三十六話 百年後の俺へ
『旅に出るって、僕も一緒じゃないんですか! 僕だけこの地に残すって、どういうことなんですか!』
淡い黄色の髪をもつ少年が、今にも泣きそうな顔で訴えかけている。
それを、黒髪の中年男性が笑みを浮かべながら、少年を宥めた。
『簡単な話だっつーの。お前はもう一人前だ。俺が居なくとも十分やってける。そうだろ?』
『僕はまだまだ未熟です! だから、だからぁ……僕はまだ、あなたと……師匠と一緒にいたいです!』
ついに涙を流す少年に、黒髪の男は困り果てていた。
確かに、この少年はまだまだ歳が若い。一人では心細いというのも分かる。
だが、こうするしかないのだ。世界で一人の弟子に、これを託すために。
『仕方ねぇことなんだエリック。こっから先は、俺一人で行かなきゃなんねぇ』
『理由を、聞いてもいいですか?』
涙目でこちらを見てくるエリックに、黒髪の男はエリックの頭を撫でながら答えた。
『百年後、いや二百年後かもしれねぇ。そん時になって生まれてくる俺の生まれ変わりに、色々と託さなくちゃな』
『生まれ、変わり?』
『あぁそうさ。正確に言えば、同郷ってだけなんだけどな。たった一人、同じ故郷を持つ誰かに、俺は俺の意思を託したいんだ』
空を見上げる目は、とても輝いている。
その横で、エリックは不服そうな顔をして黒髪の男を見つめる。
そして一言、エリックは小声で黒髪の男に問いかける。
『僕に、その意思を託すことはできないんでしょうか?』
当然の疑問だ。弟子を差し置いて、その意思を他の誰かに託すのだから。それも、会ったことのない百年も先の人間にだ。
それでも、黒髪の男は先を見据えている。エリックでは到底理解できない何かを。
『あぁ、俺の意思は、未来の誰かにしか託せねぇ。でもよエリック、お前が俺の意思を繋げることは出来る』
『そんなこと、どうやって……』
『龍神の盾、こいつをお前に預ける。お前はこれを子孫に繋いでいくんだ』
エリックは意味を理解できないまま、盾を黒髪の男から受け取った。
『僕は、百年も待てる気がしません……それに、これを繋いでいく自信も』
俯くエリックに、黒髪の男は優しい声色で言った。
『大丈夫だエリック。お前なら必ず、そいつを繋いでいけるさ』
***
「やはり、ソラ様はお目覚めしないか」
「もっ、申し訳、ございません。僕の、治癒魔法で、これ以上は……」
「君のせいでは無いよ。気にすることはないさ」
意識が朦朧とする中、二人の声が輝空の耳に入る。
先程まで、妙な夢を見ていた。見知らぬ二人が会話をしている夢だ。
一人は淡い黄色の髪のエリックという青年、もう一人は輝空と同じ黒髪の中年男性だった。
二人はどうやら師弟関係にあったらしい。それ以外は覚えていないが。
輝空は呻き声を上げながら、徐々に瞼を開いていく。そうして、最初に目に入り込んできたのは知らない天井だった。
「ここは……」
「ソ、ソラ、さんっ!?」
「その声、マルクスか」
顔を横に向けると、マルクスが目を見開いてこちらを見ている。
そしてその横にいるのは淡い黄色の髪を持つ中年男性。容姿は随分整っていて、中年と言っても三十半ばか、あるいはそれはより下でも通用しそうだ。
「おぉ! ついにお目覚めになりましたか! ソラ様!」
かなりの至近距離まで詰め寄る男性に、輝空は狼狽える。
輝空は細目で男性の顔を見る。
――あれ、この人?
会ったことは無いのに、見覚えのある顔立ちだ。それも、ついさっき見た顔によく似ている。
「あんた、もしやエリックか!」
「……エリック?」
キョトンとした顔をする男性に、輝空は首を傾げる。
間違いないはずだ。この顔は、夢の中で見たエリックという少年によく似ている。
淡い金髪、目鼻口の形も似ているし、エリックを少し老けさせればこの男性の顔になるだろう。
それなのに、この男性はどうもエリックのことを知らないみたいだ。
「あっ、えっと、人違いだったみたいです。お名前を聞いてもいいですか?」
「はい、仰せのままに! 私、パウル・ローヴェルトと申します! 先程、ソラ様がおっしゃった『エリック』という人物は私の祖父のことでしょう!」
ローヴェルト、つまりはこのパウルという男はディアナの父親なのだ。そして、エリックという名前の少年は、どうやらパウルの祖父であるらしい。
「祖父……あの夢は結局……」
「何かお困りで?」
「大丈夫です、こっちの話なので……えっと、セレイディアさんはご無事ですか?」
「はい。この、マルクスくんが治療もしてくれたおかげもあってか、比較的軽傷で済みました」
パウルはマルクスの肩を掴んで微笑む。
ガチガチに固まったマルクスだが、少し照れくさそうに頬を染めていた。
マルクスは手をモジモジとしながら、小さい声で言う。
「ソ、ソラ、さんの、おかげ、です。僕は、ただ怪我を治した、だけです。それに……」
照れくさそうな顔から突然、少し目線を落として悲しげな顔に変わった。
「たっ、盾は、敵に取られちゃい、ました」
「……そう、か」
今にも泣きそうな顔だ。マルクスは責任を感じやすい。一度のミスでも、こうして泣きそうな目でこちらを見てくる。
「そう責任を感じなくていいんだぞ。セレイディアさんを助けられた、それだけで十分じゃねぇか? ねぇ、パウルさん?」
「ソラ様の仰る通りです。私にとって、マルクスくんは妻を助けてくれた恩人」
「あっ、ありがとう、ございます」
頭を下げながら礼を言うマルクスに、パウルが優しく微笑む。
実際のところ、輝空は盾の価値がそこまで分からない。取られたとて、旅に支障が出る訳でもないのだ。
「違う違う、今は盾のことよりアルクだ! アルクは、今どこに!?」
「おっ、落ち着いて、くださいっ! アルク、さんは無事です! えっと、隣の部屋に、今は……」
「あぁ、そう。なら、良かった……行かねぇと俺、話しておきたいこともあるんだ」
ひとまずは、アルクが無事なら良かった。手が鱗に蝕まれてからの記憶はあまりない。指輪を受け取ったあとのことをアルクに聞いておきたい。
「パウルさん、俺もう行きます」
「もう行かれますか。では私も、仕事の方へ戻るとしましょうかね。最後にソラ様、ディアナをお願い致します」
パウルは微笑みながら、それでいて少し悲しげにも見える顔で輝空に言う。
「はい、わかりました。それでは!」
輝空はベッドから立ち上がり、扉へ颯爽と向かう。
躓きそうになるも、輝空は扉へと飛び出した。




