三十二話 隠していた力
「どうしてここまでして……私、あんなに酷いことを言ったのに……」
ディアナは涙を流しながら言うと、アルクは笑顔のまま答える。
「そんなこと、気にしなくていいよ。それと、もう一人来る」
苦しそうな声を出しながらアルクは後ろを向く。
黒髪の冴えない少年、辰谷輝空が息を荒らげ、目を丸くしながらアルクとディアナを見ていた。
輝空からアルクの腹部の傷は見えない。今、輝空には何が起こっているの理解出来ない。
「どう、なってやがる」
輝空は小走りで二人のもとへと駆け寄っていく。
アルクの腹部を抑えている手が、血まみれになり地面へ滴り落ちている。それを見て、輝空はただ呆然と立ち尽くしていた。
「ははっ、来やがったな! 邪龍の器!」
大柄な男は今までにないほど興奮した声をあげる。しかし、輝空はその声を気にする様子も無い。
「ア、アルク、なんだその傷!」
「これくらい、平気、だよ」
「平気なわけないだろ! ディアナ、状況を説明してくれ!」
喉を絞りながら、震えた声でディアナは答える。
「私が、殺されそうになったところをアルクが助けてくれて……それで、今、アルクが、私のせいで……」
再びディアナの目から大粒の涙が溢れ出す。それを見て、輝空はとてつもない激情に苛まれた。
怒りで我を失ってしまいそうになるが、それをぐっと堪え、輝空は敵二人を目を向ける。
こちらを嘲笑っているかのような不快な笑みを浮かべる大柄な男、もう一人は、以前にも輝空とアルクを襲ったフリッツという男。フリッツは輝空を警戒しているのか、目を細めてこちらを見ている。
「ソラ、二人相手じゃ殺されちゃ、ゴホッゴホッ」
「傷が開くかもしんねぇからアルクはそこで大人しくしてろ。俺が何とかしてやっから」
「君一人で何が出来る。ただ見ているだけしかできていなかった君がネ」
以前は確かに、輝空は見ているだけで何も出来なかった。
もしあの場で下手に動けば、却ってアルクの邪魔になっていたことくらい分かる。それに、輝空は単に自分よりも強い敵に恐れていたのだ。
だが、今回は違う。ビクビクと怯えて、何も出来ないようじゃダメなのだ。そんな生温い覚悟じゃ、この世界では生きていけない。
「この力はなるべく使いたくなかったけど、どうやらこれなしじゃ俺は役立たずなままみてぇだ」
そう言って輝空はつけていた指輪をゆっくりと外す。その場にいる全員が、その光景に釘付けになっていた。
まるで別人のように、薄ら笑いを浮かべていた男も今は眉を顰め輝空を警戒し始めた。
敵だけの表情が変わったのでは無い。ディアナやアルクまでもが、別人に成り代わった輝空をただ唖然として見るしかない。
「まるでデタラメだな、これは」
禍々しい輝空の魔力に圧倒されながら、大柄な男はぽつりと呟く。
「結局、ハーラルトの言う通りになっちまったな」
***
輝空がこの世界に来て間も無い頃、修行をつけてくれていたハーラルト・フランドレットは言った。
『分かっているだろうけど、ソラの力は大きすぎる。何があっても使わないように……と言ってもソラは守らないだろうね』
輝空は膨大すぎる魔力を制御することが出来ない。もし、魔力を制御する指輪を外してしまえば、またあの日のような悲惨な目に遭うことになる。
それでも、必ずこの力を使わざるを得ない時が来ることをハーラルトは見据えていた。
『そんなに信用されてねぇのかよ……』
『うん、これだけは確信を持って言える。君は僕の言いつけを守らない』
思いのほか評価が低かったことに肩を落とす輝空に、ハーラルトは微笑みかけながら言う。
『でも、ソラが力を自分のためでなく誰かのために使うことも分かる。だから、これだけは守ってほしい』
『何を、守るんだ?』
ハーラルトは笑顔を浮かべたまま答える。
『信頼できる仲間ができた時に、その力を使うんだ』
***
輝空は今でも、ハーラルトの言っていたことの意味が分からないままでいる。
アルクは最も信頼出来る仲間の一人だ。ただ、それと力を使うことにどんな関係性があるというのか。
「ディアナ、お前は母親の所へ行った方がいい」
黙り込んでいたディアナに、輝空が話しかける。
「どうして、でしょうか?」
震えた声でディアナは問う。
すっかり萎縮しているディアナは、いつもの毒舌で辛辣なキャラからは想像も出来ない。
「俺の推測でしかねぇけど、こいつらの他にもう一人仲間がいるかもしれねぇ」
「……!?」
ディアナの顔色はさっと青ざめる。絶句して、言葉も出ていない。
そして敵二人、特にフリッツは眉をぴくりと動かし輝空を睨んでいた。
「で、でも、アルクは……」
「俺の、ことは気にしないで、ディアナは母さんの所へ行ってくれ」
「……はい。どうかご無事で」
そう言って立ち上がり、ディアナは森を抜ける。
それを遮ろうとフリッツがナイフを投げるが、輝空は己の掌で受け止めた。
激しい痛みが輝空を襲う。それでも、今の輝空はその痛みを上回るだけの怒りがある。
顔色一つ変えずに掌に刺さったナイフを取ると、傷跡が何事も無かったかのように治る。輝空は腕が切られようが、少し時間が経てばすぐに治る程の再生力を持つのだ。この程度じゃまともに傷を与えることは不可能だ。
「指輪を持っててくれアルク」
輝空がアルクに指輪を投げる。
そして、輝空は目の前にいる敵に向き直り、鋭い眼光で睨みつける。
「覚悟しろよてめぇら。絶対ぶっ飛ばしてやる」




