第六節
もし死という概念が具現化されたとしたならば、目の前に立つ剣士がそれにあたるのだろう。
獅子を模したフルフェイスがダァトの頭を覆い、バイザーの隙間から覗く真紅の瞳は月光に照る鮮血のように輝き、内から湧き出る狂気と歓喜を焚べて燃え狂う。
「俺ぁさ、別に魔族とか魔物とか心底どうでもいいんだよね」
重々しい鋼の音が教会に響き、魔物に集まる血を踏み躙る。
「騎士連中はテメエのことを化外だとか化物って言うけどさ、俺ぁそう思わねぇよ? だってよ……価値があるんだからな魔物って奴にはさ。殺しても中々死なねぇし、どんな手を使えばいいのか試す価値がある。だから」
俺の実験台になってくれよ。地を蹴り、目にも止まらぬ速さで魔物に突進したダァトは黒の刃を目玉に突き刺し、狂ったような笑みを浮かべる。
「なぁ」
神速の斬撃が魔物を切り刻み、再生する暇も与えず、
「テメエはどうやったら死ぬんだ? 教えてくれよ……なぁッ!!」
肉塊と化した魔物から飛び出そうとした影の槍を逆に押し返し魔力を流し込む。
「折角なら魔族本体が出てきてくれりゃ良かったのになぁ? 魔物程度でがっかりだよ」
膨大な魔力が魔物に流れ込み、傷付いた身体が再生される。面白いとまた笑い、魔物を蹴り飛ばしたダァトはポーチに手を突っ込み幾つかの魔石を取り出す。
「魔力で回復か、成程ね。なら別の方法でならどうなる? やってみる価値はあるよな? テメエもそう思うだろ?」
魔物の前に魔石を放り投げ、ケタケタと笑ったダァトは実験動物を観察するような眼差しで長椅子の背に腰掛ける。殺すには惜しい相手だと言わないだけで。
「ダァトさん」
「ん? どうした? マリアンナ」
「魔力で回復するんですよね? アレ……魔物は」
「そうだな」
「魔石には術が込められている。違いますか?」
「正解だよ、花丸でもやろうか?」
「……どうして魔物に魔石を?」
「簡単に死なせない為かな」
「死なせない為?」
「そ、魔物ってのぁ大なり小なりこの世界に現れる異物なんだよね。魔界に住む魔族の触覚って言えばいいのかな? アレは影の魔族の触覚で、普通の人間じゃ結構手こずる魔物だよ」
「ダァトさんは大丈夫なんですか?」
「俺? あのねぇマリアンヌ、俺が魔物とか魔族を何体殺してきたと思ってんだ?」
「分かりません」
「んー……俺も途中で数えるの止めたから分かんねぇけど、千は超えてるね。確実に」
床を黒の刃でトンと叩き、無詠唱で断絶の陣を張ったダァトはマリアンヌを狙う影を払い除ける。
「……ダァトさん」
「どうしたよ」
「私に出来ることは……何かありませんか?」
「出来ることってもなぁ……そうだ、祈ってくれよ」
「祈る?」
「あぁ、俺の為に祈ってくれたら嬉しいな。男は単純でねぇ、可愛い子ちゃんに頼られたら舞い上がっちまうもんさ。だから笑って祈れよ、俺の為に」
こんな状況で何を祈れと言うのだろうか……。困惑するマリアンヌを他所に剣を担いで歩み出す。
「回復時間は三十秒、存在強度の劣化を確認、魔石の魔力だけじゃ完全回復は無理……と。生体魔力にだけ反応する魔物か、ガチで不完全なまま顕現しただけか……。まぁいいや、もっと試してみたい事があるんだ」
魔物の瞳がダァトへ向けられ、キリキリと蟲のような鳴き声をあげる。蠢く影から多種多様な武器を抜き、触手のような細い影を柄に這わせた魔物はダァトへ武器を射出する。
「面白くねぇし、芸もねぇ。こりゃぁアレだな、ある意味外れか?」
心臓を貫かれ、頭蓋骨が砕けようとも剣士の足は止まらない。濁音混じりの声を吐き、何も無かったと言わんばかりに突き刺さった武器を抜いたダァトは己に影に武器を喰わせ、深い溜息を吐く。
「どうしたよ、もっと芸を見せろ。その程度で不死者が倒せるとでも? 急所を突かれて死ねるなら……俺ぁ此処まで苦労してねぇんだよッ!! あぁ⁉」
白の刃が光り輝くと同時に聖光の鎖が魔物の肉体を刺し貫く。
「さーてと、お勉強の時間だマリアンヌ。魔物はどうやったら死ぬと思う?」
「……」
「ヒントは肉の中にある。例えばこうやって」剣を振り上げ、魔物へ手刀を叩き込んだダァトは臓腑を掻き分け肉を抉り「内臓の奥にある贄の心臓を潰せば第一段階完了だ」真っ赤な心臓を引っこ抜き、血を浴びながら握り潰す。
「魔物の殺し方ってのぁ料理と一緒だ。段階を踏んで正しく殺す。まぁ途中で暴走する奴もいるけど大体心臓を潰せば大人しくなるもんさ。生き物と一緒だな、うん」
暴れる魔物を影で串刺しにしたダァトは黒の刃で肉を丁寧に削ぎ、マリアンヌに見えやすいよう鎖で宙吊りにする。
「そんで次の段階なんだけど……暴れるなよ、殺すぞ? 悪いね、少し教育が必要みたいだからさ、目ぇ瞑ってて貰える?」
言われるがままに瞼を閉じ、ロザリオを握り締めたマリアンヌの耳に悍ましい叫び声が木霊する。殺してくれと泣き叫び、死にたくないと懇願するくぐもった声。薄目を開け、声の主である魔物を眼に映した少女は生唾を飲む。
暴発と圧縮を繰り返す千の槍が魔物に突き刺さり、腕を強引に齧らせ急速回復を促す黒い剣士。破裂しながら再生し、再生しては爆散する魔物に剣先で刻印術を施したダァトの目元は笑みを浮かべていた。真紅の瞳に激情を湛えながら、少しも崩れずに。
「よし! 目ぇ開けていいぞ、お話の結果魔物はお勉強に協力してくれるそうだからな」
「お話って……痛めつけることを言うんですか?」
「違うよ? お互いに解り合って」
「ダァトさんは、魔物を痛めつけていましたよね? それが貴男のお話なんですか?」
「……痛いところを突くのは母親譲りだなぁ。けど、悪いなマリアンヌ。それはそれで、これはこれだ。人間相手にはちゃんと話をするけどよ、魔物……それこそ人外に道理を求めちゃいけねぇ。お前さんのような人間なら尚更な」
「……」
「俺ぁお前さんが人間で、それも友達の子供だから助けるんだよ。赤の他人の子供でもなるべく手ぇ貸すけど、死んだら仕方ないと割り切るぜ? いいかいマリアンヌ、拾ってもいい命と捨てる命、それで世界は成り立ってんだ」
「ならその魔物は貴方にとって捨てる命なんですか?」
「そうとも、俺は捨てる前に再利用してるだけだ。なーんにも間違っちゃいねぇんだよ、俺ぁな」
マリアンヌの緋色の瞳がダァトを射抜き、その視線から逃れるように剣士は肩を竦める。
「じゃぁ聞くけどよ、お前さんはどうしたいんだ? 敵に情けをかけるのか?」
「情けを掛ける必要は無いと思います」
「へぇ」
「けど、必要以上に痛めつける必要も無いのでは? 殺すのなら殺し、生かすのなら見過ごす。それでいいかと」
「見逃した魔物が他人を殺してもいい、お前さんはそう言いたいんだな。冷たいねぇ」
「それはそれで、これはこれ。ダァトさんも言っていたじゃないですか、仕方ないって。だから情けを掛けずに殺すべきだと思います。仕方ないんですもん、命を拾えないのなら、後は捨てるだけ。違いますか? ダァトさん」
「違いねぇさ」
聖光の鎖を解き、魔物を地面に転がしたダァトは剣先で肉の間にある漆黒の玉を突く。
「見えるか? これが魔物の命、人間でいう心臓と脳だ」
「……」
「コレを壊せば魔物は死ぬし、元となった存在も消える。今回の場合は眷属、塵神父だな」
「神父様の意識は」
「殆ど残っちゃいねぇだろうさ、異界の門を開いた挙げ句魔物に食われちまったんだ。死にたくても死ねねぇし、生きていても自分が誰だか分からない。俺としてはお前さんの言う通り殺してやった方が人道的だと思うぜ?」
「元に戻す方法はあるんですか?」
「無いね、あれば教えて欲しいね俺もさ。で、マリアンヌよ」
「……はい」
「どうする? 俺ぁ色々と試したいことがあるから生かしてるけど、殺してやった方がいいと思うならお前さんが殺れ」
そう言ったダァトはロザリオに魔力を込め、マリアンヌの耳元で歪な笑みを湛えた。
 




