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第十五章:師の再来、新たな道

王立学院を襲った未曽有の事件から、ひと月が経とうとしていた。俺の身体の傷は、ヒーラーたちの尽力もあって、ほぼ完治と言っていい状態まで回復していた。しかし、マナ回路に刻まれた負荷の痕跡や、あの戦いで負った精神的な傷――そして、自ら選び取った力の代償は、そう簡単には消え去るものではないことを、俺自身が一番よく理解していた。


学院は、現在、機能停止状態にあった。破壊された校舎の修復作業が続けられ、授業は無期限で中断。多くの生徒が故郷へ一時帰郷する中、俺のように帰るべき場所が遠方であったり、あるいは俺のように身寄りのない(と思われている)者は、学院の寮に残り、先の見えない日々を過ごしていた。カイもまだ療養中で、以前のように気軽に話せる機会も減っていた。マーカスとは、あの日以来、顔を合わせてもぎこちない会釈を交わす程度で、以前のような険悪な雰囲気は薄れたものの、新たな関係性を築くには至っていない。


俺は、来る日も来る日も、基礎的なマナ循環の訓練と、あの日使った力の反動を抑えるための瞑想に時間を費やしていた。同時に、図書館に通い、今回の事件の背景にあるであろう「影」――貴族間の派閥争いや、禁術に関する情報を、断片的にでも集めようと試みていた。だが、学院自体が混乱している今、得られる情報は限られていた。


(これから、どうすべきか…)


焦燥感にも似た感情が、胸の中で燻っていた。このまま学院の再開を待つべきか。それとも、自ら行動を起こすべきか。だが、今の俺には、情報も、後ろ盾も、そして何より、あの力を完全に制御する術もない。


そんな考えに沈んでいた、ある日の午後。

何の気配もなかったはずの俺の部屋(療養中の生徒に与えられた個室だ)に、突如として人影が現れた。


「…ふん。思ったより早く回復したようだな、駑馬」


その声には、聞き覚えがありすぎた。振り返ると、そこには、腕を組み、いつも通りの不機嫌そうな顔で、しかしどこか鋭い観察眼を光らせて俺を見つめる、エルフの姿があった。


「…師匠!? なぜここに…」

「なぜ、だと? 弟子が死にかけて大立ち回りを演じたと聞けば、様子を見に来るくらい当然だろうが。…全く、目を離すとこれだ」

ファエラルは、ため息混じりに言いながら、俺の身体を頭のてっぺんから爪先まで、値踏みするように眺めた。

「…見せてみろ」

有無を言わさぬ口調で、彼女は俺のマナの流れを探り始めた。その指先が俺の身体に触れた瞬間、鋭い痛みが走ると同時に、体内のマナが彼女のそれに反応して乱れるのが分かった。

「…ほう。無茶苦茶な使い方をしおったな。マナ回路はズタズタ、おまけに妙な負荷がかかったままだ。よく廃人にならなかったものだ」

忌々しげに呟きながらも、その評価は的確だった。

「だが…同時に、お前の限界を超えた領域に、無理矢理にではあるが、片足を突っ込んだのも事実か。皮肉なものだな」


ファエラルは、しばらくの間、俺の状態を黙って診ていたが、やがて結論を下した。

「リアン。今の貴様には、この学院は生温すぎる。いや、むしろ危険ですらある」

「…どういう意味ですか?」

「貴様のその不安定な力は、諸刃の剣だ。制御できねば自滅する。そして、その力を制御する術は、ここにはない。おまけに、貴様は今回の件で、妙な連中に目をつけられた可能性が高い。これ以上ここに留まるのは得策ではない」

ファエラルの言葉は、俺が漠然と感じていた不安を、的確に言い当てていた。

「…というわけで、貴様は俺と来い」

「え…?」

「聞こえなかったのか、この朴念仁! 貴様の新たな訓練を開始する。今度は、今までのような生易しいものではないぞ。覚悟を決めろ」


それは、拒否権のない決定だった。だが、俺自身、このまま停滞しているわけにはいかないと感じていた。ファエラルについていくことが、今の俺にとって最善の道なのかもしれない。


俺は、カイに別れを告げに行った。彼は驚きながらも、「お前なら大丈夫だ。…また、必ず会おう」と力強く言ってくれた。マーカスには会えず仕舞いだったが、それでいいのかもしれない。両親には、ファエラルが連絡を取ってくれるという。


荷物は少ない。着替えと、数冊の本、そして杖だけだ。俺は、破壊された校舎が痛々しい学院の門を振り返った。多くのことを学び、経験し、そして失った場所。だが、感傷に浸っている暇はない。


俺は、ファエラルの後に続き、ラドクリフの街を出た。

「師匠、どこへ行くんですか?」

「黙ってついてこい。着けばわかる」

ファエラルは、それ以上何も答えなかった。ただ、彼女の横顔には、以前にも増して厳しい覚悟のようなものが滲んでいる気がした。


これから始まるのは、おそらく、今までの訓練とは比較にならないほど過酷な道のりだろう。俺が向き合わなければならないのは、自身の不安定な力、そして、この世界のより深い闇なのかもしれない。


不安がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に、新たな道を歩み出すことへの、確かな決意があった。

灰と瓦礫の中から立ち上がり、再び前へ。


今度こそ、後悔しないために。今度こそ、生きるために。

俺は、師であるエルフと共に、未知なる修練の旅路へと、その第一歩を踏み出した。

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