第二十三章:禁忌の扉、対決の予感
知識の番人が守っていた石碑の奥に現れた通路は、これまで以上に異様な雰囲気を漂わせていた。壁面には、血管のように明滅する光のラインが走り、空気そのものがビリビリとマナで帯電しているかのように感じられる。一歩足を踏み入れるごとに、身体の内なるマナが共鳴し、あるいは反発し、気を抜けば意識まで持っていかれそうなほどの圧力がかかる。
「…『始原の炉』に近づいている証拠だな。これほどのマナ奔流、尋常ではない」
ファエラルが、額に汗を滲ませながら言った。彼女ほどの熟練者でさえ、この環境は相当な負担となるらしい。俺は、谷での修練で培ったマナコントロール技術を総動員し、自身のマナの流れを必死で安定させながら、一歩一歩、慎重に進んだ。
この通路を守る仕掛けは、これまでの罠とは比較にならないほど巧妙かつ悪質だった。
特定のパターンで明滅する光のラインを正確なタイミングで通過しなければ、強力な衝撃波に襲われる。空間そのものが捻じ曲げられ、方向感覚を失わせる幻惑地帯。そして、俺たちの精神に直接干渉し、恐怖や後悔といった負の感情を増幅させてくる精神攻撃トラップ。
特に精神攻撃は厄介だった。俺の脳裏には、前世の灰色の記憶や、学院での惨劇、カイの負傷した姿などが、生々しく映し出される。一瞬でも気を許せば、その幻影に囚われ、立ち竦んでしまいそうになる。
「リアン! 惑わされるな! 全て幻だ!」
ファエラルの叱咤の声が、俺を現実へと引き戻す。俺は、歯を食いしばり、自らの目的――「今度こそ、生きるために」という誓いを強く念じることで、精神の平衡を保った。この試練は、単なる障害ではなく、俺自身の覚悟を試しているかのようだった。
通路の途中、俺たちは凄惨な戦闘の痕跡を発見した。破壊された古代の守護者の残骸。そして、それらに混じって、アルフォンスが使ったであろう強力な破壊魔法の跡と、複数の黒装束の亡骸――『黒曜の手』の構成員たちのものだ。興味深いことに、彼らの死因は、守護者や罠によるものだけではなく、明らかにアルフォンスの魔法によるものや、あるいは彼ら自身の仲間割れを示唆するようなものも含まれていた。
「…アルフォンスと黒曜の手、必ずしも一枚岩ではない、ということか」
ファエラルが、鋭い視線で痕跡を分析する。
「あるいは、黒曜の手はアルフォンスを利用し、最終的には始原の炉を横取りするつもりだったが、アルフォンスの力が予想を超えていたか…あるいは、炉の力に近づくにつれて、アルフォンス自身が、もはや誰の制御も受け付けない存在になりつつあるのか…」
どちらにせよ、状況はより複雑で、危険になっている。俺たちは、さらに警戒を強めて先を急いだ。
やがて、通路の行き着く先に、巨大な扉が見えてきた。
それは、この遺跡を建造した古代文明の、途方もない技術力の結晶と言えるものだった。黒曜石とも金属ともつかない、未知の素材で作られた巨大な両開きの扉。その表面には、無数の複雑な紋様が刻まれ、扉自体が、まるで生きているかのように、眩いばかりの光を明滅させながら、強大なマナで脈打っている。扉の向こう側から漏れ出してくるエネルギーは、これまでの通路で感じてきたものを遥かに凌駕し、肌を焼き、魂を圧迫するかのようだ。
(これが…『始原の炉』へと続く、禁忌の扉…!)
扉の前には、最後の守護者とも言うべき存在が立ちはだかっていた。それは、純粋なマナエネルギーで構成された、巨大な人型の光の巨人だった。物理的な攻撃はほとんど意味をなさず、その身から放たれる高密度のマナの奔流は、並の防御魔法など容易く貫通してしまう。
「…これは骨が折れそうだ」
ファエラルが剣を構え直し、俺を見た。
「リアン、策はあるか?」
俺は、光の巨人を冷静に観察する。巨人の攻撃は苛烈だが、その動きには、ある種のパターンが見られた。そして、その巨体故か、反応速度には僅かな遅延がある。さらに、巨人を構成するマナは強力だが、その流れには、一点だけ、極めて微細な「歪み」のようなものが感じ取れた。おそらく、それが制御の核、弱点だろう。
「師匠、援護をお願いします。俺があの巨人の核を狙います。…少し、無理をするかもしれません」
俺は、谷での修練で会得した、マナを極限まで圧縮し、一点に集中させて放つ技術――あのフォレスト・スピッターを仕留めた技を、今度は完全に制御下で行う覚悟を決めた。
ファエラルは、俺の意図を察したのか、短く頷いた。「…任せた。だが、しくじるなよ」
ファエラルが陽動を引き受け、巨人の苛烈な攻撃を紙一重で躱し続ける。俺は、全神経を集中させ、体内のマナを練り上げ、精密に、かつ急速に圧縮していく。身体の内側が軋む。だが、以前のような暴走の兆候はない。谷での鍛錬は、無駄ではなかった。
俺は、光の巨人のマナの流れの「歪み」――その一点に向けて、研ぎ澄まされたマナの矢を放った。
閃光。
そして、光の巨人は、一瞬動きを止めたかと思うと、その輪郭を保てなくなり、眩い光の粒子となって霧散していった。
…静寂。
俺は、消耗したマナを回復させようと、深く息をついた。
そして、俺たちは、改めて巨大な扉と向き合った。
扉の向こう側から、アルフォンスのものと思われる、禍々しく増大したマナの気配が、ひしひしと伝わってくる。そして、それと共に、始原の炉そのものが発する、圧倒的な、そしてどこか狂気を孕んだようなエネルギーの鼓動も。
(始まる…)
俺は、ファエラルと視線を交わした。言葉はなかったが、互いの覚悟は伝わったはずだ。
全ては、この扉の向こう側で決着する。
俺は、杖を強く握りしめ、禁忌の扉へと、一歩踏み出した。
対決の時は、来たのだ。




