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「悪役令嬢の娘の母親としてモブに転生したけど、クズ夫と義母に虐げられた人生を逆転して、娘と共に幸せを掴み直します

作者: 結城斎太郎

気づけば、私は見知らぬ貴族邸の寝室で目を覚ましていた。鏡に映ったのは、やつれた中年女性。年のころは三十代半ば……いや、もっと上かもしれない。着ているのは上質だが、どこか古びたドレス。頭がぼんやりするなか、私はすぐに理解した。


──これは、転生だ。


なぜか私は、かつて夢中になった乙女ゲーム『エリシアの誓い』の世界に、しかも“悪役令嬢リシェリアの母親”という、誰も注目しないモブキャラとして転生していた。


「……最悪だわ」


ゲーム内でリシェリアは、主人公に婚約者を奪われ、破滅の運命を辿る悲劇の悪役令嬢。その母親はといえば、物語に登場すらせず、背景設定の一部として“病死した”ことになっている。


「いや、まだ死んでないんだけど……?」


私が転生したのは、物語が始まる少し前。つまり、リシェリアの破滅を止めるチャンスがまだ残されているということだ。


でも、状況は最悪だった。


「おい、いつまで寝ている。朝食の準備は済んでいるのか?」


寝室にずかずかと入ってきたのは、夫・エルマー。中年太りした体に豪奢な服をまとい、こちらを睨みつけている。


「……私はメイドじゃないんだけど」


「何か言ったか?」


「いいえ、朝食をいただきにまいりますわ」


私は涼やかに返しつつも、内心では大きくため息をついた。夫は典型的なクズ男で、浮気癖もひどい。義母も同様で、私を「貧民出身のくせに」とことあるごとに罵倒する。


こんな家、何一つ未練なんてない。


けれど──


「おはようございます、お母様!」


眩しい笑顔で駆け寄ってくる少女の姿に、心が温かくなる。


「おはよう、リシェリア」


私の最愛の娘。物語の“悪役令嬢”である少女だ。彼女は何も悪くない。ただ、主人公に都合の良い展開のために、あらゆる誤解を背負わされ、婚約破棄され、社交界を追放されるだけの存在。


そんな未来、許せるわけがない。


私は決めた。リシェリアを守り抜き、この世界の理不尽を覆してみせると。



「奥様、お義母様からお呼びですわ」


屋敷のメイドが申し訳なさそうに告げる。私は眉をひそめながらも、義母の部屋へと向かった。


「ようやく来たのね、役立たずの穀潰し」


開口一番、義母の口から出たのはいつもの暴言だ。耳が痛くも痒くもない。


「今後、リシェリアの婚約の件は私が取り仕切ります。あなたのような下賤の者が口出しすべきことではありませんから」


「それは……ご遠慮願いますわ」


「何ですって?」


義母の目が見開かれた。私が逆らったことに驚いているのだろう。


「私が娘の母親です。婚約話には、私が責任を持って対処いたします」


「生意気を──!」


義母が杖を振り上げたその瞬間。


「その暴力、証拠として記録させていただきました」


背後から静かな声がした。現れたのは、私が依頼していた探偵──という名のスパイ。


「義母様の暴力や使用人への虐待、そして夫の不貞行為。すでに証拠は揃っております」


「なっ……!?」


「この屋敷で娘を育てるわけにはまいりません。正式な離縁と娘の親権、そして屋敷の半分の財産を要求させていただきます」


「ふざけた真似を……!」


「ふざけているのはどちらかしら?」


私は、初めてこの屋敷に来たときのことを思い出していた。


華やかな結婚式、優しい言葉──それらはすべて偽りだった。けれど、娘の笑顔だけは本物だった。だから、私は守り抜く。どんな手を使ってでも。


「お母様、何が起きてるの?」


廊下の向こうから、リシェリアが小走りでやってくる。


「……さぁ、リシェリア。これからお母様たち、新しい人生を始めるのよ」


娘の手を取り、私は新しい扉を開いた。



ーーーー



リシェリアの手をしっかり握って、私は伯爵家の屋敷をあとにした。


多くの使用人が、こちらに視線を向けたが、誰一人止めようとはしなかった。──いや、できなかった。義母の暴言と夫の不貞行為を記録した証拠は、すでに王都の裁判所に提出され、正式な手続きも進行中だ。彼らが私に逆らえば、貴族社会での立場を一気に失う。


「これから、どこに行くの?」


「お母様の、昔の友人のところよ」


少しの間、私たちは王都郊外の小さな村にある屋敷に身を寄せることになった。


出迎えてくれたのは、侯爵家出身でありながら、政治から身を引いて研究職についた男──レオン・ヴェルデ侯爵。


「君が連絡をくれるとは思わなかったな。昔の“強気なエリザベート”に戻ったようだ」


「そちらこそ、研究一筋の生活じゃなかったの?」


「君から手紙が来たとたん、即座に屋敷を整えたよ。娘さんもいると聞いたしね」


彼の言葉は穏やかだった。レオンは、かつて政略結婚で引き裂かれた、私の──いや、前世の記憶を持つ“私”が本当に愛した人だった。


「……随分と、時が経ったのね」


「でも、遅すぎるということはない。そうだろう?」


私は言葉に詰まりながらも、小さくうなずいた。



レオンの屋敷での生活は、心が洗われるようだった。朝は新鮮な果実の香りで目覚め、リシェリアは村の子供たちと元気に遊び、私は家庭教師として再び知識を磨き始めた。


だが、平穏は長くは続かなかった。


「王都で、噂が広がっているわ。“リシェリアは悪女で、貴族の後ろ盾を得て逃げ出した”って」


手紙を握る指先が震える。


──始まったか。あの義母と夫が、自分たちの体面を守るために嘘を広め始めたのだ。


「放っておいても、いずれ真実が勝ちますわ」


私はそう言いながらも、じりじりと心が焦げるようだった。リシェリアは、ただでさえ“悪役令嬢”としての運命を背負っていた。そこに新たな悪評が加われば、彼女の未来は閉ざされかねない。


「やっぱり……お母様、私……戻ったほうがいいのかな」


リシェリアの目には涙が浮かんでいた。


「いいえ、あなたは何も悪くない。あの屋敷に戻る必要なんて、ひとつもないわ」


私は娘を抱きしめながら、誓った。今度こそ、この手で彼女を守り抜くと。



翌日、私は王都へと向かった。


目的は、王宮で開かれる慈善舞踏会。貴族たちが一堂に会し、政界の情報が飛び交う場だ。私は、ある人物に接触するつもりだった。


「おや……? 君は確か、エルマー伯爵の……?」


「あら、ご無沙汰しておりますわ。第一王子殿下」


彼は、物語の“攻略対象”の一人でもある、王子ユリウス。実直で正義感の強い青年だが、ゲーム内では主人公に都合よく利用されていた存在でもある。


「実はご相談がありまして……」


私は、持ってきた資料──義母と夫の横領、暴力、不正献金の証拠を差し出した。


ユリウスの目が鋭くなる。


「これは……」


「彼らの罪を明らかにしていただければ、リシェリアの名誉も回復されます」


「……分かりました。必ず、王宮で公にいたします」



数日後、王宮にて開かれた“真実の審問”で、全てが明らかになった。


義母は財産横領の罪で爵位を剥奪され、夫は不貞と暴力で社会的信用を失った。そして何より、リシェリアは潔白であると、王命で公に認められた。


「──すべて、終わったのね」


私は舞踏会場のバルコニーで、深く息を吐いた。


その隣に立つのは、レオンだった。


「君は強かったな」


「私は……ただ、娘を守りたかっただけ」


「それは君が、誰よりも強いという証だ」


彼は私の手を優しく取る。


「今度こそ、僕と人生を共にしてくれないか? 君と、君の娘と、家族になりたい」


私は驚きに目を見開いた。でも──心は、静かに頷いていた。


「はい。……こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」



それから一年。


レオンと私は正式に婚姻し、リシェリアは新たな学園でのびのびと生活している。彼女には数名の良き友人もでき、かつての“悪役令嬢”などと囁く者はいない。


「お母様、お父様がまた研究室に引きこもってるわよ」


「……まったく、あの人は……」


「でも、幸せそう。お母様も、ね」


リシェリアの笑顔は、私のすべてを癒してくれる。


かつて、モブでしかなかった私。蔑まれ、虐げられ、誰にも名前を覚えられなかった存在。


けれど今は、愛する家族に囲まれ、誰よりも幸せを感じている。


──もう、脇役なんかじゃない。


これは、私と娘が掴み直した、確かな“人生の主役”の物語。



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