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第二十一章:罠と守護者、遺跡の洗礼

地平線に蜃気楼のように揺らめいていた巨大な建造物の残骸は、近づくにつれて、その異様な姿を露わにした。風化し、崩れかけた石造りの壁。天を突くように聳えていたであろう塔の残骸。そして、その中心部へと誘うかのように開いた、巨大な亀裂のような入り口。周囲には、生命の気配が希薄で、ただ乾いた風と、遺跡から漏れ出す、濃密で、どこか淀んだ古代のマナの気配だけが漂っていた。


「…ここが入り口か」

ファエラルが、鋭い目で亀裂の奥を窺う。

「新しい足跡があるな。間違いない、アルフォンスはここに入った。そして…おそらく、『黒曜の手』の連中も、後を追っているか、あるいは先回りしているか…」


俺もマナを探る。内部からは、複雑に絡み合った魔力の流れと、明らかに人工的なマナのパターン――罠や結界の類だろう――が感じ取れた。そして、それらに混じって、新しい人間のマナの痕跡も。


「気を引き締めろ、リアン。ここからは、一歩間違えれば死ぬぞ」

ファエラルの言葉に、俺は無言で頷いた。


俺たちは、亀裂の中へと足を踏み入れた。内部は、想像していたよりも広大な空間が広がっていた。外光はほとんど届かず、薄暗い。空気はひんやりとしていて、埃と黴、そして形容しがたい、古い時間の匂いがした。壁や床には、見たこともない幾何学的な文様が刻まれており、それ自体が微弱なマナを放っている。


「俺が先行する。貴様は後方でマナを探り、罠や異常があればすぐに知らせろ」

ファエラルの指示に従い、俺は神経を集中させる。谷での修練のおかげで、以前よりも格段に精密に、広範囲のマナを探れるようになっている。


「待ってください、師匠。その先、床の一部にマナの流れが不自然に集中しています。おそらく感圧式の罠です」

「…ほう。よく気づいたな」

ファエラルは、俺の指摘した箇所を慎重に避け、あるいは特殊な道具で一時的に罠を無力化しながら進んでいく。通路の壁から突然矢が飛び出してきたり、特定の文様に触れると幻影が見えたり、足元の床が突然抜け落ちそうになったり。古代の罠は、巧妙かつ悪質で、一瞬たりとも気が抜けなかった。


進むにつれて、アルフォンスが通った痕跡も、より明確になっていった。通路の壁には、強力な魔法で無理やり破壊されたような跡がある。床には、焼け焦げたような染みや、争ったような形跡も。そして、時折、黒装束のまま息絶えている人影を発見することもあった。『黒曜の手』の追跡者たちだろう。彼らは、アルフォンスが突破した罠にかかったのか、あるいはアルフォンス自身によって始末されたのか。彼のなりふり構わぬ進み方が窺える。


やがて、俺たちは、広大な円形の広間のような場所に出た。天井は高く、中央には祭壇のようなものが置かれている。そして、その祭壇を守るかのように、広間の四隅に、巨大な石像が鎮座していた。鎧を纏った騎士のような姿だが、そのデザインは、俺の知るどの様式とも異なっていた。


俺たちが広間に足を踏み入れた瞬間、空気が震えた。石像の目が、不気味な赤い光を灯す。ゴゴゴゴ…という重い音と共に、石像がゆっくりと動き出したのだ。


「…やはり出たか。遺跡の守護者だな」

ファエラルが剣を構える。

「リアン、援護しろ! こいつらは、ただの石人形ではないぞ!」


四体の守護者は、それぞれが異なる武器――大剣、戦斧、長槍、そして巨大な盾――を手に、俺たちに向かってきた。その動きは、石でできているとは思えないほど滑らかで、かつ重厚。並の物理攻撃は、その頑強な身体には通用しそうにない。


一体が、ファエラルに大剣を振り下ろす。ファエラルは、それを俊敏な動きで躱し、剣で反撃するが、硬い石の表面には火花が散るだけで、深いダメージは与えられない。

「くそっ、物理攻撃が効きにくいか!」


俺は、後方から守護者の動きを観察し、弱点を探る。マナの流れは…? 体の中心部、おそらく動力源となっているであろう場所に、特に強いマナの反応がある。だが、そこは分厚い装甲で守られているようだ。


(…関節部はどうか?)

動きをよく見ると、関節の隙間だけ、マナの反応がやや薄い。そこを狙えば…!


「師匠! 関節部です! そこを狙ってください!」

俺は叫びながら、守護者の一体の足元に氷の魔法を放ち、動きを鈍らせる。同時に、別の守護者が振りかざした戦斧を、風の障壁で受け流す。


ファエラルは、俺の言葉に即座に反応した。彼女は、守護者の攻撃を紙一重で躱しながら、懐に飛び込み、剣を逆手に持って、正確に関節の隙間を突き刺した。

ギャリッ、という嫌な音と共に、守護者の動きが明らかに鈍る。


「よし!」

俺も、他の守護者の注意を引きつけながら、同様に関節部を狙って、圧縮したマナの矢を放つ。谷での訓練の成果だ。以前よりも格段に速く、正確に、そして威力のある一撃を放てるようになっている。


俺とファエラルの連携によって、守護者たちは一体、また一体と動きを鈍らせていった。しかし、完全に破壊するには至らない。再生能力があるのか、あるいは中枢が無事な限り動き続けるのか。


「…埒が明かんな。リアン、奴らの中枢を直接叩く!」

ファエラルが決断する。

「俺が奴らの注意を引きつける。貴様は、全力で一体ずつ、あの胸部のコアを破壊しろ! できるな?」

「…はい!」


ファエラルが、目眩く剣技で三体の守護者を引きつける。その隙に、俺は残る一体に全神経を集中させた。防御を捨て、最大の威力で、一点突破を狙う。

あの日の、力の奔流ではない。制御下に置かれた、極限まで練り上げられたマナ。


俺は、杖先に白光を収束させ、守護者の胸部コア目掛けて解き放った。

閃光。

そして、守護者の動きが完全に停止した。胸部のコアがあった場所には、大きな穴が空き、そこから砂のように崩れ落ちていく。


残る三体も、俺とファエラルの連携で、同様にコアを破壊し、沈黙させた。


広間に、再び静寂が戻る。俺は、消耗したマナと、戦闘の緊張感で、肩で大きく息をしていた。ファエラルも、額に汗を浮かべている。


「…ふう。なかなかの『洗礼』だったな」

ファエラルが、皮肉っぽく言った。

「だが、これで確信した。アルフォンスの狙いは、この遺跡のさらに奥深く…おそらく、この遺跡の動力源、あるいは、ここに封じられているであろう『何か』だ」


俺たちは、倒れた守護者を調べ、祭壇に残された微かな痕跡を探る。アルフォンスは、確かにここを通り、さらに奥へと進んだようだ。


遺跡の洗礼は、まだ始まったばかり。

罠と守護者を乗り越えた先に、一体何が待ち受けているのか。

俺たちは、警戒を強めながら、遺跡の深部へと続く、新たな通路へと足を踏み入れた。

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