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第十六章:力の奔流、制御への道

ファエラルと共にラドクリフの街を後にしてから、幾日かが過ぎた。俺たちは、街道を外れ、次第に険しくなる山道や、鬱蒼とした森の中を、ただひたすらに歩き続けた。ファエラルの歩みは驚くほど速く、そして疲れを知らないようだった。俺は、まだ完全には回復しきっていない身体と、不安定なマナの揺らぎに耐えながら、必死にその後を追った。


この旅路そのものが、既に新たな訓練の一部であった。

「おい、リアン。この足跡の主は?」「昨晩の雨量から、川の水位の変化を予測しろ」「周囲に潜むマナの気配を拾え。数は? 属性は?」

ファエラルは、歩きながらも、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。答えに詰まったり、間違えたりすれば、「それでもあの修羅場を生き延びた男か? 運が良かっただけだな、この駑馬が!」といった、お決まりの罵声が飛んでくる。それは、学院での座学や訓練場の稽古とは全く違う、実践的で、五感を研ぎ澄ますことを要求される、過酷な学びだった。


やがて、俺たちは、地図にも載っていないような深い森の奥、苔むした巨岩と古木に囲まれた、小さな谷間に辿り着いた。谷の中心には、不思議なほど澄んだ水を湛える泉があり、周囲には、他の場所よりも明らかに濃密なマナが漂っているのを感じた。


「ここが、貴様の新たな修練場だ」

ファエラルは、周囲を見回しながら言った。

「ここは、古くから『力の泉』と呼ばれている場所だ。地脈からのマナが地表近くに湧き出しており、マナの制御訓練には最適だ。…もっとも、下手をすれば、そのマナに呑まれて暴走する危険もあるがな」

彼女の言葉には、いつもの辛辣さに加え、微かな警告の色が滲んでいた。


その夜、焚火を囲みながら、ファエラルは改めて、俺があの戦いで使った力の危険性について語った。

「いいか、リアン。貴様があの時引き出した力は、例えるなら、堰を切った濁流のようなものだ。凄まじい威力はあるが、いつどこへ向かうか分からず、使い手自身をも呑み込みかねない、極めて不安定で危険な代物だ」

彼女の緑色の瞳が、真剣な光を帯びて俺を見据える。

「今の貴様は、その力の奔流を、かろうじて川岸から眺めているに過ぎん。再び同じことをすれば、今度こそ確実に破滅するだろう。貴様に今必要なのは、更なる威力ではない。その荒れ狂う流れを、意のままに導き、操るための『制御』の技術だ。それを、骨の髄まで叩き込んでやる」


翌日から、想像を絶する過酷な訓練が始まった。

それは、決して派手な魔法の撃ち合いなどではない。むしろ、地味で、忍耐力を極限まで要求されるものだった。


まずは、瞑想。泉のほとりに座し、ただひたすらに、自分の中のマナの流れを感じ、安定させることに集中する。だが、俺のマナは、あの戦いの後遺症で、常に微細に波立ち、時折、予期せぬ奔流となって暴れ出そうとする。それを抑え込むだけで、全身の神経がすり減るような感覚だった。ファエラルは、そんな俺の様子を容赦なく観察し、「雑念が多い」「集中が足りん」と叱咤した。時には、瞑想中にわざと小石をぶつけてきたり、冷水を浴びせかけてきたりすることもあった。


次に、精密制御の訓練。木の葉を空中で静止させ続ける。水面に波紋を立てずにマナを流し込む。指先に集めたマナで、針の穴を通すかのような精密な作業を行う。どれも、僅かなマナの揺らぎも許されない、神経をすり減らす作業だった。失敗すれば、ファエラルから鉄拳(文字通りの意味だ)が飛んでくるか、あるいは「そんなこともできん奴が、大きな力など扱おうと思うな!」という罵倒が浴びせられた。


もちろん、基礎体力の向上訓練も、以前にも増して厳しくなった。険しい山道を駆け上がり、重い岩を運び、滝に打たれながらマナを練る。ファエラル曰く、「強大なマナを制御するには、それを支える強靭な肉体と精神が不可欠だ」とのことだった。


(…キツい…)


何度も心が折れそうになった。マナは思うように安定せず、精密作業は失敗ばかり。身体は常に疲労困憊で、ファエラルの罵声が耳から離れない。あの戦いのフラッシュバックが、集中力を削ぐこともあった。


(本当に、俺にできるのか…? この、荒れ狂う力を…)


弱音が、胸の中で渦巻く。

だが、その度に、俺は思い出す。カイの苦悶の表情。アルフォンスの狂気。そして、自らが選び取った、この力の代償を。


ある時、いつものように木の葉を空中で静止させる訓練をしていた。何度も失敗し、マナの揺らぎに苛立ちを覚えていた時、ふと、ファエラルの言葉が頭をよぎった。『――流れに逆らうな。受け入れ、そして導け』


俺は、マナの揺らぎを無理に抑え込もうとするのではなく、その揺らぎ自体を、木の葉を浮かせる力の一部として利用するイメージを試みた。すると、どうだろう。今まであれほど不安定だった木の葉が、ピタリ、と空中で静止したのだ。ほんの数秒の出来事だったが、それは確かな手応えだった。


(…これか…!)


力の奔流を、無理に堰き止めるのではない。その流れを読み、受け入れ、そして自らの望む方向へと、巧みに導いていく。それが、制御の本質なのかもしれない。


ファエラルは、何も言わなかった。だが、その口元に、ほんの一瞬だけ、微かな笑みが浮かんだのを、俺は見逃さなかった。


道は、まだ遥かに遠い。俺の中の力の奔流は、依然として荒々しく、危険なままだ。

だが、俺は、その制御への確かな一歩を、今、踏み出したのだ。


この静かな谷間で、俺は自分自身と向き合い続ける。

師の厳しい指導の下、傷つき、もがきながらも、自らが解き放ってしまった力の奔流を、真に己がものとするために。


それは、俺が「今度こそ、生きるために」選んだ、長く、険しい道のりの始まりだった。

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