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不穏な噂

 トウテツが消滅しても尚、俺はその場に立ち尽くしていた。


「……今の、俺がやったんだよな」


 呟き、ゆっくりと視線を落とす。

 眼下にはトウテツの体内に宿っていた魔核(コア)が転がっている。

 握り締めた短剣には、奴を仕留める際に付着した血が僅かに残っていた。


「ははっ、信じらんねえ……。第一級(ファースト)一体を狩るのにも苦労していた俺が、こうもあっさりと第二級(セカンド)を倒したとかあり得ねえだろ」


 つい乾いた笑いが込み上げる。


 確かに俺がこの手でトウテツを討伐した。

 それは間違えようのない事実だ。

 なのに、その実感がちっとも湧いてこない。

 想定外のことが立て続けに起こったからだろうか。


「つーか、マジでどうなってんだ。俺の身体……」


 格段に向上した魔力出力と剣捌き。

 自分で言うのもなんだが、昨日までの俺とは別人レベルだ。


 人の成長は時に階段を上がるような曲線を描くというが、これはそれとは違う。

 なんというか……あまりにも急激に成長し過ぎている。

 まるで本来、経験するべき過程を数段すっ飛ばしているような——。


「……いいや。今、色々考えたって仕方ねえ」


 理由がどうであれ、強くなったのならありがたく利用するまでだ。

 正体不明の力だからといって使わずにいたら、何も成せずに野垂れ死ぬだけだ。


「このまま終わってたまるかよ——絶対に……!」


 刀身に付いた血を振り払って落とした後、短剣を鞘に納め、森の奥へと進むことにした。




   *     *     *




 街に戻る頃には、街並みは夕焼けに染まっていた。

 家を出た時は、とりあえずの飯代だけ稼いでさっさと切り上げよう、程度にしか考えていなかったはずなのに、気づけばこんな時間になっていた。

 そのせいで現在、俺は猛烈な空腹に襲われていた。


「やべえ、ガチ腹減った……。いい加減、何か食わないと死ぬ……!」


 昨日からろくに飯も食わず、挙句に朝っぱらからずっと動き回っていれば当然の帰結ではある。

 まあでも、これだけ魔核(コア)があれば、今度こそたらふく飯を食えるはずだ。


 魔核を詰め込んだ布袋を片手に、街の中心部にある冒険者ギルドの中に入る。

 建物の中は既に多くの冒険者で溢れており、併設された酒場では一日の疲れを労う宴が開かれていた。


 騒ぐ彼らを横目にカウンターに向かえば、受付嬢のリィンさんが俺を見るなり大きく目を見開いた。


「え……ええっ、ヴィルムくん!?」


「よっ、リィンさん。魔核の換金に来たぜ」


「換金って……もう動いて大丈夫なの? 昨日、あれだけ酷い怪我をしたばかりだっていうのに……」


「呑気に休んでられるほど懐に余裕が無いもんでな。それになんでか知らないけど、朝から身体の調子がすこぶる良かったおかげでバリバリ動けたし」


 証拠に、ほら。

 言って、魔核の入った袋をカウンターに置き、リィンさんに差し出す。


 リィンさんは俺を訝しんでいたが、袋の中を覗いた途端、愕然としながら俺を見返した。


「えっ、何、この量……!? それに第二級(セカンド)の魔核も混じってる……! 本当にヴィルムくんがこれを……?」


 困惑を隠せないでいるリィンさん。

 昨日までろくに魔核を集めることが出来なかった人間が、いきなり普段の数倍——しかも、病み上がりで——の成果を上げたとなれば、当然の反応だろう。


 まあ、普通はそうなるよな。

 自分でやっておいて、俺だって未だに半信半疑だし。


 けれど——、


「——ああ。正真正銘、俺がこの手で集めた」


 トウテツを倒せたのは、偶然ではなかった。


 あの後もトウテツを含めた第二級(セカンド)の魔物と何度か遭遇したが、いずれも討伐に成功した。

 途中、幾つか小さな傷を負いこそしたものの、昨日の怪我と比べれば、ほぼ無傷で切り抜けたと言っても過言では無い。


 森での出来事を振り返っていれば、リィンさんがどこか心配そうにこちらを見つめていた。


「ねえ、ヴィルムくん……その、何か変なことに手を出したり、巻き込まれたりしてないよね? いくら何でも、いきなり強くなり過ぎだよ」


「だよなあ。やっぱりそう思うよな。でも、なんでこうなったのか俺にもよく分からねえんだよ。……一応、心当たりがないわけじゃないけど」


 ——黒紫の仮面。


 何かと理由をつけて後回しにしていたがけど、そろそろ本腰を入れて調べないとだよな。

 冒険者ギルドに来たのは、仮面に関する手がかりを見つける為でもあった。


「……なあ、リィンさん。仮面を持ち歩く美女について何か知らないか?」


 単刀直入に訊ねれば、リィンさんはきょとんと小首を傾げる。


「仮面を持ち歩く……美女?」


「昨日、帰る途中に遺跡群の中で出会ったんだよ。白い髪で黒紫色の仮面を腰に引っ下げていた美女に。確証は無いが、俺に何かあったとしたら多分、そいつが原因だと思う」


 ギルドは多くの人が出入りする関係上、情報収集の場としてもよく利用される。

 建物内に酒場が併設されているのも、冒険者同士の交流を活発にして横のつながりを強め、情報不足による不慮の事故を減らす狙いもあるという。


「……うーん、聞いたことないなあ。仕事柄、それだけ目立つ人がいれば、自然と耳に入ってくるんだけど……。ごめんね、力になれなそうになくて」


「そうか。となると……他所から来たばかりの人間って可能性が高い、か」


 俺が暮らしているこの街——辺境都市エルムニアは、二つの大国と隣接している。

 どちらも雄大な自然によって国境が隔たれている為、大規模な集団を率いての往来は殆ど無いが、小さな街道を通じての交易は定期的に行われている。

 なので他国から人や物資が流れ込んでくることはそう珍しいことではない。


 リィンさんでも分からないとなると、現状、彼女に関する手がかりは掴めそうにないな。




 暫くして、換金が完了した。


「——ありがとな、リィンさん。もし何か情報が入ったら教えてくれ」


 現金がたんまりと入った布袋を受け取り、踵を返そうとした時だ。


 「あっ、ヴィルムくん!」


 不意にリィンさんに呼び止められる。

 振り返れば、浮かない表情を見せていた。


「ん、どうした?」


「ここ数日、街の中を含めた一帯で人がバラバラにされる事件が立て続けに起きてるから身の回りには十分気をつけてね。女性や子供を含めた被害者がもう何人も出てるっていうし、事件を追っていた第三級(サード)の冒険者さんも今朝、遺跡群で遺体になった状態で発見って話だから」


「マジかよ。第三級(サード)って、それなりに腕利きじゃねえか……」


 魔物と同様、冒険者も実力に応じて幾つかの階級が分けられている。

 魔物の区分と異なるのは、冒険者は初級(ビギンズ)が最底辺——俺のランクでもある——だということか。

 そこから第一級(ファースト)と続き、こっちも一番上が第七級(セブンス)となっている。


 その中で言うと第三級(サード)は、中堅的立ち位置に属している。

 歴戦の猛者……とまではいかずとも、結構な場数を踏んできているはずだ。


 そんな奴すらもやられるとなると、真面目に気をつけた方が良さそうだな。

 ——尤も、遭遇した時点で詰みではありそうだけど。

 幾ら急激に強くなったとはいえ、第三級(サード)を超える実力になったかと言えば、そうではないだろうし。

 

「……分かった。忠告ありがとな、リィンさん」


「ヴィルムくん……本当に気をつけてね」


「おう」


 片手で応え、今度こそ冒険者ギルドを後にした。

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