風のあと、君の名を呼んで
数日後。
登夢の告白劇の“真相”が、校内新聞のトップ記事として掲載された。
情報源は雷――あの情報通の男子から聞き出したらしい。
出版委員会のスクープとして、校内はちょっとしたお祭り騒ぎになった。
それ以来、景はすっかりからかわれ役だ。
「立派なナイトがついてるね!」
「強い王子さまがいて幸せね〜」
そんな言葉を浴びるたびに、景は顔を真っ赤にしていた。
登夢の人気が少しずつ上がっていくのを見て、うれしいような、
でも少しだけ胸の奥がざわつく。
――あの一言を聞くまでは。
「これからはライバルたくさん出てきて大変ね。」
冗談まじりのその言葉に、心がきゅっと縮こまった。
笑顔の奥で、小さな不安が芽生える。
そんな景の様子を見て、恭子がそっと声をかけた。
「大丈夫よ。ちゃんと言ってくれたでしょう?」
――そう。登夢はあの時、確かに言ってくれた。
“俺はおまえが好きだ”って。
それを信じていればいい。
でも、それでも心は落ち着かなかった。
放課後。
昇降口で登夢の背中を見つけた瞬間、
胸の奥がきゅっと痛んだ。
気がつけば、景は駆け出していた。
「草薙くーん、待ってよう!」
廊下に響く声。
登夢は振り返らず、すたすたと歩き続ける。
「待ってってば! もう……どうして待ってくれないの!」
息を切らせながら追いつく景。
不安が、喉の奥まで込み上げてくる。
登夢は足を止めると、静かに言った。
「……呼ばれてない。」
その一言に、景は思わず息をのむ。
そして小さく、照れくさそうに呟いた。
「ちゃんと……名前で呼ばないとダメ?」
登夢は小さく頷く。
「ほんとにもう……いじわるなんだから。」
頬を赤く染めながら、景は顔を上げた。
「登夢君、待って……く・だ・さ・い。」
登夢はふっと微笑み、手を差し伸べた。
「ほんとに、ほんとにもう、いじわるなんだから。」
景は少しふくれっ面になりながらも、
その手をうれしそうに取った。
「でも……でも、大好き。」
最後の言葉は小さく、震えていた。
そのかすかな揺れを、登夢は感じ取っていた。
だから、優しくその手を握り返す。
「……俺もだ。」
その一言に、景の胸の奥で何かがほどけていく。
――登夢君はちゃんと言ってくれた。
“好きだ”って。
私の気持ちを、まっすぐに受け止めてくれた。
私も、登夢君が大好き。
これまでも。そして、これからも。
景の頬を伝う涙を、登夢がそっと指先でぬぐう。
景は泣きながら笑った。
その涙は、もう不安の涙ではなかった。
風が吹く。
二人の間をすり抜けて、やさしく包み込む。
その風は、まるで新しい恋の始まりを
祝福しているかのようだった。
◆あとがき(今沢先生の記録より)
あの風の日から、まだ一週間ほどしか経っていないというのに、
校舎の空気はどこか柔らかく変わってしまった気がします。
廊下ですれ違う草薙君と岸本さん。
少し照れくさそうに笑いながら、それでもきちんと「名前」で呼び合っている姿を見かけました。
――ああ、やっと届いたんだな、と。
思わず胸の中でそう呟いてしまいました。
恋というものは、時に嵐のように人の心をかき乱します。
でもその嵐が去ったあとに吹く風ほど、やさしくて、あたたかいものはないのかもしれません。
それが、彼らの“風のあと”なのだと思います。
登夢君も、少し顔つきが変わりました。
何かを守ろうとする人間の目をしています。
景さんはといえば、以前よりもまっすぐ前を向いて歩いています。
恋をした女の子は、どうしてこんなにも強くなるのでしょうね。
彼らの青春のページは、まだほんの序章。
この先、たくさんの悩みや別れ、そして新しい出会いが待っているでしょう。
でもきっと大丈夫。
あの風が吹く限り、彼らは何度でも立ち上がり、また歩き出すはずです。
保健室の窓を開けると、今日も春の匂いがします。
風に乗って聞こえる笑い声が、少しだけ遠く、そして優しく響きました。
――この観察記録は、ひとまずここで閉じることにします。
次にページを開くとき、彼らはどんな表情を見せてくれるのでしょうか。
それを楽しみに、私は今日もそっとペンを置きます。
(保健室記録・今沢緑)




