八話 動き出す物語
――もう旅立ちかぁ。早いなぁ。
空を見上げ、心の中で呟く。
大きな荷物を背負い、腰には剣をさしている。
ハーラルと曰く、この剣はそれなりに業物と言えるものらしい。
自分の体に不自由を感じつつ、少し足早になる。
――王宮の門の傍で輝空を待つ二人に向かった
「随分、大荷物のようだね。肩の負担にならないかい?」
「これくらいなら問題なし。思い出の品もありましてね、中々捨てられるものも捨てられなかったんだよ……」
いつかの日本から持ってきた物品。
あの一件以来、道端に放置していた輝空だったが、幸いにもその後ハーラルトが回収していた。
もちろん鞄は血と土でよごれていて、使い物にならない。
その他の物品は無傷。教科書以外は全て持っていくことにした。
「あんまり長々話してると、俺が行きたくなくなっちゃうから、ここは簡潔にいこう。まずはハーラルトだな。お前には……まぁ、迷惑かけたな、うん。特訓のこととか、ほぼほぼ強制的にさせられたみたいだったけど……結構楽しかったよ」
「楽しかったなら何よりだよ。そして、七日間よく耐えてくれた。今更ながら、あの特訓内容は少し厳しすぎたかもしれないと、反省しているよ」
「どうしてお前は終わってから言うんだよ。次誰かを弟子にとる時は、あれよりずっとましなことさせてやれよ」
ハーラルトとは、いつも通りの会話をした。
最後までブレない姿勢に、輝空は関心を覚える。
そして、次はステリアだ。
事前に何を言うかは決めている。輝空はステリアに硬い表情を向けた。
「ステリア、俺は君に――」
「――っ!」
輝空の言葉は強引に遮られた。
ステリアが輝空の胸へと飛び込み、力強く抱きしめた。
「ステ、リア?」
振り絞るような声でステリアは言った。
「行ってらっしゃい、ソラ」
至ってシンプルであり、それでいて深い意味が込められた一言だ。
その一言に、輝空は妙な安心感と懐かしさを覚えた。
出かける前、母親が欠かさずに言ってくれた言葉である。当時はなんとも思わなかったが、今思えばそれも恋しい。
輝空は余計なことを言わず、その思いを受け取った。
「あぁ、行ってくるよ」
二人は互いに抱き合い、心を交わす。
「君の思いも、願いも、全て背負って、それから――」
「――」
「迎えよう。最高の結末を」
――――――――――――――――――――――――
「行ってしまわれましたね」
「そうね」
ステリアとハーラルトは、少しずつ遠ざかっていく輝空を眺めていた。
その背中は龍に選ばれるのに相応しい、凛々しい背中である。
「ソラがここへ来てから、本当に賑やかになりましたね。特にこの七日間は、時が流れが普段より早く感じました」
「私も同じ。もっとソラとたくさん、話したかったなぁ」
「そうですね……それでステリア様、愚問であることは承知の上でお聞きしたいのですが、ステリア様はソラのことを信じておられますか」
突然ハーラルトが質問を投げかけた。
ステリアは少し考える素振りを見せると、答えはすぐに帰ってきた。
「信じてるよ。予言でソラを知った時からずっとね」
「――そうでしたか」
五年前、予言書で知った『辰谷輝空』という存在。
何度も読み返し、どれだけ彼の存在を待ちわびたことか。
――そんなことも知らずに、一人の少年は歩み続ける。
振り返りたい気持ちを堪え、前だけをただ向いて。
これから始まる。全てを背負った少年の物語――。