午後の保健室、作戦開始
放課後を待たずに、保健室にはコーヒーの香りが漂っていた。
窓際のカーテンの隙間から、午後の柔らかな光が差し込んでいる。
白いカップから立ち上る湯気が、静かな空間にゆらゆらと溶けていった。
「二人とも、よく来てくれました。ちょっとお願いがあってね。立ち話もなんだし、そこに座って。」
今沢緑はそう言いながら、机の上にコーヒーを二つ並べた。
5時間目が終わった休み時間、彼女は雷と――八木美里を保健室に呼び出していた。
目的はただひとつ。
登夢と景をくっつけること。
コーヒーの香りを漂わせながら、今沢は二人にこれまでの経緯を手短に説明した。
登夢の怪我のこと、景の涙のこと。
そして、二人が互いに相手を想いながらもすれ違っていること。
雷は腕を組みながら黙って聞いていた。
両親から事情を聞いていたこともあり、登夢の不可解な行動にようやく納得したようだった。
「なるほど……そういうことだったのか。」
低くつぶやいた声に、どこか兄貴分のような温かさがにじむ。
彼は、登夢が一人で背負ってきた痛みを思い、胸の奥がわずかに疼いた。
一方の美里は、思わず息を呑んでいた。
彼女はバスケ部のエースで、170センチを超える長身。
普段は明るくさっぱりした性格だが、恋愛の悩みには少し不器用だった。
かつて自分も男子バスケ部の花島田のことで、今沢に相談したことがある。
だからこそ、景の心の揺れが他人事には思えなかった。
「それで――二人に協力してほしいんだけど。いいかしら?」
今沢は微笑みながら、カップを口元に運ぶ。
「こっちにも責任がありますから、協力させてもらいましょう。」
雷は笑って腕を組み直した。その笑顔にはどこか楽しげな色がある。
心配よりも、少しワクワクしているようだった。
「えっと……はい。岸本さんが元気になるなら、私も協力します。」
美里は小さく頷いた。声はわずかに震えていたが、瞳は真剣だった。
「ふふ、頼もしいわね。」
今沢の唇が、ふっと上がる。
「じゃあ――具体的な話に入りましょうか。勝負は……放課後の中庭で。」
その言葉に、雷が片眉を上げた。
「勝負、ですか?」
「ええ。舞台は陽が傾く中庭。少しドラマチックなほうが、恋は動くのよ。」
今沢は意味ありげに微笑んだ。
その表情は、どこか芝居がかった女優のようでもあった。
雷は苦笑しながらも、その作戦に何かを閃いたようだった。
「なるほど……ちょっと手を加えたほうが面白いかもしれませんね。」
「修正案、聞かせてもらおうかしら?」
今沢が身を乗り出すと、雷はにやりと笑った。
こうして――“作戦・放課後の中庭”が始動した。
窓の外では、春の陽がゆっくりと傾きはじめていた。




