 クセ強の文字のせいで、読みにくくて、台無しってところがウケる。

 

 ・・・まぁ、そうだな、このメモに書かれている時系列を見ると、宮藤茜と望月義弘の二人に繋がりは無いように見える。

 けれど実際は、望月義弘は会社を辞めてからすぐ、宮藤 茜に、富士県の別荘で殺された。 死因は毒殺――。

 宮藤 茜は茶に毒を仕込み、望月義弘に飲ませた。

 毒で苦しむ望月義弘を、あの女は笑って見下し、死んだ後、望月義弘の腕を肩から鋸で切りおとした。

 床一面に広がる血の海。切り落とした腕を頬に寄せ、鮮血に染まる笑顔の宮藤 茜の顔――。

 

 人間の脳は死後数分は機能しているというが、望月義弘の脳は、死後―約三十分以上は機能し、その瞳は、宮藤茜からの蹂躙の一部始終を映していた。

 これが、俺の脳のバグが見せた、望月義弘の最後だ。

 俺の脳のバグはプリントアウトされた写真では起こらない。けれど、デジタル化された画像なら、俺の脳のバグは画像上に“黒い球”を見せる。その“黒い球”は、殺人現場に多く見られ、俺は、その黒い球に触れる事で、殺された人間の最後の記憶―を見ることができるのだ。

 ・・・例えば、今回なら、宮藤 茜が先生に提供した【心霊スポット幽霊考察倶楽部】の企画で使った建物の画像・・・そこに貼られている『写真展』のポスターに起用されている― 向日葵を持つ手―には、ほんの少しだけ背景が写っており、そこに、望月義弘の“最後の記憶”の黒い球を見つけた。

 

 だから、気まぐれで火中に栗を投げてみた。



 

 続く。

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