二十六話 図書館を駆け抜ける不審者二人組
「ディアナ、師匠の前でもそのフードを被っているつもり? 成長したディアナの顔を見たいんだけどね」
「成長って……私が卒業してからまだ半年も経っていませんよ」
呆れた口調でディアナはフードを脱いだ。
やはり、ディアナの表情はピクリとも動く様子もなく冷め切っている。それも、ミネルヴァが以前会った時よりも酷い。
「昔から言っているでしょう。笑顔を作りなさい、笑顔を。でなければあなたの美しい顔が勿体ないでしょう」
「はぁ、師匠は茶化す以外の言葉を発せない呪いでもあるのですか? そんな話ばかりするなら、私はもう行きますよ」
「ふふっ、愛情表現だよ」
楽しそうに弟子との久しぶりの会話を純粋に楽しんでいる。
ミネルヴァはディアナが大学在学中も、こうしてディアナを茶化す発言が多かったのだ。
ミネルヴァにとって、これは愛情表現だ。弟子の可愛い反応が見たい、ただそれだけだ。
だがディアナからすれば、会う度にだる絡みをするウザイ師匠。苦手意識を持っている。
それでも、魔法の技術は素晴らしい。特に、専門である火魔法はディアナ以上の技術力を誇る。
「そういえばさっき、ソラ様と一緒に居た子、この前の予選で勝ち抜いていた子だよね? ディアナと仲がいいのかい?」
「いいわけがないでしょう……この前の大会見に来ていたのですか?」
「もちろん。毎年どれだけの額をあの大会に注ぎ込んでいることか……儲かったことはないけどね」
ミネルヴァは頭の後ろを掻きながら苦笑いをした。
そして、ディアナは知っている。師匠が賭けている額は、笑えるような金額では無いことを。それも、今まで儲かったことがないとすれば――ディアナは考えると、顔からは血の気が引いて、身の毛がよだった。
それでもケロッとしているミネルヴァは、本当に頭のネジが数本外れている。
「……私が出ているのには気づかなかったのですね」
「え!? いつ!? どこで!? 誰と?」
ディアナは唖然として言葉も出ない。弟子の魔法を見ても気づかない師匠がいてたまるか。
「決勝で負けたのが私です」
「あぁ、あの子ね。素晴らしい才能の持ち主だと思っていたんだよ。でも気づかないもんだね。魔法って、放てばどれも一緒だからね。ディアナの場合は特に」
遠回しにミネルヴァは個性がない、とディアナに言っているようなものだ。
ディアナは口を尖らせる様子もなく、どこか納得した顔で、俯いていた。
「ディアナ、固有魔法を持っていないからと言って、他と劣っている訳では無い。寧ろ、基礎を完璧にこなしている君は素晴らしいよ。それも無詠唱で」
「皮肉にも、あなたの教えのおかげ基礎を完璧に出来ましたからね」
「皮肉なんて、人聞きが悪いね」
年相応の紳士な落ち着き、というより爽やかな青年みたいだ。
ディアナは何も変わっていないミネルヴァに、安心感を覚えつつ、そして一つ思い出したことがあった。
焦っている様子を顔には出さない。無論、対して焦っていないのもまた事実だが。
「すみません、二人に図書館の場所を伝えるのを忘れていましたので、私はこの辺で」
「あぁ。久しぶりにディアナと話せて楽しかったよ。会いたくなったらいつでもおいで」
会いたくなることなんて金輪際現れない。と、思いつつディアナは一礼をして講義室から出た。
***
「やっぱり俺らって、ただの不審者だな」
輝空はぽつりと呟いた。
当然ながら魔法大学内には、生徒と教授以外には殆どいないはずなので、輝空やアルクはただの部外者であり、傍から見れば不審者とも捉えられる可能性がある。
そんなことを考えながら、輝空はすれ違った生徒に図書館の場所を教えてもらった。
図書館はミネルヴァたちのいる棟の向かいにあるドーム型の大きな建物だ。
一際目立つその建物の屋内には、それはもう夥しい数の本が並べられている。
規模が違いすぎる。輝空の行ったことある図書館の何倍もの大きさを誇る。
これにはアルクでさえも、目を見開き口を小刻み震わせていた。
「こ、これ! す、すごい!」
語彙力が無くなってしまうくらい、その光景は圧巻であった。
「これだけあれば、心を読む魔法の一つや二つくらいあってもおかしくねぇ」
輝空が大学に来た目的は、他でもないステリアの願いを叶えるためだ。
もしここでお目当ての物が見つかりでもすれば、イリジア王国に引き返してもいい。龍なんてこの際どうでもいい。
そんなことを考えている輝空の横で、アルクは鼻息を荒くしていた。
「おれ、ちょっと行ってくる!」
「おい、どこに……ってか走んな!」
全速力で駆け抜けるアルクは、図書館にいる生徒たちの注目を一瞬にして集めた。
不審者が乱入した、という声が聞こえた気がするが、気にせずアルクを追いかける。
余裕を持って走れる空間に驚きを覚えながら、周りに目をやる。
ここで痛恨のミスをしてしまう。本を見つけると言ったが、そもそも輝空はこの世界の文字を読むことが出来なかったのだ。
一番肝心なことを忘れていた。輝空は頭を抱えて悶える。
「ぐあぁぁあ! 忘れてたぁぁぁあ!」
「あ、あの!」
悶える輝空の後ろで、突如知らない声が耳に入る。
肩をビクッとさせて、輝空が振り向くと、そこにはオドオドとしてこちらを見ている少年がいた。
濃藍色の髪がセンターで割れており、若干髪がベタついてるように見える。
眼鏡に奥に見える焦げ茶色の瞳で、輝空に目を向けている。
「とっ、図書館ではっ、おしっ、ずかに……おねがっ……」
「あぁ、ごめん! うるさかったよな、思ったより声出てたわ!」
輝空は必死に手を合わせて、大声で謝罪をした。
「だっ、から! お静かにっ!」
顔を赤らめて、ぎこちなく注意をする。輝空が苦笑い混じりに再び謝罪をした。
「あははっ、ごめんごめん。今ちょっと友達追いかけててさ」
「……さっき、はっ、走ってた人、ですか?」
「そうそう。俺がこの図書館に用があって、本を探してたんだけど……」
「いっ、言っていただければ、僕が、取りに行きましょうか」
「それは嬉しいんだけど、俺読み書きができなくってさ……ああっ! 良かったら俺に文字を教えてくれない? 暇だったらでいいんだけど」
「ぼっ、僕が!?」
少年は輝空の提案にぎょっとした。あまりの驚きようだったので、輝空も思はず吃驚する。
口をパクパクとさせ動揺している。何だか、申し訳なくなってきた。
「絶対って訳じゃないから、そう慌てないで。な?」
「い、いや! べ、別に、嫌じゃ、ないです……」
「えぇっ!? まじ? ありがとう!」
まさか受けてくれるとは思わなかった。これはかなり好都合だ。
アルクに文字を教えられる気もしないし、ディアナに関しては嫌な顔をして断られる未来が見える。それなら、この少年に教えてもらえる方がいい。
半ば強引に引き受けて貰ったようにも思えるが、輝空は特に気にする様子もない。
「んじゃっ、いつ空いてる?」
「明日の、お昼ならいつでも……」
「りょーかいっ! そんじゃまた明日!」
テンポよく会話を終え、別れの言葉を告げ輝空は、再びアルクの後を追った。




