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異世界への扉 〜千年続く物語に、終止符を打つ〜  作者: 阿蘇輝
一章 【旅と夢】
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三話 予言通り

 ――血の匂い。錆びた鉄のような匂いが、輝空の鼻を刺してくる。


「人殺し」


「――は?」


「ひっ、人殺しっ!」


「ち、違う! 俺は……俺はこんなことしてねぇ!」


 酷く震え上がった少女は、腰が抜けて倒れ込んだ。

 輝空が手を差し伸べても、荒い息を吐きながらゆっくりと後退る。

 先程まで大柄な男に向けられていた恐怖心は、今や輝空へと向けられている。

 それも以前とは比べ物にならないものであった。


「おまえ……」


 小柄な男は、恐怖や憎悪に満ちた目で輝空を睨む。


「よ、よくも……やってくれやがったなゴラァ!」


 小柄な男は懐に隠していたナイフを取り出し、それを輝空に突き出す。


「俺に近づくな! 来るんじゃねぇ――」


「――っ!」


 不自然に小柄な男の声が途切れる。輝空の耳には再び、血肉を押し潰した音が耳に入り込んだ。

 恐る恐る目線を下に向けると、そこには人間の形からは程遠いものがあった。体の至る所が引き裂かれ、押し潰され、血を流す小柄な男の死体が転がっていた。


「あ、あえ、あぁ、あぁああああぁぁぁあ――!」


 輝空は喉から叫び声をあげ、悲惨な現場を目の前にした少女は、お腹を抑えたままその場で嘔吐する。

 輝空は声も出ない。虚ろな目で、血が地面に浸透していく様を見ていた。

 心臓の音がうるさい。そしてとにかく鼓動が早い。

 輝空はただ、自分が人を殺害した事実に目を背け、自分はやっていないのだとひたすら心の中で言い聞かせていた。


 ――少しずつ輝空の周りには人が集まってきた。

 死体を見て声も出ずに絶句する人、少女の背中を撫でながら、何があったのかと事情を聞き出そうとする人。

 輝空に疑いの目を向けながら耳打ちする者もいた。

 そして一人の若い男が、輝空にこの状況についての説明を促した。


「俺に……近づかないでくれ……」


「こんな悲惨なことがあって、放っておけるわけがないだろ。あんた、本当に何もやってないんだな?」


「やってねぇって言ってんだろうが!!」


 思わず声を張り上げれば、若い男は輝空に謝罪をして離れる。今はただ人間の声が耳障りで、耳に入るたび頭痛がする。


「そっ、その人が……二人をっ……!」


 突然少女が口を開いたかと思えば、震える指で輝空をさしている。


「そうじゃない! 俺は……俺はただ……」

 

 周りにいた人達が徐々にざわめき始める。輝空が必死に無罪を主張する姿は、逆に胡散臭さを引き出すものになった。

 これ以上何を言っても自ら墓穴を掘っているようなものだ。輝空に与えられた選択肢はもう、感情を押し殺し黙り込む他ない。

 

「本当に、あんたが殺したのかい?」


「――」


 若い男の瞳に、輝空に対する恐怖が宿っている。

 輝空が沈黙を貫き通すことによって、若い男、さらにその他ここにいる全員が輝空に対する不信感を抱かずにはいられなくなった。


 ――逃げたい。


 輝空の頭に過ぎるのは「逃げたい」の一言だ。この場から逃げてしまえば、全てが解決する。

 そう思い立った時、既に足が勝手に動き始めていた。


「クソっ! なんだって俺が、こんな目に遭わなきゃいけないんだよ!」


 輝空の口から不満が溢れ落ちる。額の汗を袖で拭いながら、闇雲に前へ前へと走り続けた。




 ***


 


 輝空は森の中へ駆け込み、ひたすら現実逃避していた。そうでもしなければ、おかしくなりそうだからだ。


「お前ら、誰だよ」

 

 少し開けた場所へ出ると、そこには数人の男たちが佇んでいた。まるで、輝空がここへ来ることを予知していたかのように。

 その辺にいるチンピラでは無い。その装いから見るに、傭兵といったところだ。


「すまないが、今は言えない」

 

 一人の青年が澄んだエメラルドグリーンの瞳で輝空を見据える。

 その顔立ちは男の輝空ですら見惚れてしまうほどの美貌だ。欠点がない、つまるところ黄金比というのに相応しい。

 それでいて、服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体は、この青年の強さを表す。輝空の力では手も足も出ないことなど言うまでもなかった。


「お前ら、何を企んでやがる……」


「君には来てもらいたいところがある。拒否権はないよ。もし来ないというのなら、武力を行使せざるおえなくなる」


「どうしてそこまで……」


 そこまでしてどこかへ連れて行きたい理由が輝空には全く理解出来ない。

 異世界人であることくらいは、特別な人間でもなければ能力もないのだ。


「それと、また別の話になるのだけど、全身血まみれな理由は?」


「こ、これは……」


 目立った外傷は無いのに血塗れな輝空は、傍から見ればあまりにもおかしい。


「何か言えない理由でも?」


「ち、違う! そうじゃなくてただ……」


 畳み掛けてくる青年の質問に、輝空は言葉を詰まらせる。


「そこまでして口を割らない理由はなんだろうね……『人を殺した』となれば、君の血塗れな服と額にも辻褄が合いそうだ」


「なっ――!」


 輝空は不自然に言葉が途切れた。

 青年は笑みを浮かべているようにも、眉をひそめて輝空に対して怒りを感じているような、そんな曖昧な表情に見えた。

 その得体の知れない青年に輝空は、不思議と嫌悪感を抱いた。

 自分の知らないところまで、この青年は見透かしているのかもしれない。

 そう考えると途端に吐き気が輝空に襲いかかった。口と腹に手を当てて、少し前のめりになる。


「図星だったようだね」


 抑揚なく青年は呟く。


「違う……俺はそんな……そんなことしてねぇ!」


「きみから感じる殺気は、殺人鬼のそれと同じだよ」


 淡々と告げる青年に、輝空は返す言葉もない。そのどれもが的確なのだ。

 自覚はしていた。自分が殺したことなんて初めから分かっていた。それでも、そんな現実から目を背けたくて、今だってまだ言い聞かせている。

 ――自分は人を殺していない、のだと。


「はぁ、はぁ……」


 息が上がり、半分過呼吸状態にまで陥る。

 すると突然木々がざわめき、鳥が騒ぎ出す。

 輝空の周囲の風向きが変わり、緊張感が高まる。

 青年と一緒に来ていた男たちは鞘から剣を抜いて、輝空へと向ける。

 震える手を叱咤しているかのように、男たちは凄まじい握力で剣を握りしめている。


 ――しかし、その中で一人、顔色を変えずむしろ笑顔見せている者がいた。


「あぁ、やっぱり君がそうだったんだね」


「なにが――」


 発言する隙など与えず、青年は輝空の懐へと入り込む。


「恨むなら、僕でなく『予言』を恨んでくれ」


 そう言って青年は輝空の両腕を切り落とし、輝空は痛みを感じないまま、次の攻撃を喰らう。

 コンマ数秒にも満たないであろう時間の中で、輝空は認識すら出来ないまま、視界が突如漆黒に成り代わった。

 意識が朦朧とする中、輝空は頭の中で呟く。

 

 ――俺、死んだのか。


 その瞬間、輝空は意識を失った。

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