五話 謝罪と友情
――また一日が経過した。
昨日の宣言通り、今日はステリアが来ることは無かった。
その代わりなのか、一人の男が来た。
「久しぶりだね」
忘れたい記憶が蘇る。
声を聞くだけでも鳥肌が立った。
「今日は君の腕を切り落としに来たわけじゃない。もう少し、肩の力を抜いてもらっても構わないよ」
「すまねぇが俺は結構根に持つタイプなんだよ……くそっ、腕が痛むような気がする」
「腕は無事に生えてきたようだね。身体に異常も無さそうで良かった」
ランタンの光が、男の笑顔を照らした。
エメラルドグリーンの透き通った瞳、すっと通った鼻筋、分厚すぎず薄すぎずバランスの取れた唇、どの点においても申し分がない。
それが逆に、輝空をさらに不快にさせる。
「それで、何の用だよ。まさかからかいに来ただけじゃねぇだろうな」
「そこまで嫌味な男では無いよ。君を解放しに来ただけさ」
「別の人ってお前のことだったのかよ!」
複雑な心境である。
素直に喜べず、感謝の言葉を言いたくない。
とは言っても、一刻も早くここから出たい。
そんな葛藤もありつつ、今はやはりここから出るのが最優先だ。
「無駄話もこの辺にして、早くここから出してくれねぇか。そろそろ地上の空気が吸いたい」
そう言うとすぐさま牢屋の鍵を開けた。
意外に従順なことに驚きながらも、輝空も一応感謝を伝えた。
「さぁ、行こうか」
輝空と男と共に、地上へ続く階段に向かった。
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「権力者の家だろうなとは思ってたけど、これは予想以上にでかいな……」
広々とした廊下。高価であろう絵画。
ふんだんに金が使われた壁と天井、そして天井から豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
王宮と、一目見ただけで分かった。
「ここはイリジア王国の王宮だからね。大きいのは当然だよ」
「王宮! つまり王様がいるってわけだな!」
「そういうことになるね。しかし今は王の体調が優れないから、恐らく面会は無理だと思うよ」
「まじかよ! せっかく話せるかと思ってたのに……」
話せないと分かってあからさま気を落とした。
国の王に対して失礼極まりない態度だが、男は寛容だ。
特に輝空の言動に咎めることは無かった。
「おっと、忘れていた。自己紹介が遅れてしまったが、ハーラルト・フランドレットだ。好きなように呼んでくれ。それで君の名は?」
「くっ、あんまり名前を教えたくねぇ……輝空だ」
「ソラか。いい名前だ」
ハーラルトは再び微笑んだ。
その度に輝空は顔を歪める。
そんな掛け合いをしている最中、ハーラルトから質問が上がった。
「時に、ソラ。その指輪は誰から受け取ったもの?」
「これはステリアって子から持って来てくれた。効果があるとか何とか言ってたけど、いまいち実感がねぇな。第一どんな効果すらも分からない」
「ステリア様が……いつ抜け出せたんだろう」
「様?」
「うん、ステリア様は王の一人娘だよ」
「あいつそんな偉かったんだ……」
良くも悪くも、ステリアの佇まいはとても王女には見えない。
言い換えれば親しみやすいが、王女としては好ましくないと言ったところだろう。
「ところで、いつまで歩くんだこれ」
「まだもう少し先だよ」
輝空は大人しくハーラルトに従い、後ろについて行った。
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「ここだよ」
「やっとついたか……」
輝空は十分ほど王宮内を歩き回り、ようやく目的地に到着した。
最初こそ、その豪華な王宮内に目を丸くしていたが、いざ歩き回ると代わり映えのない景色が続く。
流石に飽き飽きとした輝空は、明らか不機嫌そうな顔色をしている。
今いる部屋の内装を見れば、再び感動を得られた。
部屋の広さは二十畳は優に超えているだろう。とても、一人部屋にしては大きすぎる。
用途は主に客人の寝泊まり部屋として使われている。つまり、客間だ。
客間と言われるだけあって、家具は一式揃えられていた。
その中でも、輝空がまず目に入ったものは、見るからにフカフカなベッドだ。
形状は至ってシンプルの、色も白で統一されている。
本能的に、輝空はそのベットに飛び込んでいた。
「家のベッドよりいい! ふかふかだぁ」
掛け布団に顔を擦り合わせている。
ハーラルトはその光景を見て、苦笑い。そして言及した。
「体を流していない状態で飛び込むのは、衛生的に良くないのでは無いかな」
「うぉ! 忘れてた! 飛び込む前に言ってくれよ……」
実に三日、輝空は風呂に入っていなかった。
髪に艶が出始め、臭いはかなり強烈だ。
ハーラルトは特に気にせず、いつも通り接していたので輝空は気づかなかった。
「だいぶ臭ってたんじゃないか俺……すまねぇな」
「問題ないよ。それに……僕からも謝罪がしたい」
「え?」
輝空とハーラルトは互いに視線を交わせた。
輝空はなんのことかさっぱりと言った顔だが、ハーラルトは違う。
誠心誠意謝罪する人の顔だった。
「僕はあの時、君を試していた。予言に書かれた男がどんな人物なのだろうかを探っていた」
「……」
「その結果、君の心に傷を作るような真似をしてしまった。本当に申し訳ない」
ハーラルトは頭を下げた。
輝空は何か言うわけでもなく、頭を下げるハーラルトをじっと見ていた。
許す、とも言わず許さないとも言わない。
――。
「顔、上げろよ」
「――」
「お前が顔を下げるとかまじで似合わねぇから。堂々としてろよ」
輝空はハーラルトの肩を叩き、笑顔を見せる。
――その瞬間、二人の間で友情という蕾が芽吹いた。
「ありがとう……ソラ……お詫びと言ってはなんだが、僕と七日間の特訓をしないか」
「は?」
急な展開に輝空は驚きを隠せないのであった――。