表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

倉庫街 ― 影の中の救出

景と別れた登夢は、駐輪場へ向かっていた。

帰路につくつもりだったが、足を止めさせる異様な気配が空気を裂いた。


――ダークスーツの男たち、三人。


一人はミラーシェードのサングラスをかけ、他の二人は子どもと少女を抱えていた。

抱えられているその少女――見間違えるはずがない。

景だった。

そして、子どもはさっきの迷子の少年。


登夢の胸に、冷たい怒りが走った。


迷うことなく、彼はバイクのエンジンをかけた。

テールランプの赤が点り、重々しい音が街路樹の木漏れ日に響く。


「……逃がすわけにはいかない。」


ダークスーツの男たちは、遊園地の出口を抜け、駅前のタクシー乗り場へ向かっていた。

黒光りするメルセデス――AMG仕様。

市街地では持て余すほどの化け物が、静かに彼らを飲み込んでいく。


上に上がられると、厄介だな。


登夢はアクセルを軽く捻り、一定の距離を保ちながら尾行した。

タイヤがアスファルトをかすめる音が、やけに遠く聞こえる。


AMGは一時間ほど街を流した後、港湾地区の中突堤――倉庫街の一角で停車した。

周囲は薄暗く、風の音と波の反響だけが響く。

人影はない。

登夢は近くの公園の駐輪場にバイクを止め、息を潜めた。


公園の高台からは港が見下ろせる。倉庫群も視界に入った。

その視線の先で、黒い車体が鉄のシャッターの奥へと吸い込まれていく。


……何が起きてる? いや、考えるまでもない。

景が――危ない。


登夢の胸に浮かんだのは、ただその一つの想いだった。


公衆電話の受話器を握り、彼はダイヤルを回した。

プルルル――プルルル――。


「……兄さん、登夢です。」


『お前のほうから電話してくるとは珍しいな。どうした。』


「……実は――」


短く状況を説明した。


『そうか。よく知らせてくれた。登夢、よく聞け。

俺が行くまでそこを動くな。無茶はするな。わかったな?』


電話の相手は兄・草薙 大 (くさなぎ だい)。

兵庫県警の刑事であり、登夢が最も信頼する人間だった。


受話器を置くと同時に、登夢は倉庫街へ視線を戻す。


無茶はするな……? それは、兄さんが守る人間に言う台詞だ。

俺は――そうじゃない。


夜の闇が倉庫街を包み、潮風が鉄の匂いを運ぶ。

登夢は音を殺して近づき、積み上げられたダンボールの影に身を潜めた。


ほどなくして、もう一台のメルセデスが到着した。

幅広の大型車。

倉庫のシャッターが音を立てて開き、車体が中に消える。


今だ。


登夢は反射的に動いていた。

倉庫の隙間から滑り込み、近くのダンボールの山へ身を隠す。


中は広い。

AMGの隣にもう一台が並び、あと数台は入れそうなほどの空間だ。

無機質な蛍光灯が天井でちらつき、冷たい光がコンクリートを照らしている。


ドアが開き、黒服の男たちが降りてきた。

登夢は迷いなく動いた。


――一瞬。

静寂を切り裂く鈍い衝撃音。


三人の男が、声を上げる間もなく崩れ落ちた。

その体を車の影へ引きずり、隠す。


「ずいぶん手際がいいですね。」


低く、落ち着いた声が背後から響いた。


振り向くと、ミラーシェードの男が立っていた。

サングラス越しに何も映さない瞳――まるで人形のような無機質さ。


「このままお帰り願いたいのですが。

そうもいかないようですね。用件を伺いましょう。」


登夢は一歩前に出る。


「……女の子を返してもらおう。子どもはどうでもいい。」


「まだ返すわけには参りませんな。」

男は微かに唇を歪めた。

「それに、私はあなたのような方が――大嫌いでしてね。」


次の瞬間、男の姿が掻き消えた。


――来る!


右に飛び退いた瞬間、鋭い痛みが左肩を裂いた。

服の下の強化プラ製パッドが真っ二つに割れる。


「ほう。かわしましたね。」


再び男の姿が現れる。

ナイフを肘に仕込んでいる――拳の軌道に合わせ、刃が閃く。


「いつまで避けられますかね?」


殺気が爆ぜた。

ミラーシェードの男が一気に距離を詰める。

拳の嵐。

登夢は体をひねり、かろうじてかわすが、肘の刃が頬をかすめた。

熱い血が流れる。


肩、腕、脇腹――傷が増えていく。

出血が止まらない。


このままじゃ……持たない。次で、決める。


男の拳が唸りを上げて迫る。

登夢はそれを右に受け流し、身を翻す。


ミラーシェードの肘が背中を狙う。

鋭い痛みが走る――が、登夢は笑った。


「……捕まえた。」


男の肘を掴み、その勢いを逆手に取る。

巻き込み投げ。

重い音とともに、男の体が宙を舞った。


床へ叩きつけられた肘から、鈍い音と共にナイフが折れる。

受け身も取れず、背中を強打。

その隙を逃さず、登夢の肘がみぞおちに突き刺さった。


「……ぐはっ。」


息が詰まる音を最後に、ミラーシェードの男は沈黙した。


登夢はよろめきながら立ち上がる。

全身から血が流れ、視界がかすむ。


――それでも、まだ終われない。


男の体を車の脇に引きずり、奥へと進む。

痛みが意識を削っていく。

背中の傷が深い。

それでも、足を止めるわけにはいかなかった。


倒れるわけにはいかない。あいつを、助けるまでは。


やがて、並んだ二つの扉が現れた。

一つは重い閂が掛けられ、もう一つは古びたノブがついている。


まず、閂のほうを外す。

錆びた金具が軋む音。


中には、あの迷子の少年がいた。


「……元気か。」


少年はこくりと頷いた。


「……表に出ていろ。」


登夢の声に従い、少年は小走りで外へ向かう。


次に、もう一つの扉へ。

ドアノブを回すと、抵抗もなく、ギギィ……と鈍い音を立てて開いた。


――その先に、景がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ