白山犬儒郎/ダーティ・ハリーごつこ
〈糸を取る天才少年繭を煮ず 涙次〉
【ⅰ】
* 白山犬儒郎は死んでゐる。カンテラの剣に掛かり殉職したのだ。だが彼の怨念たるや、相当なエネルギー體となつて、この人間界に殘つた。要するに、魔界へ行くでもなく冥府に墜ちるでもなく、幽冥界(煉獄)を漂つてゐた譯。
白山は生前、泥棒捕縛のプロフェッショナルとして、怪盗もぐら國王を追ふ事をライフワークとしてゐたのだが、いざカンテラに斬られてみると、やはりカンテラが憎い。幽冥界を行き來する警察関係者(特に殉職者)がする事と云へば、ありもしない罪を、人間界の者に引つ被せて、逮捕の眞似事をする、それに盡きる。彼は、カンテラの「罪」を追求してゐた。
* 当該シリーズ第164話參照。
【ⅱ】
白山は、* 在原成岸との一件を、カンテラの犯罪歴(カンテラは自分の氣の向く儘に、時としてイリーガルな事にも手を染める)からほじくり出して來た。自らの去就に関して、運氣を上げる源であつた【魔】を、必要無くなれば、カネづくで斬れ、と云ふ傲岸さにカンテラかちんと來て、在原を逆に斬つたのであつた。元は、杵塚の映像術の師匠であつた男だ。
* 当該シリーズ第84話參照。
【ⅲ】
‐これはれつきとした殺人罪だ。逮捕してくれやう! 幽冥界にある者が逮捕、は可笑しいが、本人至つてマジである。或ひは、ダーティ・ハリーの如く、俺の銃でカタを付けるか... 狂つた頭を抱へている、それは幽冥界で粘る(なかなか成佛しない)者には有り勝ちな事であつた。
さてカンテラ。前回覺えた【魔】への怒りが殘つてゐて、ぴりぴりしてゐる。白山の陰謀については、蛇の道は蛇、テオにはちやんと調べが付いてゐたのだが、カンテラ、冷靜になつて考へるべき案件である。少し、カンテラ(=外殻)に籠もつたのは正解だつた。
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〈さあらばよ勿論保障は付いてゐるそんな別れを誰がしたいか 平手みき〉
【ⅳ】
考えてみれば‐ 白山も、その銃も、ちつとも怖くはないのであつた。幽冥界にゐる者は、人を憑り殺す、と云ふ事はあるかも知れない、然し幾ら前世が刑事だつたからと云つて、ダーティ・ハリーごつこにわざわざ付き合つてやる必要もない譯だ。それは、当事者にとつての「夢」のやうな物なのだ。
カンテラ、「修法」の準備を整へた。今回は、敵とのコンタクトはじろさんに任せる。カンテラは、水鉄砲とフエィクの警察手帳を護摩壇に投げ入れた。そして呪文を唱へ、手で印を結ぶ。じろさん、カンテラの狙ひ通りに幽冥界に潜入し、白山との遭遇を待つた。
【ⅴ】
白山が現れた。じろさん、「此井だ。カンテラの代參で來た」。「何!? 本人はだうした?」‐「そんな事、あんたの知つたこつちやないだらう?」‐「在原成岸殺害の件には、貴様、関與してゐなからう。それでは困る」‐「あんた大分イカれてるやうだな。不憫だが」じろさん、自分に向けられた銃口に、指を指し入れた。白山が引き金を引いた- 暴發。さしもの白山の靈魂も、堪らず冥府へと墜ちて行つた...
【ⅵ】
「だうやら首尾よく行つたやうだな」。カンテラ、じろさんを人間界に帰らせた。「じろさん濟まんね。カネにもならんヤマを」‐「ま、いゝさ。いつか巡り巡つて、何らかの収入に結び付くだらうさ」
事實、後にその事を、「魔界壊滅プロジェクト」の担当官・仲本に話すと、「何故云つてくれないんだ、白山以下叛仲本派の起こした事件は、うちで統括するよ」と、金一封が出た。
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〈箱庭に侏儒見る父は龍之介 涙次〉
哀れなのは、誰なのか。白山か、それとも「仇」を取つて貰へぬ在原か。だがそれも皆、今となつては人外魔境の物語なのである。この話、取り敢へずこれを以て、終はりとする。それでは。