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俺の友達の話シリーズ

戦厭

作者: 尚文産商堂

血のにおいがあたりを包み込む。

遠くからは迫撃砲の破裂する音、近くからは機関銃の発射音。

俺が立っているのは、そんな戦場の真ん中だった。

鉄帽をかぶり、タコツボといわれる一人用の塹壕の中にこもっていた。

手には機関銃を握り、目の前に出てくる敵をずっと撃ち続けている。

「チッ、弾尽きやがった」

俺はひとりで愚痴ると、後ろで控えているであろう誰かに叫んだ。

「おい!誰か弾もってこい!」

だが、誰も来ない。

「おい、だれもいないのか!」

その時、ポンと肩に手を置かれる。

ゆっくりと振り返ると、頭が取れた友軍の姿が……


「うわああぁぁぁ……」

現実世界へ戻り、先ほどの体験が夢であるということを認知するまで数秒かかった。

外の風景は4つに仕切られた一つの窓だけしか分からないが、そこから見る限り、空は青く晴れていた。

軽く息が上がっている俺は、今の居場所を思い出した。

「そうか、思い出した……」

戦争が終局へ向かうさなか、俺は最前線へ兵士として送られた。

その時の戦場の感覚を、忘れることができないのだった。

手の平が、グッショリと汗でぬれていた。

「顔、洗うか…」

戦場で倒れていた俺を、誰かが病院にまで運んでくれたようだ。

その結果、傷病兵として、兵籍を移管された。

病院にいる1人として俺はここにいる。


顔を洗うために立ち上がろうとしたが、力が上手に入らない。

「誰かー、来てくれー」

俺は棒読み口調で誰かを呼んだ。

すぐに、頭に赤十字の標識のハチマキをつけ、うっすらとピンク色の白衣を着た看護師が来た。

よく見ると、腕にも赤十字をつけている。

外を何人か走りまわっているが、部屋の中に来た人を含めて全員女性だった。

「どうしましたか?」

「顔洗おうと思って、立ち上がりたいんですが」

「分かりました。お手伝いしましょう」

「ありがとうございます」

そう言って、俺の左側からまわって、肩を担いでくれた。

「椅子をお持ちしましょう」

何も言わなくても、近くにおいてあった背もたれつきの木の椅子をもってきてくれた。

「すみません」

「いいんですよ」

彼女は本当の天使のように微笑んだ。


俺は顔を洗い、ひげをそってから彼女にいろいろ聞きだした。

「いくつか聞いてもいいですか」

「ええ、私の答えられる範囲であるならば」

「ここはどこですか」

「…病院ですよ」

「何人ほどいるんですか」

「約350人です」

「俺が所属していた部隊はどうなりましたか」

「…それは、私から言うことはできません。申し訳ないんですが…」

「俺以外、全員死んだんですか」

俺がそういうと、彼女はタオルをゆっくりとたたみだした。

「肯定ととりますよ」

「正確には、全員ではありません」

歯に引っかかるような話し方だ。

「正確ってどういうことですか」

「あなた以外にもう一人、生き残った方がいます。ただ…」

そのあとはどう伝えればいいのかわからない顔を俺に向けてきた。

「こん睡状態になっています。いつ起きるか、誰もわかりません」

「そうですか……」

俺はそれを聞いて、その人は死んだものとして考えるようにした。

戦場でこん睡状態になったことは、そのまま死を意味した。


ベッドに横になりながら、俺は考えていた。

偶然生き残ったことや、あの戦場で起きたこと。

だが、いくら考えてもわからない。

俺は、どうしてここにいるのか。

どうしてここに来れたのか。

ここは本当の世界なのか……


翌日、昨日と同じ看護師が、俺のすぐわきに座っていた。

「よく眠れましたか?」

「ええ、おかげさまで」

浅い眠りを繰り返していたようで、夜中に度々起きたが、それは気にしないことにした。

戦場へ行くと決まってから、安眠は1回も来ていない。

「朝食を食べますか?」

「コーンフレーク牛乳掛けを少しばかりおねがいします」

そう言って、半身を起した。

昨日はなかった松葉杖がベッドわきに立てかけてある。

看護師がいなくなってから、俺はそれを使って歩こうとした。

「大丈夫ですか?」

看護師は、俺がうまくつけないと思ったのだろう。

外にいる別の看護師に朝食の内容を伝えて、すぐに部屋の中へ戻った。

「物は試しですよ」

俺はそう言って、脇の下に杖を挟んで歩き出した。

一歩一歩、足にうまく力が入らないが、どうにか動く事が出来た。

「大丈夫、みたいですね」

「安心しました。足腰が弱っているので、その関連のリハビリを入れましたので今日の午後から来てもらえますか」

「分かりました」

俺は看護師にそういうと、トイレへ向かった。


手洗い場で、戦争をやる前の緊張感を思い出そうとしていた。

あのころは、まだ仲間と楽しむ余裕があったが、今ではおそらくできないだろう。

安眠することも出来ず、ただ、生きているという事実だけをかみしめ、この病院を後にすることになると、思っていた。


数週間、リハビリを受け続けていると、自然に寝付きがよくなってきた。

病院ということは、条約上は攻撃を受けないということになっているため、先進的にリラックスすることができるようだ。

理学療法はしてはいないが、体はそれと同じ反応を示していた。

軽い運動や読み書きは出来るようになったが、銃のようなものを握るとかは出来なかった。

「どういうことでしょうか」

ずっと同じ看護師に御世話してもらっているため、親近感がわいている気はいた。

だが、最初から薬指に指輪がはまっているのを見て、結婚するのはやめていた。

「トラウマなんじゃないですか。夢は見なくなったとはいえ、体がまだ覚えているんですよ」

カモミールティーを入れてくれながら話しをする。

「銃だけだったらまだわかるんですけど、それが、銃のような形をしたものまで持てなくなるということも…」

「十分に考えられることですよ。体が銃だと認識をしているものは、全部トラウマの対象となりうるのですから」

さあ、どうぞと言って、彼女は俺に薄紫色のティーカップを渡した。

中にはカモミールティーがさわやかな香りをたたせながら、6分目ぐらいまで入っている。

その水面に俺の顔を映しながら言った。

「実は、退院したら、軍を辞めようと考えてるんです」

「それもありだと思いますよ。それで、どこに行く予定なんですか」

「軍があっせんしてくれるはずなので、そちらを頼ろうかと。ただ、退院する前に、同僚を見舞おうと思うんですが…」

「上司からの許可が下りれば、面会できるんですけど…私じゃ、その権限はないので」

「上司に取り次ぎを頼んで、20回ぐらいになりますよ。まだダメなんですか」

「すいません、許可がないと……」

同僚との話は、こん睡状態になっているとしか聞かされておらず、今どのような状況になっているのか、どんな治療なのか、さらには誰なのかも教えてはくれなかった。

「……分かりました」

俺はそういうと、手に持っているティーコップの中の液体を、一気に飲み干した。


退院の日、見送りに来たのは、あの看護師だけだった。

「おめでとうございます」

「ありがとうございました」

結局、最後まで俺は同僚と面会することができなかった。

「同僚が起きたら伝えてください。俺は先に行って待っていてやるって」

「分かりました。必ず伝えましょう」

そう言って、迎えに来たタクシーに乗り込み、この病院を後にした。


だが、そのあと、いくら探しても、この病院は見つけることができなかった。

それだけでなく、あの戦いでは、全員の死体が発見されていることにされ、おれは国葬されていた。


では、俺はいったい何者なんだろうか。

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