二話 恐怖の一撃
ついに自分が異世界へと来てしまった。
嬉しい気持ちと不安という気持ちが混在している。
「異世界となれば、俺TUEEEE展開は夢じゃない」
一度は夢見た主人公無双展開。
その主人公がまさかの自分だと考えると、心が踊る。
「俺の思ってた異世界召喚とはなんか違うような気もするが……まぁそれは一旦いいか。」
召喚もの、つまり召喚した人物がいることは間違いない。
その人に役職を与えられるものではなかろうか、なども考えた。
だが、当然ラノベのように何もかも上手く言ってしまえば面白くない。寧ろ自由気ままに冒険ができるので、縛られるのが嫌いな輝空にとって都合がいい以外の何ものでもない。
今自分でできる事となると、荷物の確認だろうか。
輝空は鞄の中身を確認した。
登校前なので、教科書類は当然持っており、それに加え、体操着、財布、スマホ、イヤホン、水筒、ハンカチとティッシュなど。
「まぁまず使えそうな品は持ってないよな……スマホも圏外になってるし」
当たり前にスマホは、この世界では使い物にならない。
強いて言えば時間の確認ができるくらい。それも充電が無くなれば出来なくなる。
教科書類は言うまでもなく、ただ重いだけのもの。今後邪魔になってくる。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、次々と不安が募っていく。
もしこの異世界が現実世界と同じように時間が進むのだとしたら、母親や父親に心配をかけさせるかもしれない。
それにもうすぐ部活の引退試合がある。バスケットボール部に所属していた輝空は、一応レギュラーメンバーだったので、出れないとなると迷惑がかかる。
「違う違う、今はそんなこと考えてる暇ないっての」
輝空は自分の頬を両手で叩き、気持ちを切り替える。今はまず、ひたむきに前へ進むしかないのだ。
輝空の荷物は先程の通り使えるものがあまりない。水分補給が少しだけできるといったところだ。
そもそも、今置かれている状況をまずは確認しなければならない。
輝空は何故かこの世界に召喚されてしまったが、何か能力があるわけでも、特段力が強くなった訳でもない。
一応確認のため、輝空は正面に拳を突き出した。
――。
当然、何も起こらなかった。せいぜい、微風が生じた程度。
「あれぇ? これじゃただのジャブと変わらねぇじゃんか」
輝空は頭をポリポリと搔き、不満を呟いた。
止めていた足を働かせて、舗装のされていない道を再び歩き始める。
「状況を整理しようにも、不明点が多すぎて話にならねぇなこれ」
輝空は考えることをやめた。考えたところで、疑問点が多すぎて話にならない。
今はがむしゃらに前へ進んでいくのみだ。
――またしばらく歩き続けた。
辺りには、ぽつぽつと家が建っている。それに、すれ違う人も徐々に増えてきた。
案の定、魔法使いらしき人と剣士のような人も続々と出てきた。
今は人間しか見ることができていないが、亜人もいるのだろうか。
と思いつつ、足を前へ前へと運ばせていく。
――その時だ。
輝空の足が突如、止まった。現実世界では見た事がない光景。
一人の少女が、男二人に絡まれていた。
小柄な男と大柄な男がいるが、その中でも大柄な男は、その圧倒的な体格差を利用し、少女を恫喝している。
一方少女も臆せず立ち向かおうという意思は見られるが、勝てる見込みはない。
「あなたが前を見ていなかったのが、わ、悪いんじゃないですか」
「うるせぇ! 女のくせに生意気なんだよてめぇ」
大柄な男は額に青筋を立てて、少女に怒声を浴びせている。
輝空がここで見て見ぬふりをすることは可能だ。いつもならしていたはずだ。
しかし、せっかく異世界に来たのだ。自分の実力を試すにはちょうどいい。同時にこれは、輝空の活躍する場でもあるのだ。
輝空は大股で少女の側へ足を運ばせて行った。
「おいおいお前ら。女の子を怯えさせるなんて、中々いい度胸してんな」
「あぁん!?」
少し格好つけるように言葉を発してみると、怒りの矛先が見事に、輝空へと向けられた。
輝空は膝を曲げて、少女と目線を合わせる。そして手や足に怪我はないかを確認していた。
「怪我は……無さそうだな。それなら良かった」
「た、助けていただいて、ありがとうこざいます……」
少女の声は震え、今にも泣きそうな声でそういった。
恐怖を押し殺し、男に立ち向かった少女の気持ちを考えると胸が痛い。
「なんでこんな事態になったのかは知らないが、いや知る必要もねぇか。お前らがこの子を怖がらせていた事実に変わりは無い」
「なんだぁなんだぁ、おめぇ。殺されに来たのかぁ?」
小柄な男が、ポケットに手を突っ込み歩み寄ってくる。
「うるせぇ金魚のフン野郎。喋り方もなんか……気持ちわりぃんだよ!」
「喋り方が気持ち悪いだァ!? 図に乗るのも大概にしろよぉ!」
「まぁ待て」
大な柄男は輝空に近づこうとする小柄な男を手で抑える。
鋭い眼光を向ける輝空に対し、大柄男は気持ちの悪い笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
「なんだよ」
「ふっ、なかなかおもしれぇガキじゃねぇか。どうだ? 俺様の仲間にならねぇか?」
「「はぁ!?」」
輝空と下っ端男は口を揃えた。両者ともに、納得のいかない様子だ。
「なるわけねぇだろバカか! お前らみたいな薄汚い連中と旅とか絶対したくねぇわ!」
「ならねぇつもりなら、力でねじ伏せるだけだ」
そういうと大柄男は拳を鳴らし、輝空に近づいてくる。
体格差的にも圧倒的に輝空が不利である。殴り合いなどしてしまえば確実に負ける。
心ではそう思いながらも、自然と輝空も戦闘態勢に入る。
大柄男はその大きな拳を振り上げ、輝空へと振りかざす。
「おらぁ!」
力が込められた一撃。巨体からは考えられない速さで輝空へと向かっていく。
しかし、輝空の目に映る拳は、差程早くは無かった。
――これなら避けられる。
輝空は華麗な身のこなしで、その拳を見事に避けて反撃をする。
拳を強く握りしめ、右ストレート決め込む。
輝空の拳は大柄な男より数段速い。体勢も崩れている中、この右ストレートを避けるのは困難だ。
「――」
大柄男の顔面に見事命中した。
大柄男はよろけて、頭から地面に倒れ込む。
「――」
その場にいた全員が呆気にとられて、言葉を発することすらできていない。
輝空はその瞬間、とてつもない違和感を覚える。
大柄な男は血飛沫をあげている。ただの右ストレートにしては、威力が強すぎる。ましてや、輝空は素人だと言うのに。
血痕が輝空の頬へと飛んでくる。状況を理解するのに十数秒かかった。
打撃音というよりグチャりと潰された音を発した正体は――。
「お、おめぇ、や、やりすぎだろぉがよぉ!」
輝空の拳は想像絶する速さと威力が込められており、大柄な男は首から上が無くなっていた。
言うまでもなく、大柄な男はこの世を去っていたのだ。