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図書室の前で、君に出会った

朝、七時を少し過ぎたころ。

草薙登夢の《ドゥカティ400SS》が、まだ眠たげな住宅街を抜けていく。


古武術の朝稽古を終えたばかりの身体を、冷たい風が心地よく撫でた。

高校生にしては珍しく、彼はバイクで通学している。

通うのは自由な校風で知られる“鳳学園”。人数は少ないが、バイク通学も認められていた。


毎朝の稽古を終えると、登夢はすぐに家を出る。

遅刻の心配などないが――早朝にバイクを走らせるあの爽快感が、何より好きだった。


学園に着くと、赤いバイクをいつもの高等部の駐輪場に滑り込ませる。

エンジンを止めた瞬間、背後から軽やかな2ストロークの音が追いかけてきた。

振り返ると、真紅のNSRが並ぶ。


赤いフルフェイスを外したその少女は、長い髪をひとまとめにしていた。

「おはよう、登夢くん」

明るい声とともに笑みを向けてきたのは、汐見恭子。

彼女も数少ないバイク通学生の一人だ。


「……おはよう」

登夢は短く答える。

「いつものことだけど、そっけないわねぇ。こんなに可愛い恭子ちゃんが挨拶してあげてるのに?」

「……いつものことだ」

「はいはい。じゃあ、またあとでね」


冗談めかした言葉を残して、恭子は制服へ着替えるため更衣室へ消えていった。

登夢もその場で上着を制服に替え、無言のまま校舎へと向かう。


今日は新学期。クラス分けの発表があるせいか、朝早くから校内はざわめいていた。


「おはよう、登夢。また同じクラスになったな。一年間よろしく」

そう声をかけてきたのは、新巻大蔵――通称“シャケ”。登夢の幼馴染だ。


背の高い登夢(188cm)に対し、シャケも185cm。

二人が並ぶと、まるでツインタワーのように目立つ。


実家は“こんびに あらまき”。そのせいか人当たりもよく、誰とでも仲良くなれる性格をしていた。

登夢の無口で近寄りがたい雰囲気とは対照的だ。


「私も同じクラスになったわ。よろしくね。……まあ、シャケくんのことだからもうチェック済みでしょ?」

制服に着替えた恭子が笑顔で現れる。

「無論。僕を甘く見てもらっては困る」

自信満々に言うシャケに、恭子はため息まじりに肩をすくめた。


なんでもそつなくこなすシャケだが、女子への距離感だけは少しズレている。

それでも、それがまた彼の魅力でもあった。


鳳学園二年C組。新学期最初のホームルームは、早くも修羅場の様相を呈していた。


原因は――草薙登夢が、図書委員に立候補したことだった。

彼にとって、図書室は“静けさ”の象徴だった。

言葉にすればするほど誤解され、

無口でいれば冷たいと言われる。

けれど本の中だけは違った。

誰の声も、誰の想いも、静かに並んでいた。

そこでは、言葉の強さも弱さも関係ない。

ただ、耳を澄ませば伝わるものがある。

だから登夢は、図書委員を選んだ。

沈黙のままでも、人を理解できると信じていた。


学級委員の担当は男女ペアが基本。

男子の図書委員は登夢で確定したが、問題は女子側だった。


身長188センチ、体重100キロ。無表情で無口。

古武術仕込みの静かな威圧感。

そして――噂。


「中学で問題を起こしてここに来た」

「理事長の孫だから何をしても許される」


根拠のない噂だったが、そんな陰口が独り歩きしていた。

結果、女子たちは委員のペアに名乗り出られず、教室の空気は凍りついた。


登夢自身、問題になることは分かっていた。

それでも“図書委員は自分がやる”という信念だけは譲れなかった。


「登夢と一緒に委員をやる女子って……」

誰かの呟きで、教室の空気がさらに重くなる。


クラス委員長に選ばれた汐見恭子も頭を抱えていた。

(ああ、委員長にさえならなければ、私が立候補できたのに……)


仕方なく、彼女は切り札を切る。

「では、女子の図書委員は――岸本景さんにお願いしたいのですが」


教室中の視線が、一斉に小柄なおさげの少女に向けられる。

岸本景。身長149センチ。二年ながらソフトボール部のエースで、勝気で面倒見のいいタイプ。

登夢と釣り合う度胸を持つ女子といえば、確かに彼女しかいなかった。


(……私がやらないとダメみたいね。恭子ちゃん、あとで覚えてなさいよ)

景は恭子を睨む。

その視線に恭子は「ごめん」と言わんばかりに手を合わせてぺこりと頭を下げた。


「……というわけで、図書委員は男子が草薙くん、女子が岸本さんに決定です」

ホームルームがようやく終わると、教室全体から安堵の息が漏れた。


放課後。廊下に差し込む西日が、床に細長い光の帯を描いている。

足音が二人分、静かに響く。


「草薙くん。図書委員になった岸本です。よろしくね」

図書室へ向かう途中、景は緊張した声で挨拶した。


「……よろしく」

登夢は短く応じる。


そっけない態度に、景は思わず身構える。

(やっぱり怖い……怒ってる? え、私、何かした?)


そんなことを思いながら、彼の顔を見上げた。

見上げる角度、ほぼ五十センチ。

表情は無い。けれど、そこに敵意も冷たさも見えなかった。


そのとき、登夢が低く呟いた。

「……危ないぞ」


次の瞬間、景の身体がふわりと宙に浮く。

登夢の腕の中に抱き上げられていた。


足元には、倒れた消火器。

登夢は片手で景を下ろすと、もう片手で軽々と消火器を元の位置に戻した。

その仕草は、驚くほど丁寧だった。


「……大丈夫か」

低い声に、景はようやく頷く。心臓がまだ早鐘を打っている。


「え、あ、その……ありがとう」

自分が注意不足だったことが恥ずかしくて、目をそらす。


「……行こう」

登夢はそれだけ言い残して歩き出した。


「あ、う、うん!」

慌てて後を追いかける。


その背中は大きく、静かで――

でも、どこか優しかった。


彼の隣を歩きながら、景は胸の鼓動がまだ落ち着かないまま、図書室へと向かった。

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