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第十四章:今度こそ、生きるために

次に俺が意識を取り戻したのは、見慣れない白い天井の下だった。身体の節々が軋むように痛み、特にマナを暴走させた反動か、内側から焼け付くような倦怠感が酷い。肩には包帯が巻かれ、あちこちに細かな傷の手当がされているのが分かった。


(…俺は、助かったのか…)


朦朧とする意識の中で、あの深紅の空の下での死闘が断片的に蘇る。カイの苦悶の表情、マーカスの叫び、アルフォンスの憎悪に満ちた瞳、そして自ら放った、限界を超えた一撃。


「気が付かれましたか、リアン君」


穏やかな声に視線を向けると、そこには学院の医療棟に勤める、年配の女性ヒーラーが立っていた。彼女は、俺の容態を確認しながら、状況を簡潔に説明してくれた。


あの日、学院を襲ったのは、アルフォンスを中心とする過激派の生徒及び、それに与する一部の学院関係者だったこと。彼らは、禁断の召喚術と古代魔法を用いて、学院の転覆、ひいては現体制の打倒を目論んでいたこと。学院側の抵抗により、多数の犠牲を出しながらも、最終的には鎮圧されたこと。主犯格のアルフォンスは、右腕を失いながらも、腹心数名と共に逃亡したこと。そして、俺が気を失ってから、三日が経過していること…。


「多くの生徒、職員が負傷し…残念ながら、命を落とした者も少なくありません。学院の建物も、甚大な被害を受けました」

ヒーラーは、痛ましげに顔を曇らせた。

「ですが、リアン君。君たちの勇気ある行動がなければ、被害はさらに拡大していたでしょう。…よく、戦ってくれました」


その言葉は、しかし、俺の心に複雑な感情をもたらしただけだった。勇気? 俺にあったのは、ただ、友を失いたくないという必死さと、生き残りたいという本能だけだ。そして、そのために、俺は禁忌に触れ、一線を超えた。


数日後、少し動けるようになった俺は、同じく医療棟で療養しているカイの元を訪れた。彼の脇腹の傷は深く、まだベッドから起き上がることはできなかったが、幸い命に別状はないとのことだった。


「…リアン」

俺の顔を見ると、カイは安堵と、少し気まずそうな表情を浮かべた。

「…すまなかったな、俺のせいで、あんな無茶をさせて…」

「気にするな。俺が勝手にやったことだ。それより、無事でよかった」

俺たちの間に、多くの言葉は必要なかった。共に死線を潜り抜けたという事実は、以前にも増して、俺たちの絆を強く結びつけているようだった。


意外なことに、マーカスも見舞いにやって来た。彼は、どこかぎこちない様子で、果物の籠を差し出した。

「…その、なんだ。…あの時は、まあ…お前がいなければ、俺もどうなっていたか分からん。…借りは、いずれ返す」

それだけ言うと、彼はそそくさと病室を出て行った。彼のプライドがそうさせるのだろう。だが、その言葉と態度には、以前のようなあからさまな敵意は感じられなかった。あるいは、あの戦いを通じて、彼の中でも何かが変わったのかもしれない。


身体の傷は、優秀なヒーラーたちの治療と、俺自身の回復力(あるいはマナの影響か)によって、驚くほど速やかに癒えていった。だが、心に刻まれた傷痕は、そう簡単には消えそうにない。


一人、部屋で過ごす時間が増えた。あの戦闘、自分が振るった力、アルフォンスの狂気、失われた命。それらが、繰り返し頭の中を巡る。力を求めた結果がこれなのか? これからも、俺は誰かを傷つけ、あるいは命を奪いながら生きていくのか?


(…それでも)


俺は、窓の外を見た。襲撃によって一部が崩れた校舎が見える。だが、その向こうには、以前と変わらない青空が広がっていた。

前世で、俺は何も成さず、何も守れず、ただ後悔の中で死んだ。

だが、今は違う。俺には守りたいものがある。温かい家族、信頼できる友人。たとえこの手が血に濡れようとも、彼らを失うわけにはいかない。


(『今度こそ、生きるために』)


生まれ変わった時に立てた誓い。その意味が、今、少しだけ変わった気がした。

それは、ただ後悔なく生きる、という自己満足ではない。この過酷な世界で、大切なものを守り抜き、自らの足で立ち、責任を背負って生き抜くこと。たとえその道が、どれほど険しく、血塗られていようとも。


肩に残る、魔法による火傷の痕に触れる。

マナ回路を酷使した後遺症も、まだ完全には消えていない。

これらは、俺が選び取った力の代償であり、あの日の決意の証だ。


学院は、しばらくの間、閉鎖されることになった。今後の体制や授業がどうなるかは、まだ分からない。逃亡したアルフォンスや、その背後にいるであろう「影」の存在も、依然として脅威だ。


俺は、どうすべきか。

このまま学院に残るのか。あるいは、別の道を模索するのか。

ファエラルなら、何と言うだろうか。


答えは、まだ見えない。

だが、迷っている時間はない。


俺は、ゆっくりとベッドから立ち上がった。まだ少し痛む身体に鞭打ち、窓辺に立つ。

深呼吸を一つ。


道は、これから俺自身が切り開いていくしかない。

傷痕を抱えて、それでも前へ。


今度こそ、生きるために。


俺の二度目の人生の、本当の意味での戦いは、まだ始まったばかりなのだ。

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