六話 特訓
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! こんなのずっと続けられねぇ!」
王宮にある中庭。輝空が一人寝そべり、弱音を吐いていた。
それを見下ろすハーラルト。輝空は呆れたような目を向けられている。
「まだ半日しか経っていないじゃないか」
「もうちょい特訓内容緩くしてくれないと、俺辞めちゃうよ?」
「辞めさせないよ。君の貧弱な体を叩き治さないといけないからね」
貧弱と言われ怒りを覚えるが、グッと堪えた。
とは言えハーラルトの言い分には否定できない。実際、輝空の筋肉量と体力では到底この世界では通用しないのだ。
輝空は目の上に手を置いた。
起き上がる気配のない輝空に、ハーラルトはため息をつく。
旅に出ると宣言しておきながら、この有り様。自分でも情けないと理解している。
しかし体は、そう簡単に動いてくれなかった。
「今来たら邪魔だった?」
突然、ハーラルトでは無い別の声が輝空の耳に入ってきた。
聞いた事のある声音。一切濁りのない、透き通った声の主。ステリアである。
輝空は飛び跳ねて起き上がった。
二度も、自分の羞恥を晒す訳にはいかない。
「いえ、そんなことありませんよ。ステリア様」
ハーラルトは笑顔で返した。
女慣れしているであろうハーラルトとは反対に、輝空には余裕がなかった。
なぜなら――。
「かわいい……」
「え?」
「あ、いや、別に……」
思わず心の声が漏れてしまった。
牢屋では薄暗く、中々ステリアの顔を見れる状態ではなかった。
しかし今、ステリアの顔を太陽の下でまじまじと見ると、美女という他ない。
露草色の髪と目をしており、その目を見続けていると惹き込まれそうな雰囲気を醸し出し、鼻や口は言うまでもなく整いすぎている。
現実ではそうそういない美貌の持ち主だが、異世界と言えば納得がいく。
「ハル、ソラの調子は?」
「そこそこと言ったところでしょう。ですが、やはり龍に選ばれた男。かなり素質を感じます」
「すごいねソラ。ここまでハルが褒めるなんてそうそうないことよ」
「そ、そうなんだ……」
辛うじて練習風景を見られていなかったのが唯一の救い。
そんなことより今は、自分が思いのほかステリアとまともに会話出来ないことに驚いていた。
「どうかしたのソラ?」
「だ、大丈夫……何も無い……何も、ない……」
ステリアの上目遣いは非常に破壊力がある。
直視ができない。輝空は明後日の方を向いている。
さすがのステリアも、これにも動揺を隠せなかった。
「私、何かしちゃったかな」
ステリアはハーラルトに問いかけた。
その問いかけは、さらに輝空の心をえぐりにえぐった。
不甲斐ない自分に嫌気がさして、ただただこの場から逃げ出したかった。
「ステリア様は何も。ソラはただ、ステリア様のあまりの美貌に惚れ惚れしてしまっただけですよ」
「何それ……」
「誤解を生むような言い方やめろお前! 俺がステリアのこと好きみたいになるじゃん!」
「え……ソラ、私の事嫌いだったの?」
「なぜそうなるステリア……好きか嫌いかの二択出された時、嫌いとは中々言えねぇじゃんか? ちなみにマジで嫌いじゃないからな!」
「よく分からないけど……とにかくソラが元気そうで良かった」
輝空はなんとも言えないむず痒さを噛み締めた。
しかし、そんな感情より今は、ステリアの笑顔につい見惚れてしまっていた。
じろじろステリアを見つめる輝空に、今度はステリアが顔を赤らめている。それに加え、かなり目が泳いでいた。
「あ、あぁ! ごめんステリア。俺なんかめっちゃキモかったよね……」
急な大声と回りくどい言い回しで、ステリアを困らせたかと思い焦りを覚えたが、ステリアの反応は普段と変わらなかった。
「ううん、大丈夫。あ! そんなことよりソラ。指輪の能力について何か分かった?」
「うーん、いまいちまだ分かんねぇな……でも確かに、これ付けてるとなんだか体から溢れ出す力というか、そういうものが制御できてる気がする……」
「ソラ、よく分かったね。その通りだよ」
少しの間黙っていたハーラルトが、突然口を開いた。
「というとつまり?」
「ソラがつけている指輪には、魔力を制御する働きがあるんだよ」
「おぉ! 魔力ってことは魔法とかも使えんじゃん!」
「仮に魔法を使いたいのなら、その指輪は外さないように。そしてもう一つ、その指輪は君が龍に選ばれた証でもある」
「あ、それ私知ってるかも。確か、指輪以外にも何個かあるんだよね?」
「よくご存知で。指輪以外にも剣、盾、魔石の三つが存在しています」
「三種の神器ならぬ四種の神器ってわけか」
輝空の言葉は二人には通じなかった。
一瞬静まり返った空間も、再び動きを見せる。
「ソラは旅の道中、この三つを必ず見つけ出す必要がある。そしてこれらを龍のもとへ持っていくんだ」
「だいたい流れは分かったけど、その四つを持っていって何に使うんだ?」
「申し訳ないが、それは僕にも分からない。実際にソラが行って、確かめる必要がある」
ここに来て初めて、ハーラルトが知らない事実が出てきた。
輝空もこれ以上は深堀しない。
――一通り旅の流れを理解したところで、ステリアが何か不満げそうな顔をしていた。
ハーラルトの解説に、何か付け足したいことでもあるのだろうか。
「納得してなさそうな顔してるけど、どしたの?」
「あれ、私そんな顔してたかな……」
「いや、まぁ何も無いならいいけど……」
ステリアは少し俯いていた。
輝空はひとまず、ステリアのことはそっとしておくことにする。
「ところでソラ、特訓の再開はいつからにしようか?」
「うっ、やっぱり忘れてなかったか……」
輝空は少し間をおき、嫌々その提案を承諾した。
「仕方ない……ステリアの顔も見れて力湧いてきたし、いっちょやりますかね」
「その意気だ」
「あ、あともう一つ」
輝空は指を突き立てた。
「ステリアからの『頑張れ』が欲しい」
「私からの?」
「はい! その一言のどれだけの価値があるのやら……もちろん嫌ならやらなくてもいいよ」
「そんなことでいいんだ」
ステリアは輝空に微笑み掛けてから、
「――ソラ、頑張ってきてね」
輝空は自分のハートを射抜かれたような衝撃が走る。
恋心、とは言い難いかもしれない。
しかしそれに似た感覚が今の輝空にはあった。
「俺、頑張ってきます。君のために」
輝空はステリアの笑顔と応援を糧に、再び特訓を始めた――。