放課後の中庭、救出作戦
「景ちゃん、授業終わったよ。今日は中庭の掃除当番だけど……」
教室の扉の向こうから、明るい声がした。
タオルで濡れた髪を押さえながら顔を出したのは、水泳部の加代だった。
長身で健康的な体つき。男子に混じっていても埋もれない存在感がある。
「どうしたの? 昼休みからずっと元気ないけど……大丈夫?」
加代は首をかしげながら教室に入ってくる。
彼女は料理上手でもあり、お菓子作りの腕前はプロ級だ。
バレンタイン前には女子たちにチョコ作りを教えるほどで、景とも料理部で一緒に作業をする仲だった。
けれど今の景は、その声に応える元気もなかった。
ただ小さく頷いただけで、教科書を机に置くと、足早に教室を出ていく。
走りながら、胸の奥で思う。
――どうして、みんなは普通に笑っていられるんだろう。
風に揺れる髪も、日差しも、すべてが遠く感じた。
背中からは、いつもの覇気がすっかり消えていた。
「……八木さん、あれ、どう思う?」
景の後ろ姿を見送って、加代は隣にいた美里に声をかけた。
彼女とはバスケ部で一緒に練習することもあり、気兼ねなく話せる仲だ。
美里は窓の外を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「詳しいことは話せないけど……彼女、今すごく悩んでるの。」
「やっぱり恋の病? だとしたら――相手は、草薙君でしょ。」
加代の声は、半分冗談、半分確信めいていた。
「……ええ。そうみたい。でも、よくわかったわね。」
美里が苦笑する。
「だって、見てればわかるよ。あんなに目で追ってるんだもん。」
加代は肩をすくめて笑ったあと、少し真面目な顔になる。
「ねえ、何とかならない? 色恋沙汰って苦手でさ。
もし力になれるなら、協力したいんだけど。」
美里はしばらく黙っていた。
そして、自分の胸の奥に浮かんだ記憶を思い出す。
――かつて、自分も同じように、誰かを想って苦しんだこと。
やがて静かに、けれど決意を込めて呟いた。
「彼女……私と同じなの。だから――助けなきゃ。」
その言葉とともに、美里は立ち上がった。
日差しが差し込む廊下を抜けて、中庭へと向かう。
そこでは、春の風が草の匂いを運んでいた。
そして――彼女の“救出作戦”が、静かに始まろうとしていた。




