二十話 大会はすぐそこに
――ここ、輝空の今いる建物は想像を遥かに超える大きさであった。
大きいだけあって、人の数も尋常ではない。更には、魔法使いだったり剣士だったりで、一般人を見かけない。
あまりに高い天井を見上げ、輝空は開いた口が塞がらなかった。
「大会の受付ってどこだ……」
「角にある四つが大会専用の受付らしいよ」
ここにある受付窓口の殆どが観戦用のチケット売り場だ。大会に出る人自体は、さほど多くはないらしい。
アルクは四つある大会の受付のうち、どの受付に行けばいいのか分からずに戸惑っている。
「東西南北、どこの会場がいいんだろう……」
アルクがここまで悩む理由には、会場が東西南北それぞれ分かれているということだ。
「別にどこでも良くねぇか? 特に変わりはないんだし」
「そうなんだけど……それぞれの会場に特徴があるんだよ。例えば西だったら今いるここから一番距離が近いけど、強いひとが集まりやすいってなったら南がいいらしいんだ」
「さっきのおじさんが言ってたな……俺なら東会場かな」
確信に迫ったかのように胸を叩いて威張る。
東会場には、魔法大学が最も近い。だが、今いる場所から一番距離が遠い。
故に人が一番集まりにくいのが東会場、穴場とも言える。
それでもなお、アルクは優柔不断でそれぞれの会場のメリットばかりを見ては、迷う。
輝空は肩を竦めて、アルクを眺める。そこには、普段あまり見ない頭を抱え悶えているアルクの姿があった。
「もうそんなに迷うんならさ、俺の案で良くねぇか!? どうせ東会場で勝ち上がれば強いやつとも当たれるわけだし、な?」
「……それも、そうだね」
渋々輝空の案を取り入れる。アルクの顔を見ると、あまりいい気持ちにはならないが。
二人は東会場の受付場所へと向かう。
そこには、背丈の高い大人の女性がいる。それもかなり美人だ。
「東会場の申し込みはここであってる?」
「はい! お二人共参加希望でしょうか?」
「いや、俺は参加しません」
「え? 参加しないの?」
「しねぇよ。ケガなんてしたくないんだもん」
アルクは愕然とした顔で輝空を見つめる。まだその事実を受け入れられていないようだ。
「そんな驚くことないだろ。俺の実力見てねぇのか? 超よわよわだったじゃんか」
「えぇ、そうかなぁ。一回戦は突破できそうだけど……」
「二回戦は無理なのかよ」
自覚はあったが、戦闘面での輝空の評価に苦笑い。
肩を落とす輝空を慰めるでもなく、アルクは話を続けた。
「試合に出るのは俺だけみたいだ」
「で、ではこちらの用紙にお名前と性別をこちらにお書きください」
アルクは用紙と羽根ペンを渡された。性別と名前を記入し、再び受付嬢に渡す。
「……」
受付嬢は用紙に目を凝らし、困惑した表情を浮かべる。
アルクは首を傾げて、眉を八の字にして受付嬢を眺める。輝空には分かる。受付嬢が困る理由を。
「あ! アルク様でしたか、申し訳ありません……」
そう、アルクの文字はとにかく汚い。この世界の文字を読めない輝空ですら分かる。
やはり間違っていなかったのだと、輝空は腕を組みこくこくと頷き納得した。
「き、禁止事項につきましてはそちらの用紙に記載されておりますのでご確認ください」
笑いながら早口に言い終えた受付嬢は、露骨に疲労感を露わにしてから吐息を漏らした。
先程名前を書いた用紙を返されると、そこにはずっしりとルールや禁止事項について書かれている。
「思いのほか行動は縛られてないんだな」
「とにかく殺さなきゃいいってこと?」
「だいぶ噛み砕いたな。まぁそんなとこだ」
ルールは至ってシンプルだ。一対一の個人戦で、どちらか片方の選手が戦闘不能とみなされればそこで試合は終了。また、試合時間が長くなれば判定で勝敗が決まる。
禁止事項はアルクの言っていた通り、殺しは禁止。加えて、毒の使用も禁止である。
一読したところで、用紙を裏向けた。
裏には試合日程、トーナメント表、試合会場が記載されている。
「一日目だってよ。一日目っつーことは……明日じゃねぇか!?」
「どうしよう、まだ武器を買ってないよ」
「素手じゃ無理なのか、素手じゃ。アルクならできるだろ」
「できるとは思うけど……ナイフ一つだけでもあった方がまだマシだよ」
否定はしないアルク。実力の底が見えないものである。
輝空はトーナメント表に目を通してから、用紙を懐にしまった。
輝空はパチンと手を叩き、場を仕切る。
「よしっ、早くナイフ買いに行くぞ。宿も見つけなきゃ行けねぇからな」
「試合相手だけここで見てもいい?」
「ダメだ。早く行くぞ」
いじけるアルクを無視して、輝空は足早に出口に向かった。




