召喚聖女マドカの前日譚
それは綺麗な青い宝石みたいな石だった。
なめらかな楕円形で、小判型というには丸っこく、卵型というには平べったい。
端に一つ穴が開いていて、色あせた組紐が結ばれている。
ちょうど手のひらにすっぽり包み込めるサイズ。
握り込むと気持ちがいい。
「おばあちゃん、これ何?」
「あら、懐かしい。どこにあったの?」
「古い写真や手紙の入ってる箱に一緒に入ってた」
「これはね、根付って言うのよ」
「根付?」
「江戸時代とか明治時代とか、昔の日本で使われてた骨董品よ」
「骨董品」
「おじいちゃんが先祖代々伝わる宝物だって言って大事にしてたのに、金庫の中にないから、どこにやったのか不思議だったけど、文箱に入れてたのねえ」
「値打ちものなの?」
「さあねえ。浮彫もないつるっとした石だから工芸品としては大したものじゃないと思うけど。石の種類は何かしらね。瑪瑙かラピスラズリか、まあ宝石ではないわね」
「でも宝物なんだよね?」
「おじいちゃんのおじいちゃんに当たる鹿之助さんって人の持ち物だったからね」
「鹿之助さん? おじいちゃんのおじいちゃんって、私から見るとえーと…」
「祖父、曾祖父ときて、そのまた前の世代だから高祖父ね」
「高祖父。その鹿之助さんの持ち物だと宝物ってことになるの? 古いから?」
「時代が古いってこともあるけど、鹿之助さんには色々と逸話があったから」
「逸話って?」
「人助けをたくさんしたとか」
「ほー」
「力持ちで田んぼに落ちた大八車を軽々と持ち上げたとか」
「へー」
「困った時には鹿之助さんに頼ればなんとかなったとか」
「うんうん」
「巨大化したとか空を飛んだとか」
「うん……? さすがにそれはないでしょ」
「元々は星の彼方からきた人で、逃亡中の悪者を捕まえて星の彼方に送り返したとか」
「おばあちゃん、ふざけてる?」
「私が作った話じゃないわよ。おじいちゃんが言ってたのよ。子供の頃、親から聞かされたって。要するに英雄伝説よ。地元のヒーローで、頼りになる人だったんでしょう。武勇伝に多少尾ひれがついたのよ、きっと」
「尾ひれがつきすぎだよ。で、これが鹿之助さんの形見の品ということ?」
「まあそんなところね。気に入ったんなら持っておきなさいよ。お守り代わりに」
「やった、お宝!」
こうしてマドカは綺麗な青い石を手に入れた。
古い組紐を外し、新しく綺麗な紐を通す。
通学用のバッグに付けてもいいし、部屋に飾ってもいい、スマホに付けるにはちょっと重たいかもしれない。
先祖の話は深くは考えなかった。
綺麗な石が自分の物になったのが単純に嬉しかった。
そんなある日のこと。
机に向かって予習中、突然知らない声がした。
『シーカー! こちらゲイザー、聞こえるか、シーカー!』
「は? 何? 誰?」
辺りを見回すが、部屋の中には自分しかいない。
スマホの電源は切っているし、テレビもパソコンも点いてない。
ラジオなんて持ってないし、突然しゃべりだしそうな物体は何もない。
『シーカー! 応答してくれ、緊急事態だ、シーカー!」
また声がした。
今度は声の出どころがはっきり分かった。
あの青い石だ。
青い石の表面が一部点滅している。
「え、これって江戸時代とかの骨董品のはずだよね? なんで中にLED入ってるみたいな光り方してるの?」
思わず石を手に取り、裏表を確認するマドカ。
電池を入れる場所があったのかと確かめたのだが、やはりそんなものはない。
しかし通話アイテムなのは本当のようだ。
先ほどの声の主がマドカの呟きをキャッチしたらしい。
『君は誰だ? シーカーはそこにいないのか?』
「私はマドカだけど。シーカーって誰の事?」
『今、シーカー・ノードに…ええと、青い石に向かって話しかけているんだろう? その石の持ち主に用事があるんだ。緊急なんだ。彼に代わってくれ』
「これの持ち主っていうと鹿之助さんの事かな。だったら無理です。代われません」
『なぜ!』
「だって大昔に亡くなってるし。四世代前の人だから百年くらい前なんじゃないかな、よく知らないけど」
青い石の向こう側で『ウラシマ効果ー!』という叫びが聞こえたような気がした。
誰だか知らないがショックを受けた人がいるらしい。
まあマドカには関係のない事だ。
「そういうわけなので亡くなられてますから電話口に…これ電話なのかな…とにかく出られませんので。これの切り方分からないんで、そちらから切ってください」
『ちょっと待て! あ、いや、待ってください。君は彼の関係者という理解でいいですか?』
「関係者というか子孫です。会ったことはありません」
『子孫…子孫残せたのか…』
「お話がそれだけならもう切ってもらえますか」
『いや、待って! 本当に重要な用件だから!』
「私もやる事があって忙しいんですけど」
『犯罪者がそっちへ向かってるんだ!』
「はい?」
聞き間違いかと思った。
非現実的だったので。
『かつてシーカーが捕縛した犯罪者、ポリュペーモンが脱走した。報復目的でシーカーを狙っている』
犯罪者、脱走、報復目的。
非日常的な単語の連続だ。
「それって、危ないやつがこっちに向かってるってこと? でも鹿之助さんはもうこの世にいないから…」
『シーカーがいないのなら彼の子孫である君たちが報復対象となる可能性が高い。そこに戦士はいるか? ポリュペーモンを倒せる戦力は?』
「戦力って…そんなのいないよ。私はただの女子高生だし、家族も普通の民間人だし」
青い石の向こう側で誰かが『戦士がいない~?』と唸ったような気がした。
「どうしよう、警察に通報した方がいいのかな」
『現地の司法当局がポリュペーモンを捕縛または撃退できるのならそうして欲しいが、こちらのデータでは君たちの星の生物は戦闘力が極めて低く、科学技術も発展途上と出ている。だがこのデータも古いかもしれない。君たちの種族は宇宙に進出したか?』
「えーと、確か月面着陸は大分前に成功してて、次は火星への有人飛行を成功させようと頑張ってるところかな?」
『…つまり星系移動どころか衛星どまりだと』
「月面もすごーく頑張って大国が総力を結集してやっと一握りの宇宙飛行士が行けるかな」
『ということは司法当局の戦力は』
「刃物持って暴れる人くらいなら取り押さえてくれると思うけど」
『上空を飛行して火炎を放射してくる宇宙生物を取り押さえたりは』
「無理です」
自衛隊ならワンチャンあるかも、いや、やっぱり無理だね、と思いながらマドカは答えた。
災害出動するにしても総理大臣か誰かの許可が出るまで時間がかかりそうだし、こんな怪しい電話(?)一本では証拠がなければ信用してもらえそうにない。
そもそも110番は知ってるけれど、自衛隊の番号なんて知らないし。
検索すれば分かるだろうけど、それで出てくる番号は緊急通報とは違う気がする。
「そのポルケーモンって」
『ポリュペーモンだ』
「ポリュペーモンってもう地球に接近してるんですか? 具体的には天体望遠鏡で捉えられるかってことですけど」
NASAとか各地の天文台とかが異常接近してくる物体を捉えていれば、ほっといても米軍が撃墜してくれるのでは、とマドカは思った。
なんだかんだ言っても米軍は強いはず。
『いや、まだ少し時間があるはずだ。やつが最後に目撃されたのがM31銀河で、君のいる星までおよそ250万光年の距離だから』
「250万光年」
光の速度で飛んできても250万年後に到達する距離である。
『楽観視しないでくれ! 一直線に飛ぶわけじゃなくてワープとかするから! 意外と早く着きそうだから!』
「ウラシマ効果」
ぼそっと呟いてやったら、青い石の向こう側でバタバタとうろたえているような気配がした。
『えー、そちらの時間で言うと約24時間後にポリュペーモンが星系内に出現すると思われる。計算したから大体合ってるはずだ』
百年前に亡くなった鹿之助さんと連絡とろうとした人の時間の計算にはいまいち信用が置けない、とマドカは思った。
「じゃあ明日の今頃になったらNASAが発見して米軍がなんとかしてくれるかもしれないですね」
『対処可能な戦力があると思っていいのか?』
「さあ?」
『さあ、って…』
「一介の学生に対宇宙防衛力なんてわかりませんよ。ないかもしれないし、あっても軍事機密だろうし」
『それもそうか』
「私の知らない防衛力を米軍が持っててなんとかしてくれたらいいなあ、と思いますけど。もしなかったらどうすればいいですか」
『こちらから追跡班が出動したので最終的には捕まえることは可能だ。だがそれまでに被害が広がる可能性を考えると…』
しばしの沈黙。
『…君、マドカくんといったね。シーカーの子孫であり、その青い石…シーカー・ノードというんだが…それを使いこなしている。君はシーカーの血を色濃く受け継いでいると思われる』
「はあ、そうですか」
メンデルの法則とかの話かな、とマドカは思った。
『未開の惑星の、それも未成年とおぼしき女子に頼るのは心苦しいが、他に打つ手もないし、シーカーの遺伝子が発現しているのならば、戦士としてもまた…』
「遠回しな言い方しなくていいんでハッキリ言ってください」
『では時間も押してるからズバリ言おう。君が闘え! 宇宙戦士マドカよ! ポリュペーモンを迎え撃つのだ! 君の住む星を、仲間の未来を守るために!』
何の冗談? とマドカは思った。
※
それからの話は早かった。
シーカー・ノード(青い石)の使い方を教わり、実際に使ってみて、理屈はさっぱり分からないけど体感的にいけるんじゃないかな、という手ごたえを感じた。
マドカは感覚派なのだ。
案の定、米軍を振り切り、自衛隊の防衛網を突破してマドカの住む町に飛来した巨大な宇宙生物ポリュペーモンをマドカはシーカー・ノード(青い石)の力を借りてやっつけた。
宇宙生物ポリュペーモンを回収しにきた宇宙人っぽい人に引き渡す時、シーカー・ノード(青い石)も回収されてしまった。
少し惜しい気がしたが、鹿之助さんに貸与されていた彼らの組織の備品だと言われれば仕方がない。
宇宙人っぽい人は見た目は地球人と見分けがつかなかった。
彼は石と宇宙生物を回収する時、フレンドリーな態度でマドカに接した。
「これは一種の充電式バッテリーみたいなもので、戦士をパワーアップさせるアイテムなんだ。いざという時のために割と色んな星に設置されているんだよ。惑星上では長い時間をかけてエネルギーを蓄積するんだ。いざ戦闘に用いるとあっという間に消費してしまうんだけどね」
「だから色が抜けちゃったんですね」
マドカが使用した後、青かった石は白っぽく変色していた。
百年かけて蓄えたエネルギーを使い果たしてしまったのだろう。
「大丈夫、宇宙に持って帰ればまたすぐ使えるようになるから。今回は巻き込んで申し訳なかった。そして犯罪者の捕縛に協力してくれてありがとう。感謝する」
「自分の住んでる所を守るためにしただけですから」
「もしも我々の故郷の星に来ることがあれば歓待するよ。ちょっと離れた銀河だけど」
「一生行くことはないと思いますが、お気持ちは嬉しいです」
「ではさようなら、シーカーの子孫、宇宙戦士マドカ。いつかまた会おう」
多分、二度と会うことはない、とマドカは思った。
宇宙戦士として謎の宇宙生物と戦うなんて、一生に一度で十分だ。
でもまあ、悪い気分ではない。
マドカは空に向かって語りかける。
「鹿之助さん、どこかで見てる? 私、地球を守ったよ。鹿之助さんもこんな風に人助けしてたのかな。空を飛んだり巨大化したりっていうのは、まだちょっと眉唾だけど」
顔も知らない先祖がちょっぴり身近に感じられる。
マドカの先祖:鹿之助、鹿之助の子孫:マドカ。
二人は青い石で繋がっている。
「もしもまた困ってる誰かに助けを求められたら、何かを守るために戦う必要に迫られたなら、私は戦うよ。これからもがんばるから、見ててね、鹿之助さん!」
※
マドカが聖女として異世界に召喚されたのは、それから間もなくのことだった。
(『聖女を召喚することなかれ』に続く)