七話 君の願い
「やっと終わったぁ」
輝空は七日間特訓を終え、自室に戻ってきた。
全身筋肉痛で今は体を動かすのがやっとだ。
「この状態で明日にはここを出発かよ……ハードスケジュールがすぎるぜ全く」
呆れたような口振りであるが、内心楽しみという感情が輝空にはある。
この世界の実態について何も知らない。それどころか、文字すら読めないのが今の現状だ。
それでも輝空はこの世界で生きる。そしてこの世界を知りたい。この好奇心を抑え込むことが出来ない。
――突如、輝空の旅の妄想は遮られた。
誰かがドアをノックした。力強さの感じない優しいノックである。
輝空はその重い体を持ち上げ、ドアへと向かった。
ノックをした主はある程度見当がつく。そうしてドアを開けると――。
「ステリア先輩から来るなんて珍しいっすね」
「確かにそうね。初めてかも?」
「それで、今日はどう言ったご要件で?」
「一緒に夜風にあたるのはどうかなと思って。今日は星も綺麗に見えるし」
「それは非常に良いご提案! ささっ、中にお入りください」
輝空はステリアを快く招き入れ、二人は部屋にあるバルコニーに向かった。
――――――――――――――――――――――――――
こんな時のために貰っておいた茶菓子と紅茶。
――最も、紅茶なのかは定かでは無いが。
「先輩先輩って、それ慣れないからやめて欲しいんだけど……」
「それは失礼。まぁ一応けじめみたいな? うちの国じゃ年功序列ってうるさくてさ」
ステリアは今年で十九歳を迎えた。
一応年上のお姉さんという立場にある。
「ソラの国って変なところよね……ソラも変だし」
「そんなに俺って変だったの? 割と普通だと思ってたんだけど……」
「たまによく分からないこと言ったりするし、読み書きもできないし。一応その辺は世界で共通されてるはずなんだけど……やっぱりどこかの部族の人じゃない?」
「ある意味部族と言われれば部族だけど、そこまで堅苦しい習わしはさすがにないよ……それでも、島国ではあるけど」
日本独自の文化があるのは事実。
文明開化も、ヨーロッパの国々に比べれば遅い。
イリジア王国はヨーロッパで言う所の、イギリス辺りに位置するのだろうか。
そんなことを考えながら、茶菓子を手に取る。
「何気にこれめっちゃ美味いな。やっぱ王国随一の職人が作った茶菓子は一味違う気がするな」
「そんなにすごい人が作ってたんだ……」
「いや知らないよ? もしやステリアも知らない?」
「うん……ソラが知ってるのかなって」
「知ってるわけないじゃん……俺十日間くらいしかここいないのに」
「そういえばそうだった」
ステリアは恥じらっていたのか、少しだけ頬を赤らめた。
ステリアの天然ボケはこれまでも何度かある。
手に持っているもの必死に探していたり、たまにぶっ飛んだ発言を放ったり。
そんな些細な事ばかりだが、ステリアは間違いなく超ド天然なのだろう、と輝空はひっそりと感じている。
「ステリアの天然っぷりを見るのも、今日で最後か。ちょっと寂しいな」
「寂しくないよ。でも、ソラが居なくなるのはちょっぴり寂しいかもね」
「ちょっぴり……」
「嘘だよ! とっても寂しい」
ステリアの冗談は冗談に聞こえない。
輝空は一瞬冷や汗をかいた。そして安堵の呼吸。
少し落ち着いた所で、ステリアから質問が来た。
「それでソラ、本当に旅に出るの?」
「今更何を?」
「あ、違う違う。本当に旅に出たいのかなって」
「いや、まぁ最初は乗り気じゃなかったけど、自分の目で世界を見るのも良いなって」
「そう、なんだ。そう、だよね……」
「ん?」
ステリアはひどく肩を落とした。
少し俯き気味になり、眉が八の字になっているように見える。
しかし、決して旅に出ないでとは一言も言わなかった。
「きゅ、急にどうしたんだよステリア。そんなに旅に出るのが寂しい?」
「うん、寂しい……私から旅に出ろって言っておいて変だよね」
重たい空気が流れる。
輝空はどう返せばいいのか分からない。
この空気を百八十度変えるための言葉を模索するが、その必要はなかったみたいだ。
「でも、ソラに頑張って欲しい気持ちもあるんだ」
「――うん、もちろん頑張るよ」
「絶対帰ってきてね」
「――うん、帰ってくる。これがフラグにならないことを祈るばかり……」
「フラグ?」
「ううん、こっちの話」
改めて、自分が旅に出る自覚が出てきた。
迷いは無い。輝空の目は光に満ちている。
――。
少し肌寒い風が吹き始めた頃、輝空からステリアに聞いた。
「ステリア、俺に何かして欲しいことはない?」
「ソラにして欲しいこと、そうね」
ステリアは星空を見つめた。
美しい横顔。どこか、哀愁漂うその雰囲気。輝空の頭では今この場で最も適した言葉を、発する語彙力は存在しない。
「願い、ならあるよ。一つだけ」
「願いって?」
「あなたの心が読みたい」
「え――」
心を読みたい、これがステリアの答え。そして、願い。
輝空は呆気にとられ、言葉を発することができなかった。
ステリアの一言を、自分がどう解釈すればいいのか。
そんなことを考えていると、ステリアが笑顔で輝空を否定した。
「そんなに深く考えないでよ。人の心が読みたいってだけだよ。言葉通りの意味」
「すごい願いだなと思って……本当にそれがステリアの願い?」
「うん、そうだよ」
「どうして人の心が読みたいんだ?」
「嘘をついている人とか、困ってても助けを呼べない人とか、その人たちみんなの声を聞いて、この国を平和にしたいの。それが私の昔からの夢だったから」
ステリアの夢は壮大だ。
決して自分の私利私欲のためではなく、世のため人のために頑張れる。
それにこの国は既に平和と言っても過言ではない。
――俺とは、違うなぁ。
「でも、最近思うんだよね。心を読むなんて、本当にできるのかなって」
「魔法を使っても出来ないのか」
「分からないの。私がいくら本を読み漁っても、その魔法について記述された本は見つからなかったから。もう、半分諦めてるんだよね」
ステリアはどこか、吹っ切れたような口振りで語った。
輝空はこの世界での魔法の立ち位置が分からない。
世間知らずの輝空が、なんの根拠もなく絶対にある、と豪語したとて説得力は皆無だ。
――しかし探す権利は輝空にもある。
「それじゃあその半分、俺を信じるしかねぇな」
「ソラのことは信じてるよ」
「そういうことじゃない。諦めかけた願い、夢を、俺に託して欲しい」
「でも……ううん、悪いんじゃないかな。ソラの旅の邪魔になるかもしれないし」
「邪魔になんてならねぇよ。さっき聞いただろ? 俺にして欲しいことは無いかって。それに――もし俺が信じられないなら、一緒に旅に来ればいい」
勇気を出して、ようやく出た言葉。
この一週間、何度も機会を失い、誘うに誘えなかったことか。
輝空にとって一種の告白と言っても過言ではない。
しかし、輝空の告白は儚く散った。
「ごめんなさいソラ。それは出来ないわ。父の事もあって、今は傍を離れる訳にはいかないの」
「だよ、なぁ……ある程度予想はついてたけど、いざ振られると心に来る……」
先程までの威勢は無くなり、声も少し震えている。
緊張が解けた訳では無い。それでも数十秒前よりは幾分かはましである。
そして、開き直った輝空がここで宣言をした。
「ま、とにかく俺は君の願いを叶えたい。そうして、ステリアの喜んだ顔を思う存分拝む。それが俺の今の願いさ」
グッドポーズと決め顔で、話を綺麗に収めた。
輝空の決め顔があまりにおかしかったのか、ステリアはくすくすと笑い始める。
目に少しずつ涙を溜め、やがて目頭から零れ落ちた。
輝空にはどうしてかそれが、笑い涙に見えなかった。
「ほんとおかしな人。急に変顔なんてして」
「変顔のつもりじゃなかったんですけど……」
「そんなことどうでもいいの。私、もう自室に戻るね」
そう言ってステリアは立ち上がった。
「もう戻んの?」
「うん、今日は早く寝るつもりだったんだ」
「そうなんだ……」
「ソラも明日のために早く寝るようにね」
「承知致しました」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
背中越しに喋るステリアはそう言って、輝空を部屋を退出した。
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