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風の中庭、走り出す想い

「登夢、話がある。」


 雷の声は、いつもより低く落ち着いていた。

 その響きに、登夢は無意識に身構える。


「……なんだ。」


 わずかな間。

 しかし雷は間髪入れずに続けた。


「ある女の子がいた。

 その子は、ある男の子が好きだった。

 でも、ある日――その男の子を傷つけてしまったと思い込んだ。

 『自分なんかが好きでいてはいけない』って、そう思ったんだ。」


 登夢は眉をひそめた。雷が何を言いたいのか、すぐには掴めなかった。


「それでもな、女の子は耐えられなかった。

 “好き”って気持ちを、どうしてもごまかせなかったんだ。

 だから、告白することにした。……めでたしめでたし、だ。」


 雷の口調は、物語を締めくくるように穏やかだった。


「――岸本さんが話があるそうだ。中庭で待ってる。早く行ってやれ。」


 その瞬間、登夢の足が勝手に動いた。

 椅子が音を立てて倒れる。

 気づけば、走り出していた。


「まったく……世話の焼けるやつだ。」


 中庭へ消えていく登夢の背を見送りながら、雷は小さく笑った。

 その目はどこか優しく、あたたかかった。


「健闘を祈るぞ、登夢。」


 そう呟いた雷の横に、恭子がいつの間にか立っていた。


「本当に……これでよかったの? 伴隆君。」


「いいも悪いもあるか。自然な流れさ。俺はただ、背中を軽く押しただけだ。」


 雷の声に、恭子はくすっと笑みをこぼす。


「……いい人なのね、伴隆君って。」


「ふっ。気づくのが遅いな。」

 雷が、いたずらっぽく恭子の顔を覗き込む。


「そっちはどうなんだ?」


「え?」


「気になるから、ここまで来たんだろ?」


 恭子は一瞬目を伏せ、そして小さく笑った。

 その笑みには、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。


「お見通しね。……はじめから、私の入る隙間なんてなかったのよ。」


 その声は震えていたが、瞳は澄んでいた。


「ふむ。汐見嬢もなかなか、いい女じゃないか。」


「今頃気づいたの?」

 恭子は冗談めかしてウィンクする。

 その笑顔は、どこか吹っ切れたように明るかった。


「まったく……世話の焼ける連中だ。」

 雷はもう一度呟いて、視線を中庭へとやった。


 登夢は、風を切りながら走っていた。

 胸の奥で、何かが熱く弾けるような感覚。


 ――ホームルーム。

 ――図書委員会。

 ――遊園地。

 ――倉庫街。

 景と過ごした時間が、走るたびにフラッシュバックする。


 雷の話を聞いた瞬間、点と点が繋がった。

 ずっとバラバラだったパズルの最後の一片が――カチリとはまった。


 それは“恋”という言葉でしか説明できない感情だった。


 肩で息をしながら、登夢は胸の鼓動を押さえきれなかった。

 顔が熱い。呼吸が荒い。

 でも、それは苦しさではなく、確信の熱だった。


 ――俺は、あいつのことが――。


 言葉にはならなかった。

 けれどその心は、迷いなくひとつに定まっていた。


 登夢は、迷いのない足取りで中庭へと駆け抜けた。

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