三十八話 空飛ぶ魔法の箒
「そっ、空飛ぶ箒だって!? 本当にそんなものがあるとは」
目を輝かせながら箒をディアナから受け取る。
「私のものなのでソラには少し小さいですが……まぁ少し乗るくらいなら問題ないでしょう」
とは言っているが、普通の箒と大きさはあまり変わらない。むしろ少し大きくらいだ。
輝空は箒に跨ってみる。無論、それだけでは何も起きない。
「で、どうやって飛ぶんだ?」
「その箒に自分の魔力を流し込むんです」
イマイチピンと来なかった。そもそも、物体に魔力を流し込めることなんて知らなかった。
輝空は昔、テレビで見たような飛び方を試してみる。
まずは箒と一緒に少しジャンプしてみる。不発だ。
「飛ぶまでにワンクッション置いた方がいいか?」
一旦箒を地面に置き、輝空は箒に手のひらを向けてひたすら唱える。
「上がれ! 上がれっ! 上がりやがれ!」
ビクともしない。そして、横で呆れ顔で輝空を見ているディアナの姿がある。
「さっきから何してるんですか?」
「見ての通り、魔法を使おうとしてるのさ」
「ふざけないで早く箒に乗ってください。それとももしや、魔力の流せないんですか」
蔑み笑いながらディアナが言う。
図星なので何も言い返せない輝空は、悔しそうに唇を噛み締めて押し黙る。
「出来ないなら仕方ありませんね。私は急がないといけないので行きます」
そう言うとディアナはどこからか杖を取り出し、輝空から背を向けた。
「一度、あなたが戦う時の感覚を思い出してみてください。そうすれば私の言っている意味がわかると思います」
ディアナの身体が宙に浮くと、徐々にスピードをあげていきながら飛んで行った。
輝空は呆然とその光景を眺めた後、ディアナの言っていた意味を考える。
「感覚ってなんだよ」
不貞腐れつつ、輝空は箒に跨る。
戦いという戦いを差程経験したことの無い輝空だが、最近でいえばやはり龍派死滅聖教の幹部との戦いだ。
その時は殆ど、龍の力に頼りきっていたので感覚と言われても分からない。
「やっぱハーラルトと修行した時の感覚を思い出すしかねぇか」
指輪を外している時は力が強すぎるので感覚という概念があまりない。
それならば、指輪を外していない時の感覚を思い出すしかない。
ハーラルトの修行では打ち込むことが多かった。その時の輝空は手も足も出ないまま、ただ木剣で顔や身体を叩きのめされた。
それでも、日が経つにつれて輝空の動きも良くなっていた。
「いつの間にか、超アクロバティックな動きもできるようになったんだよな」
異世界だから霞んで見えてしまうが、元いた世界で考えれば、間違いなく人間離れした身体になっている。
輝空は思い出したように手をぽんと叩く。それは修業中に言ったハーラルトの言葉だ。
『魔力は自由自在。身体全体に巡らせることで、大幅な身体能力の向上に繋がるよ』
輝空は無意識のうちに全身に魔力を流し込んでいた。だから、気づかなかったのだ。
「俺の魔力を、この箒に込めるっつーわけか」
普段は無意識的に魔力を込めている。だが、今回は己の魔力を感じなければならない。
輝空は瞼を閉じて集中する。そして、魔力の流れを感じる。
少しずつ、鼓動が高鳴り始めた。
「きた!!」
足が地面から離れる。徐々にふわふわと身体が浮かび上がっていく。
輝空は魔力をさらに込めていき、前へ進むイメージを――
「あれ思ったよりスピードが――ぎやゃあああああああ!!」
ディアナが空を飛んだ時とは比にならないスピードで動く。余裕で百キロは超えてきた。
輝空は身体を仰け反らせて、急ブレーキをかけようと試みる。少しではあるが減速して来た。
この調子で輝空は何とか箒を止めた――いや、強制的に止めさせられた。
「どぶふぅっ!」
輝空は目の前にある建物に気づくことは出来なかった。
***
「私が、アルク・ブリストンの代わりに試合に出させていただきます」
東西南北にある会場の中で、一際大きく、一際人の出入りも激しいこの場所は、アルクやディアナを初めとする選手達が試合の受付を行うために最初に来る場所だ。
ディアナの発言に唖然とする受付嬢は、責任者を呼びに行った。
少しして帰って来ると、髭面の男性が出てくる。優しそうな顔立ちで、どこか感情の読めない表情である。
「話はその方から聞いていますか?」
「えぇ。あなたがアルク・ブリストン様の代わりに試合が出たい、と」
困惑した様子を見せない。男はひどく落ち着いている。
「ダメでしょうか?」
「理由をお伺いしても?」
理由もなしに出られるとは思っていない。ディアナは淡々と答えた。
「私のせいで、怪我を負ってしまったんです。だから、私が代わりに出たいんです」
「ふむ……あなたの言い分はよく分かりました。しかし、そう簡単に承諾することもできません」
ディアナは不快そうに眉を顰める。
この男の言っていることはもっともだ。だから、ディアナも言い返す言葉が見つからない。
ここで輝空の名前でも出せば状況が変わりそうではあるが、それは癪に障るので最終手段ということにする。
「アルクの代わりにでないといけないんです! ……私のせいで、アルクに迷惑はかけたくないんです……」
涙を堪えるディアナの目尻にはシワが浮かんでいる。それほどまでに、ディアナは本気なのだ。
首を捻る男。数十秒考えた後、男は答えを出した。
「そこまで言われたら私も断る訳にはいけませんね、ディアナ様」
最後に男はディアナに微笑みかける。その顔は、先程まで感情の読めなかった男とは全く違う。
「――ありがとうございます」
ディアナは深々と頭を下げる。そうして、ディアナは受付嬢に案内された。
少し歩いたところで、ディアナはぼんやりと男の言ったことが頭によぎった。
――私、名前なんて言ってないのに、なぜ知っているんだろう。
ふと疑問に思いながら、ディアナは受付嬢の後ろをついて行った。




