表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

第十一章:成長の代償

あの森での一件以来、俺の訓練への取り組み方は、明らかに変わった。以前のような、漠然とした強さへの憧れや、ライバルへの対抗心だけではない。もっと切実な、生き残るため、そして守るべきものを確実に守り抜くための、冷徹なまでの渇望が俺を突き動かしていた。


その変化は、結果となって現れ始めた。

魔法実技の試験では、同学年では群を抜く精密なマナコントロールと、課題に対する効率的なアプローチが評価され、首席の成績を収めた。苦手だった剣術も、ガイル先生から「以前の鈍重さが消え、動きに無駄がなくなった」と、珍しく評価の言葉をもらえた。対人模擬戦でも、以前のような迷いは消え、相手の弱点を的確に突く、冷徹なまでの戦いぶりを見せるようになっていた。


「すごいな、リアン! 最近また腕を上げたじゃないか。魔法理論のレポートも完璧だったって、先生が褒めてたぞ!」

友人のカイは、手放しで俺の成長を喜んでくれた。魔法理論の老教授も、俺を個別に呼び出し、「君の探求心には目を見張るものがある」と、通常は上級生にしか閲覧が許されない書庫への立ち入りを特別に許可してくれた。それは、素直に嬉しいことだった。


だが、光が強まれば影も濃くなる。俺の急成長は、当然ながら、他の生徒たちの注目を集めることになった。そしてその注目は、必ずしも好意的なものばかりではなかった。


「…ちっ、またあの平民か」

「最近、妙に目立ってるわね…何か特別なことでもしてるのかしら?」

「調子に乗るなよ、田舎者が…」


特に、マーカスをはじめとする一部の貴族生徒たちの敵意は、以前にも増して露骨なものになった。模擬戦で俺に敗れたマーカスは、公衆の面前で「平民風情が、卑怯な手を使いおって!」と罵声を浴びせてきたし、些細なことで因縁をつけられることも増えた。幸い、カイが間に入ってくれたり、俺自身が冷静に対処したりすることで、大きな騒ぎには至っていないが、常にピリピリとした緊張感が付きまとうようになった。


それは、友人であるはずのカイとの間にも、微妙な距離感を生み始めていた。俺が訓練や自習に没頭する時間が増え、以前のように他愛ない話をする機会が減ったせいもあるだろう。だが、それ以上に、俺の内面が変わりつつあることを、カイも感じ取っているのかもしれない。


「なあ、リアン。お前、最近…少し怖いぞ」

ある時、カイがぽつりと言った。彼の目には、心配と、ほんの少しの戸惑いが浮かんでいた。俺は、うまく言葉を返すことができなかった。俺自身、自分がどう変わってしまったのか、まだ整理がついていなかったからだ。


さらに厄介なことに、俺の成長は、学院の水面下で蠢く「影」の住人たちの注意をも引いたようだった。


ある放課後、俺は上級生の男子生徒に呼び止められた。彼は、有力な侯爵家の嫡男で、学院内でも大きな派閥を率いていると噂される人物だ。

「君がリアン君だね? 君の活躍は聞いているよ。素晴らしい才能だ」

彼は、にこやかな笑顔を浮かべていたが、その目は笑っていなかった。

「もし君さえよければ、我々が後ろ盾になろう。君ほどの才能なら、我々と共に歩めば、より大きな舞台で活躍できるはずだ。…どうかな?」


それは、明らかに派閥への勧誘だった。俺は、「身に余るお話ですが、今は学業に専念したいので」と、丁重に、しかしきっぱりと断った。上級生は、一瞬だけ不快そうな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り、「そうか、残念だ。だが、気が変わったら、いつでも声をかけてくれたまえ」と言い残して去っていった。


またある時は、自室に戻ると、机の上に置いていた研究ノートが、僅かに位置が変わっていることに気づいた。気のせいかもしれない。だが、あの森での一件以来、俺は些細な変化にも敏感になっていた。誰かが、俺の動向を探っている…?


そして決定的な出来事が起こった。夜、書庫から寮へ戻る途中、普段は使われない古い倉庫の近くを通りかかった時だ。中から、微かな話し声と、奇妙なマナの波動が漏れ聞こえてきた。俺は咄嗟に身を隠し、息を潜めて様子を窺った。


扉の隙間から見えたのは、数人の生徒…いや、中には学院の職員らしき人物も混じっている。彼らは、床に描かれた複雑な魔法陣を囲み、何かを詠唱していた。魔法陣からは、禍々しい黒い靄のようなものが立ち上っている。


(…あれは、禁術か…!?)


背筋が凍るような感覚に襲われた。彼らが何をしようとしているのかは分からない。だが、それが公にはできない、危険な儀式であることは明らかだった。俺は、気づかれる前に、音を立てないようにその場を離れた。


部屋に戻っても、心臓の鼓動は収まらなかった。

あれは、一体何だったのか。学院の中で、あんなことが行われている? 俺が垣間見たのは、氷山の一角に過ぎないのではないか?


俺は、改めて思い知らされた。成長すること、力をつけることには、必ず代償が伴うのだと。それは、妬みや敵意だけでなく、時には、望まぬ注目や、危険な領域への接近をも意味する。


力を求めたのは、俺自身だ。ならば、この代償も、俺自身が支払わなければならない。

もはや、ただの生徒として過ごすことは許されない。俺は、この学院の光と影、その全てを見据え、自らの道を切り開いていかなくてはならないのだ。


窓の外では、冷たい風が唸りを上げていた。

俺は、これから直面するであろう更なる困難を予感しながらも、心の奥底で、より一層強く、硬質な決意が固まっていくのを感じていた。成長の代償は、決して軽くはない。だが、俺はもう、立ち止まるわけにはいかないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ