夕陽の中庭、確かめたいこと
「岸本さん、ちょっといい?」
ほうきを持って中庭を掃いていた景に、美里の声が届いた。
午後の日差しがやわらかく芝生を照らしている。
けれど、景の動きには覇気がなかった。
小さな背中が、どこか寂しげに見える。
彼女の頭の中では、まだあの“無限ループ”が渦を巻いていた。
――嫌われたのかもしれない。
――でも、好きなのかもしれない。
――どうしたらいいのかわからない。
そんな迷いが、吐息のように胸に絡みついて離れない。
「あのね」
美里は、ほうきを持つ景の手元にそっと近づきながら言った。
「私もね、昔――ある人に“どう思われてるんだろう”って、ずっと悩んだことがあるの。」
優しく、まるで子どもに語りかけるような声。
「最初は、彼のことをただ“バスケが上手な人”って思ってただけなの。
それで、いつの間にかずっと見てた。
彼のシュートって、ほんとうに綺麗でね。
ボールの弧も、姿勢も、完璧で理想的だった。
でも気づいたら、シュートを見てるんじゃなくて――彼を見てたの。」
その言葉に、景の瞳がゆっくり動いた。
「岸本さんも、そうじゃない?」
少し間を置いて、景は小さく唇を震わせた。
「あたし……あの人の笑顔を見てた。ずっと見てた。
笑顔がすごくやさしくて。あたしに、あの笑顔を向けてほしかった。
でも今は……笑顔じゃなくて、あの人のことを見てる。」
自分でも驚くほど、素直に言葉がこぼれた。
胸の奥にあったもやが、ほんの少しだけ晴れていく。
「そうなのね。」
美里が微笑む。
「私も最初は彼のシュートが好きだった。
でも今は――そのシュートを放つ“彼”が好き。
岸本さんは?」
「あたしは……あの人の笑顔が、好き。だと思うの。」
景は頬を染めながら答えた。
「美里さんは、その時どうしたの?」
「私? ……彼に聞いたの。『私のこと、どう思う?』って。」
美里の頬が、ほんのり赤くなった。
「それで……どうだったの?」
「彼、好きって言ってくれた。」
その一言が、風のように景の胸を撫でた。
思わず視線を落とす。
――眩しい。
今の美里が、とても綺麗に見えた。
「あたしは……だめ。きっと嫌われてる。」
「どうして? 聞いてみたの?」
「……聞けない。怖くて。」
「それじゃ、わからないじゃない。」
美里は静かに言う。
「岸本さん、大事なのは、自分の気持ちをはっきりさせること。
逃げちゃだめよ。」
景はこくりと頷いた。
「確かめてみるべきよ。
自分の想いを確かめないまま決めつけるなんて、岸本さんらしくない。」
「……あたし、らしくない……。」
「そう。あなたはもっと元気で、明るくて、まっすぐな子。
何もしないでくよくよしてる人じゃない。」
「……でも、怖いの。
“嫌い”って言われたら、立ち直れない。」
その言葉に、美里はそっと微笑んだ。
「好きでもない人のために、命をかけると思う?
嫌いな人を、危険を冒してまで助けると思う?」
その瞬間、景の胸の奥で何かがほどけた。
――あの人は、無愛想。
――あの人は、無表情で、無口。
――でも、あたしを心配してくれた。
――助けてくれた。
――あたしに、微笑んでくれた。
もしかして――。
あの人は、あたしのことを嫌いじゃないのかもしれない。
あの人も、少しは……あたしを想ってくれているのかもしれない。
「私……草薙君に、聞いてみる。」
そう言った景の瞳には、いつもの光が戻っていた。
「岸本さん、頑張ってね。」
美里は微笑んで、景の背中をそっと押す。
指先で指し示す先――中庭の奥。
いつの間にか、そこに登夢が立っていた。
夕陽を背に、無言でこちらを見つめている。
“岸本さん、大丈夫。草薙君はあなたを大切に想ってるから。”
美里は心の中でそう呟くと、そっとその場を後にした。




